178.明日から休みだあ!ってなってたんだけど part1

「有機物と無機物の違い?炭素を持ってるかどうかだけだぜ?」

「そうですよね……」

「どうした?どの辺りが分からねえんだ?」

「炭素だけ特別扱いされてるのが、何で?って……」

「そうだな……まあどうせなら、生命進化の話でもしてやるか」

「お願いします!」


 毎度毎度、ありがとうございます。

 化学はどうも、直感的に分からないから、好きに慣れない分野だ。

 教科書の半分くらいが、謎の図形やアルファベットで埋められてるのを見て、目を回しそうになってしまう。


「この前の、原子の構造の話を思い出せ。陽子と電子の釣り合いの話だ」

「ちょっと今そこのノート開きます」

「電子は陽子の、と言うより原子核の周りを回ってるわけだが、同じ円周上に何個まで、という制限があるのは知ってるな?」

「はい、一番内側は電子が2個までしか入れなくて、それより外には8個でワンセットで重なっていくんですよね」

「そうだ。“電子殻”と呼ばれる概念だ。で、一番外側の電子殻上を回っている物が?」

「“外殻電子”です!」

「正解だぜ。物体が“化学結合”を起こす場合、外殻電子が利用される。例えば8個まで入る外殻に、6個しか電子が無いとしたら?」

「外殻電子が2個の原子とくっつく、ですよね?」

「それか、1個の奴を2体引き寄せるか、だ。空席を埋める考え方だな。

 化学では何度も出る考えだが、物質には“安定”を目指すという、生物で言えば“本能”とでも称すべき特徴がある。

 植物が光合成をし、シマウマがそれを食み、ライオンがその肉を食うのと同じく、ミクロの世界では、全てが『安定』を求めているんだ。

 そんで、外殻電子がしっかり人数一杯揃っている、“閉殻”という状態こそ、原子が求める『安定』だ」


 シャン先生はホワイトボードに、丸で囲まれた「C」を、そこを中心とした二つの円を描いた。

 内側には黒い点が2個、外側には右に寄せるようにして4個。


「こいつの空席は何個だ?」

「えーと、4っつ入れますね」

「これ以上、空席を増やせるか?」

「え、もう一つ外殻電子を減らせば良いんじゃ?」

「それだと席を用意する側でなく、電子を提供する側になるだろ?」

「あ、そっか」


 電子が入れる席八つの内、過半数が空いてたら、それを埋めるより、溢れてる電子で別の原子の空席を埋める方が、楽なんだ。


「炭素ってのは、最も空席を多く用意してる物質だ。つまり、結合し易さで言えば最高って事だぜ?どれくらいヤベエかって言やあ、こいつが色んなモンとくっついてたら、いつの間にか偶然いい感じの形になったのが、生命の起源だって言う奴も居るくらいだ」

「ええ……?」

 

 そんな適当な…?

 ただ、生物には重要なパーツだって事は分かった。


「生物は、炭素、水素、窒素、酸素、硫黄、リンの六つを基本とする。が、炭素が頭抜けて便利過ぎる。こいつナシじゃあ、生命体を形成出来ねえんだ。さっきの例で言えば、植物は光合成によって、二酸化炭素から炭素を得る。草食動物がそれを食い、肉食動物がまたそいつらを食って……」

「ああ、俺達は、炭素を食って生きてる、って事ですね?」

「生命体の立場としちゃあ、炭素を持つ連中を、特別扱いしたくもなるってもんだろ?」

「た、確かに……」

 

 ………ん?


