185.お米オイシイデス

「ほれほれ、どんどん食え」

「うん!頂きます!」

「お代わりもあるからねえ」

「はーい!」


 畳の間。

 小さなテレビを見ながら、団欒の夕食。

 卓袱台を囲むのは、俺と、おじいちゃんと、おばあちゃんだ。


「ごめんね?急に来たのに、晩御飯までご馳走になっちゃって」

「孫が来るのば喜ばん爺がどこにおるっから」

「そうよお?いつでも、来てくれて良いんだがらねえ」

「ありがとう!ウマウマウマ………」


 米が美味しく感じるのは、城社県の米だからか、

 鶏肉や里芋を煮たおかずが旨いからか。

 それとも、幸せの中に居るからか。

 カンナに味の感想を聞こうとしたけど、今は空気を読んだのか声を出さない。

 気遣いに感謝し、帰ったら段々になってるアイスを買ってやろう。6~700円くらいするやつ。コーンだって、追加料金でワッフルにしてやってもいい。


 テレビでは夕方のニュースをやっている。

 新型ウイルス対策について、クリスティア議会での論戦、国が税制や最低賃金への改革を検討してる話、未だ逮捕されない逃亡犯の目撃情報、illイリーガルモンスターの国内遭遇件数増加傾向、などなど、いつも通り、あまり明るいニュースは無い。

 

「いやあな世の中になっだっからねえ」

「スス坊も、気をつけろ…?」

「うん、ありがとね!でも大丈夫!俺は全然元気だから!」


 世界が灰色模様でも、こうやって気遣ってくれる人が、守ろうとしてくれる人が居るだけで、「それでもいいか」と満足してしまうのは、自己本位過ぎるのかもしれない。

 ただ、今だけは、全てを御都合で考えても、良いんじゃないか。

 おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に食べてると、その間だけ、自分の弱さを許せる気がした。


「このお米、すごくおいしい!」

「んだろんだろぉ?」

「竈使ってるっから、火が違うっから。ついつい食べらさるっちゃあ」

「うん!おいしいごはん作ってくれてありがとう!」


 俺がお礼を言うと、おじいちゃんは目を細めて、


「ノボルば、思い出すなぁ……」


 しみじみと、嬉しそうに言った。


ノボル……父さんを?」

「ああ…、あいづも、それはそれは、美味そうに食っとったやー」

「よく似ているよぉ……」

「そうなんだ……」

「写真も、あった筈っちゃ」

「そう言えば、そうだ。取って来てやるっから。見たいべ?」

「え?良いの?見たい!」


 俺が目を輝かせて食い付くと、おじいちゃんはすぐにアルバムを持って来てくれた。

 父さんの小さい頃。

 ああ、この時から眼鏡だったんだ。

 若い頃。

 学生服をカッチリと来てる。もっとふんわりしたイメージだったから、新鮮だな。

 大学入学。

 この時に上都じょうとしたんだ。

 家族と離れて、時期が飛び飛びになって行く。

 あ、母さんだ。

 ウェディングドレス姿でも、格好いい人だ。

 父さんがガチガチに緊張してるのと、好対照。

 これは、衛にーちゃんだ。

 スマートでクールだってモテてたらしいけど、心の中はこの時から変わらず、やんちゃなままだったんだ。


 そして、


 俺が映ってる写真がある。

 

 保育園時代、家族4人で遊びに来た時の、



 俺の記憶の中が、“本物”なんだっていうあかし


 

 月日が経つにつれて、家族の顔さえ忘れそうになる。声だって、正確に思い出せているか怪しい。スマートフォンはあの窟災の日に、PC等は「親族」に取られて、過去の景色はほぼ失われた。

 数少ない、プリントしていた写真達が、俺の存在を消したい彼らに焼かれる中で、唯一こっそり持ち出せたのが、今じいちゃんに託しているあの1枚。



 俺を愛してくれた、あの3人は、かつて確かに、この世に存在した。

 俺の父親は、この家で育った。

 俺達家族は、ここに居た。

 それを確かめられて、


「スス坊?大丈夫っちゃ?」

「ううん、なんでもないよ!」


 補給された事で、また溜まっていたらしい水分が、流れ出るのを隠すように、俺はお茶碗に残った米粒を掻き込んだ。




 その日、俺は家族に出会った。

 いや、何年も掛かって、やっと見つける事が出来たのだ。













 ふぃー、満腹満腹。

 今日は気持ち良く寝れそうだ。

 なんか気合が入ったらしい二人に、大量のおかずを振舞われ、それをお腹に収めたと思ったら、更に汁物がやって来た。

 気合で食べきったが、もうパンパンで破裂しそうだよ……。

 ご高齢の方が振舞う食事は、量の加減を知らない、なんて聞いた事があるけど、本当だったな……。

 腹もくちくなり、幸せな圧迫感に包まれ、

 後はそれに従い、横になって潰れるだけである。


(カンナ、さっきはありがとうな)


 家族水入らずを演出してくれた彼女に礼を言うが、

 やっぱり姿を見せない。

 息の根すら、いつも以上に、徹底して潜めてるみたいだ。

 俺が孤独過ぎたから、これまで分からなかっただけで、あいつ、意外とこういうのには、気後れするタイプか?


 同居人の新たな一面を、ちょっとだけ愉快に思いながら、


 俺は寝床に入ってから、数分もせずに、


 夢の中だった。

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