183.ここにも、何時かは足を運ばなきゃいけなかった

 おじいちゃんとおばあちゃんとは、

 もう長い間会っていない。

 俺が漏魔症に罹った、8年前からずっと。


 母方の実家からは、その時縁を切ると言われたのだが、

 父方からは、特に連絡が無かった。

 小さい俺を可愛がってくれた、あの人達が、今の俺をどう思っているのか、それが分からない。

 確かめようにも、漏魔症となった俺が会いに行けば、それだけで迷惑になるし………


 なーんて分別が最初からついてれば、あいつのストーカーにもなってない。


 本当の所は、優しかった二人に、口汚く拒絶されるのが怖かったんだ。


 なにも言って来ないのは、俺をまだ家族と思ってくれているか、それとも俺を忘れたいからか、それを確かめる勇気が無かった。

 当時の俺が二人から、痛い言葉をぶつけられたら、それだけで死んじゃってたかもしれない。

 だから、ずっと忘れた振りをして、「会いに行ったら怒られるから」って言い訳して、「どうせ見捨てられるのだから」と尤もらしい理由を付けて、会いに行こうとしなかった。


 それも、今日で終わりにしよう。


 バスの窓の外、あおく覆われた田んぼが続く、その長閑のどかな景観を見ながら、心臓を落ち着けようと、その言葉を繰り返す。


 逃げるのは、「終わりにしよう」。

 俺は向き合わなきゃいけない。


 東北地方、米作りでも有名な城社県。

 父さんは、そこにある小さな村?町?の出身だと言っていた。

 ただ、記憶と言えばそれだけで、具体的な場所を知ってるわけではなかった。

 じゃあどうやって、相手の住所を特定するのか?

 簡単だ。

 役所に行って、戸籍謄本を取っただけである。

 俺も調べるまで知らなかったけど、直系で繋がる人が相手であれば、代を一つずつ遡って請求していけば、調べる事が出来るのだ。

 持ってて良かった、潜行免許証本人確認書類


 祖父、日魅在あゆむの本籍地は、城社県の南部地域にある、群、川村田せんむらた町となっていた。

 

 インターネットに、名前とホームページくらいは乗っているが、何かで有名、という情報は特に無い。

 昔あったらしいダンジョンは、閉窟済み。

 今は人口が1万人を下回ってる所からも、小さな自治体なのだろう。

 おじいちゃんおばあちゃんの家は、地図アプリで見た時、その町の中でも端の方、ほとんど山の一部なんじゃないか、という場所にあった。

 確かに、記憶の中を探ってみると、坂を上って遊びに行ってたような気もする。


(((ススムくんの、肉親の方、ですか)))


 ガラスの反射で映ったバスの席、俺の隣には白黒の、寒気がするような美が座っている。


 彼女と同じ時を共有するようになってから、結構経つ。

 だけど今でも、こうやって忘我の中に入られると、

 俺の胸には騒々サワサワと風が立つ。


 慣れたようで、彼女は特別なままだ。

 

(((どのような方が出て来るか、楽しみですね)))

(カンナは知ってるだろ?俺の記憶覗けるんだから)

(((ススムくんについて知るのに、全て脳内情報の閲覧で済ませる、なんて、不粋な事はしませんよ?)))

(そ、そうなんだ……?)

(((曖昧で、不確かな、思い出。あなたの意識に上る、それだけは拝見しました。後は、深く掘っていません)))

(その方が、面白いから?……でも、そんなに楽しい事に、なるかな?少なくとも、カンナが期待するほど、ぶっ飛んだ感じでは無い筈。じゃないと、俺みたいな普通の人間に育たないし)

(((ふふふっ、い、良い冗句ですね…?面白い、です……ふくふふ……!)))


 ジョークで言ってんじゃねえんだよ。

 今の話のどこにウケてんだ。


(((それでは、第一声は何か、賭けませんか?私が当てたら、今度、段になってる氷菓を、買って頂きます)))

(エンジョイ勢がよ……)

(((私は、「お前のような人間は知らん」、だと思います)))

(しかも本気で当てに行ってんじゃねえよ…!)


 そこはもっと、「こうだったら良いな」、って予想をくれよ。


(って言うか、それ、俺が勝ったらどうなるの?)

