191.またあのお騒がせ野郎共かよ

「こ、ここまで来れば……」


 俺はエンリさんを下ろし、それから体内の魔力に全神経を注ぐ。


「す、ぅぅぅううう……」


 焦らず、

 落ち着いて、

 生成魔力を散らし、

 廻転への供給を、ストップする。


「ふ、ううぅぅぅ……」


 魔法陣軌道を描いた魔力流動が減速。

 図形が徐々に歯抜けになり、

 鎮まってゆく。


「………よし、問題ナシ………あ゛、」

「え?ど、どしたの?」

「ごめん、ちょっと、離れてて……」


 俺は道の脇にある植え込みにまで駆け、


「くぉ、ぉぉぉぉぉ、おぇぇええええ……」


 吐いた。

 新トンネル開通は免れたが、戦闘中の高揚感で誤魔化していた、胸の中でギトつく重苦しさがぶり返し、晩御飯の中身を戻してしまった。

 エンリさんが隣に来て、背中をさすってくれる。


「ご、ごめん……」

「んーん、ススム君が頑張った証拠だよ。格好いいよ」


 い、良い子だなあ………。

 俺が憧れの人に出会っていなければ、勝手に推してた所だ。ミヨちゃんのお蔭で、一般人を崇める不審者にならずに済んだ。命拾いである。ありがとう、ミヨちゃん。


 俺は通常の廻転軌道を再度活性化させ、周囲がまだ魔素に満ちていて、モンスターが近くには居ない事を確認。

 安全地帯とは行かないが、一息は入れてよさそうだ。


「エンリさん、さっきは大丈夫だった?って言うか、体の調子がおかしいとか無い?」

 

 モンスターの、それもあんな有害物質の中に、長く留まり過ぎてしまった。

 彼女の肉体に問題が起きてないか、それが気懸りだった。


「私自身は、全然大丈夫、だったけどぉ……」

「ど、どうしたの?何でも言って?」

「さっき、スマホ、落としちゃった、みたいで……」

「スマホを?」

「うん、そしたら、あの黒いのが、それに群がる見たいにぃ……」

 

 それで、俺達は解放されたのか?

 どういう事だ?モンスターが、電波やスマートフォンに引き寄せられる、なんて話は無い。あるとすれば、窟法ローカルだ。

 何か、特定の条件を満たす物を捨てると、モンスターがそっちを追い掛けてくれる、っていうローカル?

 と言っても、逸失フラッグの時に、ローカルまで外に適用される、なんて話、“不可踏域アノイクミーヌ”くらいにモンスターの侵攻が進んでないと、起こらないと思うが……。

 いや、もしかして、


illイリーガル……?」

「え?」

「生まれたばかりの、逸失フラッグ中のダンジョンに、イリーガルが憑いた、って事かもしれない…!」


 そんなケース、今まで聞いた事も無いが、俺が、カンナが絡んでいる以上、そのくらいの例外は起きてもおかしくない。


 これは、俺を殺して、カンナも一緒に消す為の策略なのか?


「ど、どういう事…?」

「取り敢えず、歩きながら話そう」


 俺は足を動かす事で、考えを整理すしていく。


 イリーガル達は目立ちたくない。全人類対illイリーガルモンスター、という図を作りたくないからだ。

 だから、何らかの方法で住民を他に移して、俺とエンリさんだけにした上で、これまた未知の手段でダンジョンを意図的に発生させ、逸失フラッグで溢れたモンスターに力を与えて………いや、回りくど過ぎるか?


 それをやるなら“火鬼ローズ”の時みたいに本体が……いや、どれじゃダメなんだ。それをやると“ルール違反”、審判のカンナ直々に罰しに来る。だから、アウトラインギリギリを攻める為に、こんなやり方をしてるんだ。

 G型から順にぶつけ、カンナが手を出す水準に達する前に俺が死ねばよし。そうならなくても、どこまでやっていいかの基準が明確に分かる。

 イリーガルが一体死ぬかもしれないけど、その前に俺が死ぬ可能性は高く、それが満たせずカンナが出て来ても、制限された彼女からなら、逃げる事くらいは出来るかもしれない。決して分の悪い賭けじゃないんだ。


 じゃあ、なんでエンリさんだけ残された?

 

 俺へ枷を付ける為だ。

 この前の佑人君の一件で、この手法が有効だって気付かれたから、今回その強化版のようなものを仕掛けたのだろう。

 事件か事故か行方不明か、俺達を殺せた後にどういう説明を用意してるか知らないが、偽装が必要な人数は、最小限が良いだろう。だから、彼女1人なんだ。

 まあ、俺がカメラの外だとドクズ野郎で、彼女の事も普通に見捨ててた場合は意味が無くなるが、それくらいの無駄ならやるだけやってみる、って事なのかもしれない。


 で、肝心の、イリーガルの種類だが、一つ心当たりがある。


 それに憑依されると、汚染物質を垂れ流すようになる。

 物を捨てると、それがどれだけ大切な物だったかによって、見合った代償を与える。



 illイリーガルモンスター、“羅刹デッター”。

 持ち込む窟法ローカルは、「鈍する貧者ぞ、世にはばからん」。



「エンリさんにとって、スマートフォンってどれくらい大事だった?」

「え?……んー、結構お世話になってたよぉ~?…ここら辺だと、あんまり変化が無くて、すぐに飽きるからさぁ。動画サイトとか、あとソシャゲとかぁー、ドハマりしてたもん」

