184.再会って、笑ってればいいのかな?

 あった。

 見つけてしまった。

 緑に囲まれた方に少し分け入ると、

 道が左手に分岐していて、

 その先に、記憶の中と合致する、茅葺かやぶき屋根の古民家が、待ち構えていた。


 都民の感性から見たら、「一軒家」にしては大きい。が、「屋敷」と言うには小さかった。

 幼い頃って、何でもサイズマシマシで見える物なのだと、そんな風説を実感してしまった。


 玄関らしき曇りガラスの引き戸に歩み寄り、やけにくっきり映っている自分と顔を突き合わせる。暫くそれをぼんやり見ていた後に視線を横にずらすと、確かに「日魅在」という標識が掲げてあるのが確認出来た。


 やっぱり、静かだ。

 本当に人が住んでいるのか怪しく思ってしまうが、そう言ってさっきもお姉さんがちゃんと中に居た。ダンジョンの外だと、俺の感覚は当てにならない。

 

 だから、呼び鈴を押せば、中から人が、おじいちゃんかおばあちゃんが、出て来ると思うんだけど、


(う、ぅぅぅうぅぅ……)

(((だ、押さないんですか?)))

(待って!あと10秒待って!)

(((……………)))

(……………)

(((十秒、ですね?)))

(あと1分!)

(((二度寝三度寝をせがむ駄々っ子ですか?)))

 

 えー……?でもー……!

 どういう言葉から切り出せば良いかもー……、分かんないのにさあー……!

 歩き方忘れてんのにー……、スタートの合図は出せないじゃんー……!


 心の声のテンポが狩狼さんになってしまった。

 それだけ気が進まない、って事。

 今日はこの辺りで宿を取って、明日出直すのが良いかな?

 よく考えたら、何も言わずに来たのって、マナー的にはアウトな気がするし。

 あ、そうだ!追い出された場合に備えて、宿を見つけとこう!

 その間に決意を固めればいいや!そうしようそうしよう!


(((ススムくん…?)))


 違う違う!違うぞカンナ!俺は逃げるつもりはない!そんな事は全然無い!ただ、公共交通機関に乏しいこの地では、帰れなくなって夜を越さざるを得ない危険があるから、万が一を考えて!

 待て!分かる!分かってる!「だったらとっととピンポンして、速やかに追い返されてから帰れば早いだろ」、って言いたいんだろ?だがその場合、メンタルダメージによって動けなくなり、気が付いたら日が暮れてる可能性もあるんだ!で、そこから探し始めても、泊まれる所が全部閉まってる、なんてオチが考えられる!それはいけない!いけないよなあ!?いけないんだ!

 よおし、そうと決まれば回れ右、下に戻って宿泊施設を見つけよう!なあに30分もあれば済む。ほらちょうど風も出て来たし、この熱照ねっしょうの下でもまだ動ける……あれ?

 

 思ったより、暑くないな?

 あれかな?やっぱり木々の密度が高いから、太陽からの光も木漏れ日にまで減衰して、パワーダウンするのかな?だから涼しげな風まで吹く、とか?

 多分だけど、これは森林の奥から来てる気がする。

 草いきれ、と言うのかな。嗅ぎ慣れない、変な臭いも運んでいるから。

 湿り気のある、濃ゆい息吹。ぽかぽかの日向と、元気な草叢、それが混ぜられ、濃縮されたような——


——ん?


 さっきの曲がり角付近に、誰か立ってる?

 この距離からだと、顔は見えない。

 白を基調とした服と、秋の稲穂のように、豊かな金色の髪だけが見える。


 あれは……



 ガラガラガタンと、何かが音を立てて引き動かされた。


 俺は後ろを、去る直前だったガラス戸を振り返る。


 男が、立っていた。

 

 灰色と白色の陰影が付き、綺麗に整えられた髪と髭。

 身長170cm程で、腰も曲がっていない。

 面長な顔と、しっかりした所作が、皺も目立たせない。

 

 その人は、目を丸く開いて、俺を見た後、


「スス、ム……?」


 名前を、


「あの、」


 俺の名前を、


「お、」


 呼んでくれて、


「おじい、ちゃん……?」


「ススム……!」


 その両手が広げられた。


「オレ、その……!」

「何ば、しとる…!」

「え…?」

「こっつさがい……!」

「おじいちゃん…!」

「こっち、きなさい…!」

「おじいちゃん!」


 俺はおじいちゃんの胸の中に飛び込んだ。


「おじいちゃん、オレ、オレ……!」

「おう、おう、分かってる、分かってっから」

「オレ、ずっと、おじいちゃんとおばあちゃんに、ずっと、会いたくて、でも、怒られるんじゃないかって、怖くて…!」

「何で儂らが、お前を怒るっちゃ…?よく来た…!よく来たなあ…!スス坊……!」

「うん……!うん、うん……!」

「ばあさん!ばあさん!」


 おじいちゃんに呼ばれて、顔や目鼻が丸くて小柄な、おばあちゃんもやって来て、二人で俺を抱きしめてくれた。


 俺が涙もろいのは、今に始まった事じゃないが、だけど、ちょっと恥ずかしい泣き方をしてしまった。

 ワンワンと、小さい子どもみたいに、過呼吸になるレベルで、何の抑えもなく、全身の余力一杯に、叫んでいた。

 鼻水まで合流してダバダバ出したから、マスクがグシャグシャになってしまった。

 

 心の何処かで、俺は赦されないんじゃないかと、そう思っていたのかもしれない。


 安心したんだ。

 

 ここでなら俺は、

 ブレーキをかけずに力いっぱい、

 

 泣いて良いんだって。

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