(((段になっている氷菓を、あがなう権利を差し上げましょう)))


 だと思ったよ。

 






「あっちぃ~………!」


 蒸し風呂みたいな、炎天下を歩く。

 北なのと、植物が多くアスファルトが少ないからから、丁都よりはマシだが、眩しい夏日、ウザッたい蝉の鳴き声や、マスクの息苦しさが、ジリジリジリジリ、不快指数を余計に上げる。

 

 1日に2本分しか書かれていないバス停から、徒歩で30分くらい。

 民家らしき物が建ち並ぶエリアまで来れたが、アプリで見ると目的地はまだ先みたいだ。


「あー……、あそこに見える、坂の先かな?」


 坂って言うか、踏み固められた斜面、山道、って感じだけど。

 あんな感じだったような気もするし、記憶よりガッツリ草木が生い茂ってる気もする。

 あの先に、民家なんかあるのかな?

 周囲を見ても、へいせい初期くらいに建てられたように見える家ばかりで、俺が憶えている、「いかにも照輪しょうわな広い屋敷」、みたいなのはあまり見当たらない。

 場所が合ってるのか、ちょっと不安になって来た。


 ええい、ままよ!

 どうせ行き当たりばったりの訪問だ。

 本当だったら先に連絡とかするべきだが、戸籍に電話番号が書いてなかったし、手紙だと無視されて、マゴマゴしてる内に夏休みが終わったり、流行り病の影響で交通が制限されたり、という恐れがあった。

 故にアポなし突撃だ。今更グダった所で気にするな!

 どうせ高確率で追い返されるし、「その時はその時」って勢いだけで来てるからな!

 

 って言うか、静かだな……。

 いや、蝉は五月蠅いんだけど、人の生活音がまるで聞こえない。

 外出自粛のご時勢のせいかな?ドアも窓も閉め切られて、そういうダンジョンの中みたいになってる。

 まあ、魔素濃度は低いから、気配察知とか出来ないけど。

 どうでもいいけど、「五月の蠅」で「うるさい」って読むなら、「八月蝉うるさい」って言葉があっても良くない?


(((本当に、如何どうでも良い話を、する人がありますか?)))

(ここに居るんだよ)

 

 さっきから自分だけチーズケーキアイスクリーム食いやがって。

 緊張もあってヘトヘトな俺を見て楽しんでるの、バレてるからな?


「こんにちはぁ」


「え?」


 急に声を掛けられた。

 見ると、若い女の人が、脇の民家の窓を開けて、身を乗り出していた。


「あ、どうも、こんにちは」

「どごがら来だの?」

「え、あぁ、丁都から……」

「んんまぁー!遠ぐがらよぐおいでで」

「い、いえいえ、言っても、県3つ4つ跨いだくらいですから……」

 

 ああー、懐かしいな、このイントネーション。

 二人も、こんな喋り方してた気がする。俺が分かり易い言葉で話し掛けてくれるけど、偶に聞き慣れぬ言葉遣いが漏れてたのだ。

 父さんも昔、丁都に来る前は、こういう感じだったのかな?


「遠い遠い、遠ぐよ~それ~。がおったべ?」

「が、がお……?」

「あんれ、おしょすい!訛っちゃっで!気にすんね!」

「あ、あはは……」


 愛想笑いしか出来ません。

 通訳が欲しい。

 カンナ?行ける?


(((面白いので、このままで)))


 肝心な時のみ働かないとか嫌がらせか?嫌がらせだったわ。


「最近、ウイルスだあー、新型だあー、って、たんげさしねくっちゃあ?『家出だらわがねー』って、いづくてさあ!つまんねーのや!」

「た、大変ですよね…」


 ワードと言い方的に、外に出れない事を嘆いているんだと思う。たぶん。


「おめ、どごさ行くっちゃ?この先、なあんも無いべ?」


 あ、今のは分かった。


「えっと、こっちの道行った所に、『日魅在』さん、っていうお宅があると思うんですけど」




 彼女の目から、

 スゥっと、色が引いた。




「……あ、あの?」

「知らね」

「え?」

「そんな家、ここいらにねえ!」

「あれ?そうなんですか?でも」

「帰れ!」


 窓が閉まって、

 蝉だけの町が戻って来た。


(な、なに~…?今の~…?)

(((ご近所との関係は、良好とは言えないようで)))


 お、俺のせいかな?

 嫌な予感が強くなってきた…!

 お願いだから、地図が間違ってるだけで、ここにおじいちゃんおばあちゃんは住んでないって、そう言って欲しい……!

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