186.夢から醒めて

 むかぁしむかし

 やまには かみさまが すんでいました


 かみさまは ひとがあんしんして しあわせにいきていけるよう

 かわのせせらぎを かがやくさくもつを まっかなだいちを あたえました

 

 ひとは ゆたかになって じぶんたちだけでも たてるようになって


 

 ささえてくれたものを 

 かみさまを

 わすれてしまいました



 ひとは ふあんになってしまいました

 けれども かみさまをわすれたから 

 さびしさのうめかたが わかりませんでした


 あるひとは べつのかみさまをみつけ かくしました

 じぶんたちのための どこにもいかないかみさまを ささえにしました


 あるひとは かみさまをつくろうとしました

 ひとは むしをたべて おなかにすまわせ

 かれらがかみさまになると しんじるようになりました


 あるひとは かみさまのかわりに みぢかなひとをたよりました

 そのひととこころをかよわせるために

 じぶんのものにしようとしました


 かみさまは そんなかれらをみかねて

 また かれらのとなりに やってきていました

 それでも わすれられたかみさまは だれにもみえません

 

 そこにいるのに

 こごえて

 ふるえる

 かれらをあたためようと

 そこでまっているのに

 

 だれも

 みつけてくれない


 だれも

 

 ねえ

 

 だれか

 

 そんな

 

 むしなんかじゃなくて


 だれかわたしを


 わたし


 これ、は

 何?

 やめて!

 私の上にそれを落とさないで!

 痛い痛い痛いいたいたいイタイ!

 臭気が鼻を刺すから痛い!

 薬品が肌を焼くから痛い!

 廃材が体を貫くから痛い!

 いたいよ!

 やめてよ!

 私はここに居る!

 黒々とした煙に、胃も肺も腸も汚されちゃったけど、

 

 それでも、

 私は、

 生きてるのに!


 嗚呼、

 口から入るのは、

 欠片程の吉良きつりょうすらこそげ取られて、

 それでも残った、

 誰からも求められなかった者達。


 人の暮らしが、

 街が、

 都市が垂れながす、

 クソなのだ。


 この世の中は、

 こういう厭な物から、

 目を背けられる者が、

 逃げる事が出来る者だけが、

 幸せになれるのだ。

 此処は、

 私は、

 押し付けられる側だ。

 

 だったら、


 だったら私は、


 お前達が、私に捨てると言うなら——







「うわあああっ!!?」

 

 跳ね起きる。

 酷い汗。

 この感じ。

 まただ。

 またいつもの、内容を憶えていられない悪夢だ。

 

 もー!良い気持ちで寝付けたのに、なんで今日に限って、ヤな感じの夢見になるかなあー!?

 まだ全然暗いし、二度寝したいけど、その前に、


「トイレ………」


 




 

 出す物出したら、今度は喉が乾いてしまった。

 二人を起こすといけないから、忍び足で廊下を渡り、台所へ。

 襖で仕切られた家は、ルートが自在だから便利である。と言うか、こんなに面積のある家に住んだ事が無いから、ちょっと楽しい。


 水道で潤して、途中で経由する部屋の、床の間にある仏壇に改めて手を合わせ、それから部屋に戻ろうとお茶の間を通った所で、


 

 ブツっ、

 


『——容疑者の指名手配は尚も継続中ですが、県境付近で目撃情報がぷっつりと途絶えた事もあり、捜索は更に困難を極めると——』

 

「え?」


 テレビがついた。

 さっきも見た、強盗殺人事件の容疑者が、まだ逃げ続けているという報道。

 正方形に近いディスプレイの中に浮かぶ、怒っているとも悲しんでいるとも言えない無表情で、輪郭線も含めてぼんやりとして見える似顔絵。帽子を被っただけで頭髪が隠れているのは、短髪だからなのかスキンヘッドだからなのか。


 あれ?なんでだろう?

 リモコンでも踏んづけた?

 いや、いくら寝ぼけてるとは言え、それで気付かない事なんてあるか?


「えー、と……、んんん?」


 椅子にもなる踏み台の上、

 リモコンはそこにあった。

 踏んだ可能性は無くなった。

 とすると?

 何も分からなくなった。

 なんで点いた?

 古くなって誤作動を起こしたのかな?


「……まあ、いっか」


 明日、故障してるかもって、二人に教えておこう。

 そう思って電源スイッチを押すが、


「ん?おーい……?」


 反応しない。

 何度ポチポチやっても、音声も映像も変わらず流れ、止まろうとする気配すらない。

 

「本格的に壊れてる?信号を受信する所とかかな?」


 俺は本体に近付く。そっちに付いてるボタンで消そうと思ったからだ。

 そこで、やっと気付く。


「あれ、これって、さっき見てたテレビじゃなくない?」


 夕食時より、更に画面が小さく思える。

 しかも、奥に分厚い。

 ダイヤルみたいな物が横に付いて——


「もしかして」


 “ブラウン管テレビ”って奴か?

