202.いよいよ嵐が迫って来ました
「成程?ボロボロのボディースーツについては?」
「『修理に出そうとしていた物を、丁度持っていた』、そう言われました。残念ながら、否定する材料には乏しいかと」
「負傷については?」
「不思議な事に、彼の身体の内外に、目立った傷や異常は見られませんでした。ええ、彼は単なる第一発見者です。少なくとも、診断結果を見た限りでは」
暗室。
文字や映像の資料を見返しながら、二人の人物が密会している。
「世間の過剰な反応については、そちらで何か働きかけを?」
「まさか。そんな事する必要も得もない。容疑者死亡。ぶつける怒りの矛先を見失った末に、日頃の不満と関係ありそうなヤツ、叩いても反撃できなさそうなヤツを見つけて、集中攻撃する。いつもの愚かな大衆だ」
「脱線を続けながら、不必要に長い延焼を続けているのも?」
「それが確かに存在する問題なら、どんな話題にもぶっ込んで良い。そう思ってるヤツも、アレルギーの如くそれらに嫌悪感を持つヤツも、両方居る。こういうのは、意見が割れやすい、どれが正義か分かりにくい物であるほど、火が激しくなるもんなんだよ。
自分からぶつかって、自分から怒りに行く、そういう“コンテンツ”だ。報道する方も心得たもので、時に問題を手作りし、混乱、恐怖、怒り、物議を盛り上げる。
麻薬と同じだ。
誰もがストレスを忘れる為に、ストレスを摂取する時代なんだ」
馬鹿にしているとも嘆いているとも取れる態度で、彼は白取に教えてやる。
世間とは、“学者先生”が思っているよりも、理や法則で、動いていない。
無軌道で不毛な物なのだ、と。
「俺らからすれば、あのガキが目立たないのが一番なんだ。どこまで信用するかは、先生次第だがね」
「………いえ、信用しましょう。ええ、私と貴方の、
「そうかい、そいつは光栄だ………で?」
それはそれとして、
「ガキはどこだ?」
男は白取に、低く問い詰める。
「……我々が、隠匿していると?」
「冗談じゃ済まないんだよ。このタイミングであれを見失ったとあれば、国家存亡にまで話が大きくなりかねない」
「なんと、それはまた、どういった状況の変化が?」
が、それは、魔学研究における位置づけ。
放置したところで、直ちに国防に直結する、という種類の緊急性は、持たなかった筈だ。
「そうも言ってられなくなった。元同僚から連絡があってな、ローマン関係でキナ臭い動きがあるとの事だ。防衛隊の非公式諜報部も動いているらしいが、全容が見えない。救世教の幹部とは、円満和解が成ったと考えていたんだが、それも怪しくなった」
「キナ臭い?何処がです?」
「ほとんど全部だ。周辺諸国、大陸も、半島も、太平洋を越えてクリスティアも、何なら陽州まで、何かを始めようとしている。が、その『何か』が何であるのか、肝心な事が分からない。クリスティアに頭を押さえつけられてる事もあって、ウチは情報戦後進国だ。完全に波に乗り遅れている」
「それが丹本を、彼を
「クリスティアが俺達に協力を仰がない。政府高官にすら話を通さず、エージェントを入国させている。『ローマン関連』の問題、と言っているにも関わらず、だ。そして——」
彼はそこで、もう一度だけ部屋の外の気配を探り、その上で声を潜め、
「例のウイルス、魔法攻撃である可能性が出て来た」
衝撃的な情報を述べた。
「あれが…!?」
「ダンジョン外医療より、解呪系魔法の方が有効、という話が出て来たんだ。或いは、と言われている」
「しかし、あれ程大規模に、それもこれまでに無い病を、魔法で作れるものでしょうか?」
「それはあんたら学者先生の領分だが……
「
「それだって効率が悪かっただけだ。現代なら可能、と言われれば、否定し切れない」
憶測に憶測を重ねた話だ。
だがそんな、疑惑の疾病が現れて、各国の暗闘が加熱し始めた所で、
「丹本時間で8月10日の夕方から夜頃に掛けて、世界中の情報筋が、とある暗号を傍受している」
「8月10日……彼が祖父母の死を目撃した日に?」
「ガキが丸一日足取りを消して、破損した衣服や装備を持って現れ、祖父母の死体を発見した日に、だ」
「『とある暗号』……、その言い方ですと、全て、同じ事について?」
「『プラン
少年は、何かの地雷を踏んだのか。
彼らは、少年を獲得したいのか、
それとも、排除したいのか。
祭りが始まろうとしていると言うのか。
「地下のアレは、安定してんのか?」
