193.再び、度々、地獄の渦中へ part1

 さっきは、途中まで運良く見つからず、残りの距離は俺の全力を振るった上で、スマートフォン一つを捧げる事で、町の端から端へと突っ切れた。

 じゃあ同じ事をやればいい、という単純な話にはならない。

 彼女にとってのスマートフォンと同じ重さを払えるか、という問題もあるし、モンスター達はさっきと比べて警戒し、一歩テリトリーに踏み入るだけで見つかるかもしれない。

 イリーガル本体の手で、更に上級の、L型が配置されているかもしれない。


 俺の体内魔法陣すら、必要最低限、参加券扱い。

 切り札には程遠い。

 

 俺達の頼みの綱は、ローカルによって認定される、ダンジョンへの支払いだけ。

 その効力は、試してみるまで分からない。


 更に、この層を抜けても、次が、次の次が、もしかしたら、次の次の次の次の……と、続いていく事も考えると、

 抜ける為に毎回毎回、何かを供し続けていれば、ネタが枯渇するのが目に見えている。

 

 自力だけで、やり過ごすしかないタイミングが、どこかに必ずある。

 そして当然、敵が弱い時に、それをやりたい。

 俺が長く生き残る程、奴等がモンスターを追加していくと仮定すると、序盤しばらくは、ローカルによって逃げる手を使いたくない。

 かと言って、出し惜しみをしたら死ぬ。


 ローカルを利用し始めるのは、どのタイプのモンスターが出現してからか、それを見極めなければいけない。

 しかも、残弾から見れば、失敗出来る余地は、ほぼ無いと思った方がいいだろう。


 過不足なく、リソースを吐いていく事が、求められているのだ。




 道路は、V型に見張られている。その体の一部すら外に出ていなくとも、歩く際の振動とかを感知されるかもしれない。

 町の中心で見つかれば、今度こそフクロにされてしまう。

 だから、俺が彼女を抱えて、家から家へ飛び渡る。

 ただし、屋根の上では目立ち過ぎる。

 垣根の内から別の囲いの中へ、という動き方でないといけない。

 一つ進んだ先で、次はどの家に、どの方向に跳べばいいのか。2手3手先まで計画を組み立て、ルートを確保してから初めて、飛び出すようにしなければ。

 余計な手数が、そのまま死亡率を増加させる。


 最短手、あるのみ。

 でなければ、死、あるのみ。

 


 

 魔力探知を張り巡らせて、半径数mの球状エリア内、動くもの全てに目を配る。

 俺の魔力が、無色無臭の優れものでなければ、

 エンリさんの魔力使いが、もっと拙いものであれば、

 この段階で気付かれて詰みだったと思うと、身が縮み上がる思いである。

 薄氷のような幸運の上に、辛うじて道が成った。

 後は、それを割らないよう、少しでも厚い部分を探りながら、進むしかない。

 それも、氷が溶けるより早く。

 

 一つ、二つ、三つ。

 飛び石を数えるように、家から家の連結を探す。

 敵に視認されないくらい、速く移る。

 今の所、G型とV型、その2種類だけだ。

 まだ足されてないのか、離れた場所、ラポルト付近に潜ませているのか。



 一つだけ、気になる事がある。

 


 下級モンスターから順に送り込むのは、カンナへの配慮、難易度調整だと思う。

 だが、奴等が俺達を、最初から探していなかったのは、どうしてなのか。

 液状化してるせいで、その機微が分かりづらいが、警戒や戦闘状態と、常態との違いは分かる。最初にこの町に入った時、スライム共は、ただのそのそ歩いているような感じで、感度を尖らせて、何かを探している素振りは無かった。

 だけど、このダンジョンは、イリーガルが俺を捕らえる、その為だけに生み出された物。異物の侵入を知らずにいるのは、おかしくないだろうか?ダンジョンの何処かに、殺すべき相手がいる、という認識が、何で共有されてないんだ?