 スゲー!本物初めて見た!おじいちゃんにこんなもの有ったんだ!?


 じゃあこのリモコンも、メインのテレビ用で、こっちはダイヤルで操作するのか!

 そう思ってそれを捻ってみると、あっさり画面が切れた。


 なあんだ、さっきと同じ部屋を通ったと思って、よく似た別の部屋に入ってしまっていただけだ。

 いつもみたいに、俺のポカか。

 まあ、二人が寝てる部屋に誤爆しなかっただけ、上出来って事にしよう。


 安心と共に口から出た欠伸が、再び眠気を誘い、俺は廊下に出ようと——



——でもブラウン管って、

——今の電波受信出来たっけ?



 ブツっ、


『容疑者はaaaaaaaa依然nnnnnnn逃、、、、、、、亡ぼうぼうぼうぼうぼう』

「!?」


 振り返る。

 テレビがまた光を灯す。

 しかも、音声も映像もおかしい。

 歪んで曲がって、手配犯の似顔絵が判別できなくなり、

 テロップには「捨てたのか?」と何度も何度も書かれている。

 

「え、な、なに…!?」


『けいさzzzzzzzzzつは、協力を要請いいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ&“‘$(%&$&’(”%%((“##——』




——捨てたのか?




「え?」


 ピッチを限界まで下げたような声が、繰り返す。


『捨てたのか?』

「何か、」

『捨てたのか?』

「何か…!」

『捨てたのか?』

「違う!!」

『捨てたのか?』

「何もかも変だ!妙だ!」

『捨てたのか?』


 画面のさざ波が収束し、正常に戻る。


「う」


 いや、戻っていない。


「う、うう、お、」


 そこに茫然ぼうぜんと映るのは、

 その、似顔絵は、



『捨てたのか?』

 

 俺だ。



 ぶつんっ。


 黒一色に沈黙する画面。

 反射で見える俺の顔は、ガチガチと歯が鳴る程に恐怖しているように見えた。


「おじいちゃん!おばあちゃん!」


 何かがヤバい!

 何がどうとは言えないけど、兎に角ここは駄目だ!

 俺の直感がこの場のネバついた尋常ならざる空気を——


「『直感』?」


 ハッとして、俺は体内を探る。

 何故分からなかった!?

 魔力だ!

 それもかなりの生成量!


「魔素濃度が……!」

      高くなってる……!


 この感じ、まるで中級の深層……いや、もしかしたら深級レベルかもしれない!


「また夢、じゃ、ないよな……?」

 

 夢かどうか疑える時点で、その可能性は低い。

 それに、「現実でない」と高を括るのも、危険だ。

 今は取り敢えず、起こっている事全てを事実と受け止めて動け。

 

 恐らく、予測出来なかった中級、それか深級ダンジョンの生成だ。


 丁度この辺りで発生して、魔素とモンスターを放出する、“逸失フラッグ”を起こしている。


 それを、

 自分にとってワーストなケースを想定しろ。


 やるべき事はなんだ?


「避難させる。そうだ。おじいちゃんとおばあちゃんを、安全な所まで!」


 にーちゃんが俺を運んでくれたように!


 緊急時だ。魔力の使用は許されるだろう。俺は体内で魔力を廻転させ身体強化を発動。

 二人が寝室だと言っていた部屋まで……な…!?


「居ない…!?」


 魔力が何も感じない!

 魔素が届く程近くでダンジョンが生まれたなら、生成光が多少は降り注ぐ。なら、体内魔力経路が開いていなきゃおかしい。二人は魔力を出す筈なんだ!

 だけど!


「どうして何も感じないんだよぉお……!?」


 胃が裏返って口からはみ出そうになる最悪な気分を堪え、くだんの部屋に通じる襖を押し開く!

 カラだ。

 布団が敷かれてすらいない!


「どこに……!?」


 待て

 まてまてまてまてよ

 まてって

 パニクるな

 軽挙妄動が事態を更に悪くするんだ

 ってニークト先輩が言ってただろ

 落ち着け

 呼吸を

 呼吸を調えろ

 考えろ

 ここにいない

 いないんだ

 いいな?

 じゃ

 どこだ?

 わかるか?

 わからない?

 次はどうする?

 正確な現状把握

 だろ?

 どうやって?

 まずは外に

 


 思考がそこに差し掛かった、まさにその時、


 呼び鈴が鳴った。

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