「管理は万全です。万が一は起こり得ません」
「いざとなれば、学園が戦場になる。その時、アレが露見する事は、あってはならない」
「心得ております。明胤学園“
四都府の堅牢さを担保する物の一つに、要人避難用の要塞の存在がある。
明胤学園も、その一つだ。
教職員は、職場が戦場になるかもしれないと、全員が了解している。
謂わば、最後衛の戦士達である。
「備えは上々。だが、何が来るか、何を目指すのかが分からない」
「困難です。ええ、露ほども楽観出来ません」
「誰か工作員をとっ捕まえて、スーパー尋問マスターが全てを暴く、みたいな、スパイ映画的展開が、あればいいんだが、」
「現実は、そう簡単にはいかないもんだな」、
牧歌的な願望が成就し得ないのを、極めて残念そうに嘆いて、
「何だって今、家出するんだ、あのガキ。手間を取らせる奴め」
男は部屋を出て行った。
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「あっははははっははは!はははァッ!」
廃工場の中、誰も近付かない郊外。
男は、笑っていた。笑いたくもないのに。
「あはははは!ははああはははあああああああ!ああああっっっ!!」
笑顔から、号泣、憤怒、そして恐慌。
コロコロと表情が変わるその光景は、可愛らしさはなく、不気味なだけだった。
「違う……」
「この!チクショウ!お前!こんな事してどうなるかあああぁぁぁぁぁ!うわあああぁぁぁぁぁ!!」
「これも、違う……」
「ゼブちゃあん、まあだあ~?」
「ごめん、今、チャンネル、合わせてる……」
「あああああ!やめろおおおおははははは!」
「え~と……」
深緑で厚手のレインコートを来て、鳥の頭のような白いマスク。
そんな風体の女が、四肢の自由が効かない男の頭を、鍵盤のように指で叩いて、何かを微調整しているようだ。
「あ、あ、あ、」
「あ、これ……」
「あはは~………」
「きた……この感じ……」
「お!とうとう来た!?やったね!」
完了報告を聞いて、金色ビキニに日焼け肌、サングラスの女が入って来る。
「あ~………」
「おー!良い具合だねえ!偉いぞー!」
恍惚とした様子の男を見て、彼女は鳥マスクの頭を撫で繰り回し、満足した後に前のめりに屈んで、胸を強調しながら、彼に顔を近づけ、
「ねえねえ、お姉さんに、教えて欲しいんだけど、」
「ん~……?」
「『プラン
恋人同士のピロートーク、
或いは、赤子が母親に言葉を掛けられる、そんな満ち足りた時間。
男はその質問に、何か引っ掛かりを覚えるも、口はスルスルと澱み無く語る。
「……プロジェクト……
「準備なんだ?何するの?」
「ダンジョン……危険……事実上……無効……計画……完全管理……質に依存しない……ローマン……利用……反動……権威化……脅威……」
「ローマンに、偉くなって欲しくない?」
「そう……だから……ローマン……有力者……排除……」
「どうして急に、慌てだしたのかな?」
「対象S・Kの……台頭……監視対象……衛星……捕捉……イリーガル……8月、10日……」
「成程、この前の“
「協定違反……人間による……対象S・Kの確保……若しくは——」
——抹消。
「向こうも向こうで、大変だねえ」
彼女は姿勢を戻し、伸びをしながら、敵対者達の気苦労を愉快に思う。
「どうやら連中は、信頼関係を失ったらしい。少なくとも、今の所は、な」
工場の出入り口に新たな人影。
マント型コート、二色のマフラー。
御伽噺の旅人めいた男。
「そうみたいだ。今なら、わたしらの方が、自由が利く」
波に、乗れる。
日頃の鬱憤が溜っていた。
ここらが晴らし所だろう。
「ローくん?」
「………なんだ……?」
周囲の空き地に伸び放題のススキが、風も無いのに揺れて、返事をする。
「やつらの戦力を、削るよ?トリくんと一緒に、頼んだからね?」
「……わかった」
「良いだろう」
ススキの下で、何かが動き、離れて行く。
羽ばたきと共に、鳥が飛び立つ。
「さーて、今回は、誰か死ぬかなあ?」
日没寸前の西の空を見て、笑って言う彼女を見ながら、
鳥マスクは、“
「殺す」、と。
——カミザススム、
家族を拒絶し、
家族を否定し、
家族と敵対する、
あの人間を、
必ず。
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