176.あんな事になるなんて…… part3

(((どうしますか?ススムくん)))


 背後から二本の腕が、俺の首に回される。


(((決めるのは、あなた、ですよー…?)))


 右耳から脳に届く、冷たい囁き。

 肩を枕に、乗せられる腕と頭部。

 背骨を包むような、長く深い谷間。

 そのかおを見なくても、悩む俺を楽しんでるなって、それが分かる声調せいちょう


(ちょっと、気が散るから、一旦離れて…!)

(((はぁい……)))


 あ、頭の中が変な気分で押し流されちゃったじゃん!何考えてたっけ!?

 い、いやでも、リセットしたお蔭で、雰囲気に呑まれずに済んでるとも言える。

 考えろ。

 こいつの話で注意すべき点は——


「おーい?」

「……お前達がやってる事は、」


 「リーパーズ」とやらと違って、


「世界の為になるって?」

「その通り。わたしらは使命に従って、彼らは欲望の忠臣なんだ」

「やましい所はなく、全ては自然が決めた通り、って事か?」

「そう、そういう事!わたしらは、『自然』な流れに逆らわず、ありのままを愛しているわけで」「じゃあなんで」


 それが全部本当だったとして、

 お前達は、


「俺に隠し事をする?」


「………『隠し事』?」


 そいつは両手を乗せた片膝を立て、それで俺の目から口元を隠した。

 真意を悟らせない為か。


「わたしらが、君に何を隠してるって?」

「イリーガルからの襲撃は、一回じゃない」


 例の誘拐立て籠もり事件。

 あの時、階層中のモンスターが、俺を殺しに来た。

 カンナの予測が正しかったとするなら、あれはイリーガルからの探り、だった筈だ。


「あー、そう言えば、そういう事もあったよねぇ。ごめんごめん。忘れてたよ」

「いいや、お前達は、世界最強の兵器を手に入れたい、その信用を得たい筈のお前が、忘れる筈が無い。主張するだろ、普通。あれが偶然だったり、或いはあれも敵の仕業だったら、さっき“火鬼ローズ”の話が出て来た時に、言及する。不信感を持たれたくないから」


 そうしなかったって事は、思い出して欲しくなかった、そこを掘られたくなかったって事で、


「もう一度聞くけど、俺を殺しかけたお前らを——」


——どう信用しろって?


「いやあ、お見事!これは一本取られちゃったなー」


 両手を挙げて見せる、女性の形をした怪物。


「でもさあ、わたしらも怖いんだよ。きみの中の“彼女”がどう動くか分からないから、探りを入れるくらいは、許してくれないかなあ?強者と付き合うには、相応の警戒心って物があるでしょ?」

「持ち上げてるつもりかもしれないけど、今大事なのは、お前への疑わしさが浮上した、って部分だ」


 そうやって考えてみると、こいつの腹に、もう一物があるように見えて来る。


「お前達にとって」


 カンナは、


「“可惜夜ナイトライダー”はどっちだ?」


 「自然」か?

 それとも、

 排除すべき異分子か?


「お前達が、一度は俺を見捨てたって事は、少なくとも、守るべき自然とは思ってないだろ?だったら、俺と結託して勝利した後、お仲間全員で袋叩きにして来ないって、言えないんじゃないか?」


 カンナは、

 どっちの側から見ても、

 一番の敵なんじゃないか?


「もし信用して欲しいんだったら、全員で会いに来ればいい。

 今まで人間が発見して、まだ絶滅してないとされるillイリーガルモンスターは、全部で10体。内1体は“火鬼ローズ”だから、残りは9体。二勢力は睨み合えるくらいに拮抗してるから、極端にどっちかが多いって事も無いだろ?すると、お前のお仲間は、ここに居る2体を除いても、後2、3体が残ってる計算になる」


 そいつらを、全員連れて来い。


「人間社会に紛れ込む為に用意した、姿と、名前と、居場所、そして能力。その全部をこっちに開示して、初めて俺は、お前の話を信用出来る。『世界を護る』ってお題目も、『仲間としてやって行きたい』って話も、信じれる」


 「それ以外は無しだ」、

 交渉の為の最低条件がそれだ。

 そこを満たしてない事には、カンナの、いや、俺の安全が確保できない。

 それでは協調を選べない。

 

 俺の中での優先順位、その一番上は、カンナが一緒に居てくれる事だ。


「……そっかぁ、ざんね~ん……」


 そいつは鷹揚に立ち上がり、ネコのようにしなやかにひとびをして見せる。


「交渉は、決裂だね。流石に、きみにそこまでオールインする気には、なれないよ」

「そうかよ。お前の事、“火鬼ローズ”の仲間扱いしたのは謝る。悪かった。でもこれ以上の譲歩は無い。だからさっさと、どっか行けよ」

「冷たいなあ……。でもわたしらは、何時でもきみらを歓迎するから。仲間になりたくなったら、目立つように呼んでくれればいいよ?」

「どうやったら、俺がお前らの、仲間になりたがるんだよ」

「例えば目の前に、好きな人と家族、二人が溺れています。助けられるのは片方だけです、とか?」


 トロッコ問題系の例題みたいな事を言いやがる。

 どれだけ都合の良い状況なんだそれは。


「そんな事には、ならない」

「そうかなー?もしきみが、好きな事をやりながら、幸せにもなれるって、そう楽観的に考えているとしたら、」


 「何時か、思い知る事になる」、

 サングラス越し、火口のような目が、俺の神経をジリジリ焦がす。


「きみのような子が、戦争を出来る程、ill(イリーガル)は甘くない、って」


 「彼らも、わたしらも、ね」、

 そうして、ほとんど喋らなかった相方を連れて、彼女はその場を後にする。


「頑張ってねー。人間からの名声なんて、短絡的な価値が、助けてくれるといいね?」


 そう言い残して。


「それでも俺は、人に、人として認められたいんだ」


 縞模様の女は最後の最後に振り向き、魔力不足な俺でも分かる、噛みつくような害意を向けて、しかしそれだけで終わり。

 本当に、それ以上何もせず、人混みの中に紛れて行った。


「……っ!はぁー……ッ!」


 奴らが見えなくなって、俺はようやく大きく深く、息を吐き出せた。

 膝が笑ってる。

 正直、すぐにでもへたり込みたいくらい、腰から下に力が入ってなかった。

 口先だけ仲間入りして、内部に潜入しても良かったかもしれないが、しかし俺に、そこまでの駆け引きが出来るとは思えない。

 手を貸している内に、無意識に主従関係を刷り込まれ、逆らえなくなって、飼い殺しにされてしまう恐れもあった。

 だから、俺への警戒度を上げて貰う為に、取り敢えず全部を突っ撥ねる、それくらいしか出来なかったんだけど、


(あ、あれで、良かったのかなあ……?)


 自信が無い。

 何か間違ったのかもしれないが、もう取り消す事が出来ない。それが何より怖い。


(((正しいか、間違っているかは、誰にも判ずる事が出来ません)))


 けれど、


(((面白かったですよ?ススムくん。今のは本当に、楽しかったです)))

(それは、うござんした……)

(((今回のような、緊張感のある探り合い、たやってくれますか?)))

(しばらくは勘弁して……)


 どうしても連続して体験したいなら、スペアの心臓を下さい。

 俺はもうダメです。今日はこれ以上、何も考えたくありません。


 休憩しに来た筈なのに、寧ろ疲れてんだけど?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る