192.終わりはあるのか

 町から出て、もう1時間以上歩き通しだ。

 途中から、一般人であるエンリさんが辛そうにし始め、俺が負ぶって進む事にした。

 イリーガルを相手にしている事もあり、いつもの潜行以上に気を張りながらの強行軍。

 背中に当たる体温や両手に乗る柔らかみに、気を取られていられない程、俺の神経は擦り減っていた。

 一番近い町まで何kmか、町に来る前に調べとくべきだったなあ…。

 いや、こうなるなんて、予測しようが無いんだけど。

 バスで来た時は、そりゃあ丁都と比べれば区間が離れてるとは思ったけど、ここまで遠いとは思わなかった。

 いかに自分がヌボーッとしていたか分かろうと言うものである。


「ススム君、大丈夫?ごめん、私……」

「俺が身体強化されてるから、エンリさんに走らせるより、こっちの方が速いから。むしろこの方が、理に適ってるよ」

「うん………」


 俺ほど敏感ではないが、彼女だって、この辺りに充満する空気に、気分を悪くしている筈。ダンジョンに触れるのが初めてである彼女が、意識を保って会話も可能な時点で、上出来過ぎる程に強いと言える。

 ここに居ると、新鮮な大気を吸えば吸う程、骨身の芯まで蝕まれ、色んな部分が逆流して——


「待て」

「?ススム君?」

 


——広過ぎないか?



 流石に町から出て、数kmは歩いている筈だ。

 ダンジョン本体である穴が見えないのに、モンスターの気配も途切れたのに、こんなに魔素が広がってるなんて、有り得るのか?


 まさか、永級でも出現したのか?

 いや、それでは救助隊や防衛隊が、交戦の音すら影を差さないのは変だ。

 G型とV型しか居ないような周縁部に、辿り着けないような人達じゃない。

 イリーガルは目立ちたくない、という前提にももとる。


 ここは実は中心部に近くて、イリーガルが上手くモンスターを操る事で、G型とV型だけになってる?それでも、ヘリや航空機みたいな空からの監視要員は飛んで来る筈。エンリさんだって、漏魔症になってしまう程に、体内を魔力経路でズタズタにされる筈。

 だけど彼女は、魔力漏出を抑えるのが上手い。魔力を使うセンスと言うか才能と言うか、それに長けている。流れ出るのを止められずに困る、という問題は、一切発生しなかった。


 何をしても辻褄が合わない。

 何かが間違っている。

 ズレている。

 大問の序盤で計算をミスって、その後が全て食い違っていたのに気付くのと、同じ胃のむかつき。

 或いは、土台が傾いている事に気付かず、レンガを積み上げて作った建物に住んで、平衡感覚が処理不良を起こし、目まいを催した、みたいな。

 どこだ?

 途中式を思い出せ。

 どこが間違ったら、こういうエラーが出る?

 どこが——


——ここは?

 

「ここはどこだ?」

「す、ススム君?」

 

 ここの地形、知ってる。

 知り過ぎてる。

 さっき、

 本当についさっき通った。

 遡る。

 何度も、

 何度も通ってる!

 

「そんな!」

「え!?ちょ!?」


 足が、駆け出してしまう!

 体力を保つだとか、頭を冷やして思考するだとか、そういうのを取り落とし、

 零れるままにして、逆に、来た方へと走る!


「ススム君!?そっちは…!」


 すぐ後ろにあったカーブ、その先に見えたのは、


「………!」

「………う、うそ………」


 川村田町だ。

 離れられていない!

 俺は今まで、何度も何度も同じ場所を、往復していただけだ!


「ど、どういうこと…?」

「そうか……そういう事か……!」


 “火鬼ローズ”に襲われた時の事を思い出す。

 奴が為した、人外の技を。


「エンリさんが残されたのは、誤認させる為だ……!ここが町の中だって、外の世界だって思わせる為だ!」

「え、え……?」

「俺は見事に引っ掛かって、無駄に消耗した!出口から遠ざかってるとも知らずに…!」


 星無き夜道でも、完全な闇にならず、

 ルートを外れて遠方を目指せば、同じ場所へと戻って来てしまい、

 人がおらず、モンスターに溢れ、魔素が充満するこの場所は、


 に他ならない!

 ダンジョンの!


 イリーガルモンスターは、その本体は、ダンジョンをその場に作り出せる!俺とミヨちゃんがやられたように!

 そうだ、あの時だって、何故かネット接続が切れてた!奴等にはそれが可能なんだ!


「だとしたら、出口は、ラポルトは、あの中に、あの町の何処かに!」


 地面の下から見張られ続けながら、追手を振り切って探し出すしかない。

 しかも、ここが何層か分からない。

 G型とV型が居るから2層、とは言えない。

 現に、内装を川村田町そっくりにするという、改造が施されている。

 出現モンスターも調整出来るとしたら、

 ここが10層、最下層ではないと、どうして否定し切る事が出来るのか?

 9層に行けば、階層を飛ばせるラポルトが、ちゃんと用意してあるのか?

 

 そんな事を、期待していいのか?


「………ごめん、エンリさん。俺の判断ミスで、遠回りをしちゃったみたいだ」

「す、ススム君、これって………」

「ここは君の知る川村田町じゃない。居なくなったのは町の人達じゃなくて、俺達の方なんだ。何者かが俺達を連れ去り、ダンジョンの中に放り込んだ。あそこは町の見た目をしてるだけで、魔力で作られたハリボテなんだ」

「わ、私達、じゃあ、出られて、ない……?」

「うん、他のダンジョンと同じく、出方は一つだ」

「出る為には、また、あそこに……?」

 

 「傾いている」、

 そうだ、傾きだ。

 ダンジョンは奥に行く程低くなる。

 俺達は、高所から下りる形で、町に入った。

 それを考えると、俺達の出発地点が、上の階層との結節点、だったのだろう。

 まさに、「飛んで火にいる」、だ。

 自分の足でゴールから遠ざかり、檻の中心を目指したのだから。


「………エンリさんに、もう少し、無理をさせる事になるけど」


 あとどれだけ、この常闇に留めてしまうか、

 生きて出て貰えるか、分からない。

 俺から言えるのは、一つだ。


「ベストを尽くすよ。持てる力の全てを懸けて、君を外に出す」


 出来るかどうか、というのは言わない。

 ただ、俺自身を縛る為に、約束をする。


 絶望的状況の中、本当に望みを失い、折れてしまわないように。


「………分かった。信じるよ」


 首に回した腕に、より強く力を籠めて、

 

「でも、出る時は、二人で一緒」


 「ススム君は、生き残らなきゃ」、

 彼女は、

 そう言ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る