176.あんな事になるなんて…… part1

「頼むよぉ、人助けだと思ってさあ」


 人助け?

 人助けならセーフかあ……


——待て待て待てバカ!


 しっかりしろ俺!色香にやられてるんじゃあないよ!

 お前美人のオイシイ提案を前に、メッチャクチャに興奮してんだろ!そんな気分のまま、漫画の中でしか見ないシチュエーションに飛びつくのか?

 ダメでしょ!道義的に!

 この人の弱みに付け込んで、性欲全開で触るなんて、良くない!とても良くない!

 って言うか今この瞬間を誰かに見られて、ネットに拡散されると、それだけで俺の配信者生命が危篤状態に陥る気がする…!

 週刊誌にすっぱ抜かれる、みたいな悪評流布のハードルは、SNSの発展と共に年々低くなってる。現時点でも十分アウトっぽい絵面なのに、ここから更に彼女の背中に触って鼻の下伸ばしてたら、ネットが起こす大波に、ベッコンボッコンにされる未来へ直通だ!


「す、すいません……」

「あれぇ?手を貸してくれないのぉ?冷たいなあ……」

「そ、そういうつもりじゃなくて……」

 あ、そうだ!

「ちょうど!ちょうど一緒に来てる友達の中に、女子が居るんで、今呼んできます!」

 

 よし、これだ!

 この方法なら、お姉さんを助けられるし、悪事的な意味で俺の手を汚す事もない。


「すぐに戻りますのでここで——」

「ああ、いや、もういいやー」


 と、後ろに気配を感じる。

「うおうっ!?」

 振り向くとそこには、白髪に赤眼の女性が、グラスを両手に持って立っていた。

 黒にも見える深緑色のワンピース水着で、斜めの切れ込みが入っている為、白い肌と合わせて縞模様のようにも見える。

 なんか、フィギュアスケートの衣装みたいだ。

 

「ちょーど連れが来たからさー」

「……邪魔」

「あ、ごめんなさい!」


 俺は慌てて相手の進路上から退く。でも、連れの方が居たんなら、尚更見ず知らずの俺なんかに頼まなくても………。


「きみ、面白くないねえ」

「え、す、すいません……?」

「カミザススム、だっけ?娯楽業界で売れてる人物とは思えないよ」

「え……」

 

 お、俺を知ってる……?

 も、もしかして、


「どうせだし何か面白い事言っt」「これって、ハニートラップって奴ですか!?」


 すげえ!実在したんだ!


「俺を炎上させる為に、こんな所まで付け回したんですか?熱心ですねえ……。あ、それとも愉快犯って言うよりは、誰かに雇われて仕事でやってる、みたいな?これが本業ですか?それとも探偵とか何でも屋みたいな人って、こういう事もやるのかな?そういう業界には詳しくないんですけど、どういう仕組みになってるんでしょう?なんかバーで暗号とか言うと、『良いだろう、入れ』みたいに裏の事務所への扉が開いて……」

「アハッ!」


 笑われてしまった。


「アッハッハッハ!聞いたあ?肆万しまちゃあん?この子、ハニトラ仕掛けて来た本人に、自分からその場でインタビューして来たよお?もしわたしがそういう雇われだったら、信用に関わるから、認める筈無いって、分かって言ってるのかなぁ?っていうか、カミザススムの名前を知ってるって、言うわけないじゃあん?ハハハ!」

「……知らない………日焼け止め、塗る?」

「あ、ああ、ハハハハ!お願い、クハハ、するよ、ハハハハアハ!しかも『暗号』だって!ハハ、『山』『川』、とか?それとも、『ご注文は?』『ブラッディマリーを一吹き』『生憎とトマトジュースを切らしていてね』『奥に一缶くらいあるんじゃあないか?』みたいなあ!?アハハハハ!」

川和切かわきり…止まって……?揺らすと塗れない………」


 なんか声色を変えての熱演を挟みながら、世間知らずを散々わらい倒された。

 そ、そんなに笑う事かなあ?


「いやあごめんごめん!撤回するよ!きみは面白い!“奔獏ジェスター”みたいな、人に才能がある!」

「は、はあ……」

 

 ジェスター?

 なんだっけ、道化師とかピエロ、みたいな意味だっけ?

 あれ?なんでそんな英単語知ってたんだ?

 普通ピエロって、“クラウン”の方が有名だし、そっちで覚えてた筈だったけど——



「“可惜夜ナイトライダー”の事も、そうやって誑し込んだのかな?」



 パチリ、

 電灯のスイッチをオフにしたみたいに、


 喧騒が、

 熱射が、

 湿潤が、

 真空になったように、

 押し遣られた。

 

 利用客達が行き交う中、

 俺と、そいつら二人、

 三者だけが、静かに相対する。


 いや、もう一人、

 “彼女”が居る。

 現れたこの領域、その核心。


「な、“可惜夜ナイトライダー”とは、あれから一回も会ってないですし」


 魔力探知…クソ、ここはダンジョン内じゃない!魔素濃度が低過ぎて、十分な魔力を作れない!


「あの時俺が生き残ったのは、気に入られたからではなくて、あの2体が戦ってる中を、運良く逃げ出せただけで……」

「いいや?深級のレッドクイーン風情、あれを相手にするには役者不足だよ。『戦闘』なんて起きない。もっとずっと一方的。それはきみも、知ってるでしょ?」


 助けを呼ぶ?

 誰を?

 こいつらがもし、俺が思ってる通りの相手なら——

 

「それに、右眼の中に、フルセット入ってるじゃあん。だったら、会話くらいは、した事ある筈。だめだよう?嘘吐いちゃ」


 確定的だ。

 こいつらは、


「イリーガル……!」

「せいかーい。やっと気付いた?警戒心が厚いんだか薄いんだか、分からないねえ、きみは」

 

 思い出した!

 “奔獏ジェスター”はillイリーガルモンスターの名前だ!


 けどなんで、

 なんでこんな所で、

 大勢が集まる、人目のど真ん中で、接触してきた?

 まさか、もう隠れながら生きるのをめるつもりか!?

 俺も、ここに居る全員も、皆殺しにして、人類に宣戦布告するのも辞さない構えになったのか!?

 い、今すぐカンナを出さないと!


(((落ち着きなさい?ススムくん)))

(カンナ!でも!)

(((彼らに交戦の意思があると、そう感じられたなら、私からあなたに詠唱させます。そうでしょう?)))

(……そ、そう、言えば、そうか……)


 カンナには特に、急いだ様子が無い。

 って事は、今開戦する気配は見えない、という事だ。

 かと言って、目的が分からない現状は、変わらない。


「何しに来た?俺に何の用だ?」


 だから、周囲に目を配りながら、直球で聞く。

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