「時間が溶けてく奴だね……」

「無料で使える筈なのに、お金も無くなってくんだよぉ?おかしくねぇー?」

「あっ……うん………」

 

 と、彼女のお財布事情は置いておくとして、

 話を聞いた感じ、“羅刹デッター”のローカルが適用されている、そう考えて良さそうだ。

 

「スマホより大事な物、他に持ってる?」

「い、いや~……?慌てて出たからサイフくらい…?でも中身そんなに入ってないし……、それこそ、さっき貸して貰ったジェネレーター?くらいかな……」

「なるほど……」


 彼女の持ち物の中でも、上位に入る貴重品を捨てて、一回見逃して貰っている。

 じゃあ、俺のスマホが、残機扱いになるか?

 いや、俺にとってのスマートフォンが、彼女にとってのそれと同じだけの重さを持つのか、断言出来ない。

 それに、これから更に上級のモンスターを、けしかけてくるかもしれない事を考えると、「V型が通してくれる」だけの代価で、足りるかどうか怪しい所だ。

 「え?まだM型とL型が居るって?でもV型は居なくなったでしょ?お客さあん、物が欲しいなら、その分の代金を払ってくれなきゃあ」とか、悪びれもせず言ってくる事も考えられる。

 当てにするのは危険だ。

 だけど、一応やれる事はやろう。

 

 俺は財布を出して、彼女に渡す。


「えっと?」

「危なくなったら、中身をぶちまけて欲しい。数万円と、あと銀行のカードも入ってるから、結構な価値になると思う。いや、もうそのまま投げた方が?それとも投げる人が、中身がどれくらい入ってるか知ってた方が良いのかな?あ!逆に、ここで俺が数十万円入ってるってエンリさんに思い込ませて、エンリさんの手で投げさせた方が良かった…!?」

「ちょちょちょちょちょっと!こ、これなんで私に!?」

「え?あ、そうか、説明すると、敵のローカルが、大事な物を貰うと価値に応じて良い事を起こしてくれる、っていう物だから…」

「いや、話の流れでそれは察しがついたけど、それにしても、自分が持ってればいいんじゃあ?」

「だって、エンリさんは身を守る術が他に無いし、シールドも、さっきので大分ダメージ受けたでしょ?俺のスマートフォンは、流石に俺が捨てないと『大事な物』判定されないだろうから、そっちは俺が持ってなきゃだし……。そうなると、今はこれくらいしか渡せる物が無くって」

「いや、でも、キャッシュカードとか、入ってるんでしょ?しかも、今、イリーガルが居るのかもって状況の、命綱。見ず知らずの人間に、渡す?」

「『見ず知らず』ではないだろ。もう顔も名前も知ってる仲だよ?」

「そういう話をしてるんじゃなくって…!」


 盗まれるかもしれないだろ、って事かな?でも、それが問題になるって事は、俺達が生き残ったって未来を意味するし、だったら盗られるのも悪くない。


「まあお守りとか、お札とか、そういうもんだと思ってくれ」

「………いいの?私、これを使って、自分だけ、逃げるかもよ?」

「この状況の中、誰か一人が逃げ出せる所まで行けたんなら、それだけで充分過ぎる成果だろ?」


 ま、二人一緒に逃げれるのがベストだし、そのつもりなんだけどね。


 俺としては自明の理屈だったのだが、手を引かれる彼女は何かまだ疑問を持っているようで「あれ?」

「どうした?」

「いや、今、言われた通り、財布の中身、確認してたんだけど、どこかのラーメン屋さんの、割引券みたいなのが入ってて……」

「ああ、それ?ちょっと遠くまで潜りに行った日に見つけた、結構美味しいお店でさー。いつかまた行こうって思ってて」「期限切れてるよ?」「ウソおッ!?」


 思わずブンと振り向いた俺の鼻先に、「ほら」と日付部分を突き付ける彼女。

 マジだ。

 先月で切れてやがる。


「そ、そんなぁぁ……」


 楽しみにしてたのにぃー……!

 いや、別に、普通に食べに行けばいいんだけどさ。

 なんか、こう、美味しい物を食べたい時の切り札として、宝物のように温めておいたから、不発が確定すると、ガッカリ感が凄いと言うか………。


「ふ、ふふ!フフフフフっ!」

「えぇー……?テンション下がるわー……」

「アハハハハ!おっかしー!」

「ちょ!そんなに笑うトコ!?」

「だって、ススム君ってば…!子どもっぽいって言うか、情けないっていうか……!」

「ハイハイ!俺はどうせチビですよー!」

「アハハっ!あっははははっ……!」



 期せずして、場を和ませる事になりました。

 シャン先生、俺はどうしたら、もっと頼れるおとこになれますか?

 “益荒男ますらお”への道は遠いなあ……。


 なんて、


 真っ暗闇の中に居る事も忘れ、

 

 お気楽な雑談を楽しむ、


 俺達二人なのだった。

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