 既に過ぎた話だ。

 勘繰る意味が無い。

 それは分かっていても、フローリングの隙間に落ちた油汚れみたいに、隅に粘着ねづいた違和感が取れない。

 床の下から、それが言う。

 「お前はまだ、分かっていない」と。

 俺の、知らない事があるのだと——


「キャッ!?」

 

 エンリさんが声を出してしまったのは、不注意が原因ではない。

 合図も何もせず、俺がいきなり彼女を抱えて横に跳び、


 二人が直前に立っていた地点が、爆発したのだから。


「今のは……!?」

 

 探知範囲内に入った時には、加速に加速を重ねて高速接近している所だった!


 着弾点を見ると、濡れ汚れた、何かの機械のガワ、その一片が地面に刺さっている。

 それ自体は、ただのダンジョンの一部分。モンスターじゃあない。

 つまり、これを投げ落とした奴が居る、って事で。


「上か……!?」


 視力強化でも見えない。

 雲が掛かったように墨色の空から、降って来た?

 いや、雲か煙か知らないが、上に何かが充満していて、その中に身を忍ばせてる奴が居るのか?


「エンリさん、口をしっかり閉じて、衝撃に備えて」

「え?う、うん、分かった!」


 考え違いだ。

 俺は、ずっと思い違いをしていたんだ。

 

「す、ぅぅぅううう……」


 全部だ。

 全部、型通りに進んでいた。


「ふ、ううぅぅぅ……」


 俺は、G型から順に来ると見て、心の何処かに余裕を作っていたんだ。


「す、ぅぅぅううう……!」


 最初にそいつらと会った時、俺達は探されてもいなかった。

 だから、無意識に、緩んだ。何とかなるかもって、思ってしまった。


「ふ、ううぅぅぅ……!」


 さっきから俺は、自分で敵の腹の中に入ってしまってるんだ。

 カンナっていう葱を背負った鴨が、鍋の中で火が通るまで、そこに浸かっていてくれるのを、イリーガル共は、待っていれば良かったんだ……!


「す、ぅぅぅううう……!」


 体内魔法陣成立。

 感知範囲と鋭敏さが強化される。

 身体能力も大幅向上。


「ふ、ううぅぅぅ……!…!!」


 だから、それが来た時、俺は跳べた。

 壁を突き抜け、一直線に俺達を狙った、その水流が肉を貫通する前に!


「M型……!」

 

 表面がイボイボした、食欲の湧かないオハギのような見た目の敵が、100m程先からそれを撃っていた。

 俺達が空に浮いたと見るや、イボを破裂させ、そこから上方に汚染飛沫を散射さんしゃ、酸性雨めいて降らし浴びせる!


「くそ!くそくそくそ…!」


 降水範囲から外れるように全速力での前進!

 背後で路面が蓮の実のように穴ぼこだらけになる!

 

「俺は…!俺は馬鹿か……!」


 下水から出て亀裂や穿孔せんこうを通り顔を出すV型共!マンホールを吹き飛ばして前からも現れる!

 3重じゃ済まない…!

 こいつらは、さっきの壁を、もっと素早く、好き勝手に、幾重にも、張りばせる!


「ぅうおおおお!BreakどけBreak消し飛べBreak通せよBreeeeeak通せええええええ!!」


 魔力爆裂を連発して最初の壁を抜けるも、数歩も待たず次が用意されている!

 G型達もこぞって群がり俺が通れる空白を埋めてしまう!

 ぶつかって、削りながら進み、だが壁はその場に固く止まる、だけでなくこっちに向かって来る!

 こっち側にり出した為に、凹んだ反対側は、G型や、初めて感じる気配によって塞がれる!

 俺が削った分だけ、新たに障害物が足されるイタチごっこ!

 いつしか、前にも後ろにも、進めなくなる!

 スマートフォンを後ろへ投げる!

 僅かにそちらへ注意が逸れた、が、大部分は挙動を変えない!

 ケーブルを、ヘッドセットを、バックパックを投げ出し、やっと通れる!




 そしてその先に、また、壁があり——

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