「先生、周期表上の番号って、電子の数ですよね?」

「そうだな」

「じゃあこの炭素の真下に奴らって、例えばケイ素とかだと、電子14個で、外殻電子4個になりますよね?炭素の代わりにならないんですか?」

「お、おおう、もうその話をするのか……」

「ススム君って、偶に、急に鋭いよね」

「ほとんどニブチンなのに、不思議だねぃ」

「思考回路どうなってるん?頭開いたらエイリアンとか詰まってんじゃね?知らんけど」

「コワー……」

「急募:普通に褒めてくれるクラスメイト」


 このクラスでは通常、模擬戦とか身体作りとかしに行く派と、座学をより深く修める派で、二組に分かれる。

 シャン先生は、その二つを行ったり来たりだ。

 で、偶に許可が取れたら、全員で実戦潜行に向かったりもする。

 

 ここに居るのは、今日は座学の気分だった皆さんだが、誰が残ってても俺への扱いはこんな感じだ。

 分からないな。

 俺はいつだって英明えいめい闊達かったつなのに、どうしてヘッポコみたいに言われてるんだ?


(((そこで格好をつけて、難しい四字熟語を使おうとする所、ですとか?)))

(べ、別に思い浮かんだだけだから!無理したわけじゃないから!)


「 “ケイ素生命”とか言って、同じ事を考える奴等が居てな?何度か話題や論争になってるんだが……」

 

 「厳しいわなあ……」、サンタの不在を教える親のように、気まずそうに頭の後ろを掻く先生。


「厳しい、んですか?」

「ケイ素が水に溶けねえ、ってのが致命的だ」

「水に溶けない……とダメなんですか?」

「水に溶けるってのは、水の分子によって、元素同士の結合を引き剥がされる現象だ。例えば二酸化炭素、CO2が、CとO2に分けられる。そうすると、C、炭素がまた、安定を目指す、“反応待ち”の状態になるだろ?」

「炭素だと、水の中で化学反応が起こせて、ケイ素はそうじゃないって事ですか?」

「そうだ。生物を構成する細胞ってのは、膜の中に水分が内包される、という造りをしている。人間の半分以上は水で出来ている、ってのも、細胞の主成分が水だからだ。そしてその中で、炭素の化学反応が起こり、それこそが生命活動となっている」


 ケイ素には、それが出来ない。


「あれは基本的に岩石だ。無理矢理溶かそうとすりゃあ、硫酸を持って来る事になるが……」

「ケイ素生命は、細胞内が硫酸で満たされた生物種…?」


 どんなビックリメカだよそれ。


「で、そこまでして頑丈な体を手に入れても、他のケイ素生命や、ケイ素を含んだ岩といった、クソ硬い奴等を摂取しねえと、生き延びられねえ」

「一体居れば奇跡みたいな物なのに、そっから更に岩を噛み砕けないといけないんですか……」

「重過ぎて、炭素みてえに大気から調達出来ないから、“植物”という在り方も無理だろうしな。それに重いってえ事は、加速しにくいって事でもある。衝突によるエネルギーで結合を切り離したり、新たなパートナーにくっつきに行ったり、そのスピードが遅くなる。活動の全てがクソ遅い、つまり、ノロノロとしか動けねえんだ」


 欠陥生物過ぎない……?


「一応、火口みてえな高熱地帯に棲めば、反応の起こりにくさをある程度カバー出来るかもしれねえが……」

「体液は劇薬で、火山の中だけでしか生きてられなくて、しかも岩を食べ続けてないといけない……」


 あっ、無理だコレ。


「『厳しい』って言った理由が分かりました」

「飽くまでロマンやSFの世界の話だわなあ。ま、一応、骨とか殻とかに使ってる連中は居るぜ?あとは、1部の体表を硬化させる魔法が、ミクロの世界で似たような事をやってる、って説もある。魔学の世界だと、人間が半分ケイ素生命化する事もある、って話だな」


 魔法を使ってゴリ押さないと、って事かあ。

 居ない物には居ないだけの理由があるらしい。


 と、そこでガヤガヤと騒がしくなった思ったら、案の定、模擬戦組が帰って来た所だった。

 直後に授業時間終了のチャイム。


「よし、こんな所か。お疲れさん。お待ちかねの夏休みだ」


 今日は7月26日。

 明日、土曜日から、37日間の夏季休暇が始まる。

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