175.まさか、この後、

 いやあ、夏って最高だな!

 心からそう思うよ!

 いよっ、季節の王様!

 もっとっちゃってください!


(((いっそ見事なまでの、掌返しですね)))


 俺、夏の良さ分かった!

 波を出すプールでキャーキャー揺さぶられている女子陣を見ながら、俺は涙を流していた。こんな楽園があろうとはな……!


(((今日だけで、気色の悪さで何点減らすつもりですか…?)))


 引き気味なカンナも今は気にならない。

 目に毒と分かりつつ目で追ってしまう。

 身体に悪い物って、美味いって言うけど、こういう事かあ!

(((違いますね)))

 

 因みに、六本木さんは普通の三角ビキニ、訅和さんは眼帯型とか言う四角いタイプ、あと度入りのゴーグル。

 狩狼さんは今ここにはいないけど、やっぱり緩めのパーカーを着て来た。プールでもそれだから、筋金入りである。下はジーンズの短パンだったから、寒がりってわけではないだろうけど。

 彼女は泳げないわけではないけど、ゆっくりしてるのが好きらしく、八守君と流れるプールでプカプカし続けてるらしい。

 一番意外だったのがトロワ先輩で、ワンピースタイプだけど谷間に切れ込みが入ったヤツだった。男嫌いの先輩の事だから、もっと露出が少ない、体型が出ない物を着て来ると思っていたが、スピードの為とかあるのかもしれない。

 現在スタンダードなプールでスピードを磨いてるらしいけど、楽しみ方を間違えてる気がしないでもない。

 

「楽しかったねー、次どこ行く?」

「あ、これ良くね?ヤバいって有名なヤツ」

「お、いいねぃ。期待できそうな感じがするぜい。グヘヘヘ……」


「奴ら、体力無限か?」

「よくもあそこまではしゃげるものだな……」

「いやー、楽しいならオッケーじゃないですかあ!」

「こいつもだったみたいだな」

「子供体力……」

 

 ハッハッハ!先輩の低身長イジりも気にならないぞ!

 何が来ようと今の俺には効かないからな!


 





 ごめんなさい嘘です俺は無敵なんかじゃありません許してください「ススム君?」

 ミヨちゃんが覗き込んで来る。


「もしかして、高い所とか苦手だった?」

「そ、そんな事はないけどぉ……」

「じゃあ良かった」


 は、ハメられた……!




 あの後、狩狼さんと八守君、トロワ先輩と合流。なんか企画者4人が、「こっちに良い物があるよ!」みたいに他全員を引き連れ、行った先には、このセンターの目玉であるウォータースライダーがあった。

 そこまでは良い。折角だから体験しておきたかったから。

 問題は、そこの看板に、謎の文言が書いてあった事だ。


『カップルは一緒に滑れるよ!』

 

 へー、こういうシステムもあるのか。二人乗り専用の浮き輪とか初めて見た。

 っと他人事のように見てたら、


「ススム君、折角だしこれやってみようよ」


 ミヨちゃんがそう言った。


「?……え?『これ』って?」

「今ススム君が見てたヤツ」


 俺は彼女の指す方を見る。


『カップルは一緒に滑れるよ!』


「???……?………?????」

 

 え、どれ?

 俺だけ別の文字が見えてたりする?


「二人でウォータースライダーって、どうやるのかずっと気になってたんだよねー。ススム君が口裏合わせてくれれば、今日体験出来るよー」

「あー、じゃあしゃーなしじゃんね?気になるんだし、一番仲良い男子が協力しないとかも。知らんけど」

「それアリー…、名案ー……」

「ぐぬぬ……!私ではカップルと認められないから、仕方ねえ!カミっちに託すぜ!」

「??????????」

「ありがと!ススム君!」

「待って?」


 なんだ?この、流れは……?

 不自然だ……!

 なんか「そうなるのが普通だよね」みたいな顔で進行する分、余計に不自然…!

 そうはならないでしょ!「カップル」って、そんな簡単に偽れるものなの?カルチャーショック?ここ丹本じゃなかったっけ?


「あ、私とカップルって、嘘でもイヤだったかな…?」

「そんなわけないじゃん!」

「良かった!じゃ、行こっか!」

「アガワワワアワバババ」


 浮かんだ愁眉を開かせようと本心をブッパしたら、即座にすぐ隣へ詰められ、彼女の両腕が俺の左腕に絡まり、頭がバグってる隙に連行されてしまう。

 や、やわ、すべ、やわ、アバッ!感触の全てが俺を狂わせる!てかこれ、胸当たってない?俺の二の腕に触れてるこれ、正体を目で見て確定させるのが怖いんだけど!


「ちょ、助け」


「行ってら~」


 クソォ!六本木さんのあの顔!やりやがったな!

 全て、全て仕組まれていた!

 俺は無力だ…!腕一つ取られただけで、どうする事も出来ない…!


「アツアツじゃん、ごゆっくr」「そういえばロクっちゃん」


 ニヤニヤして手を振っていた六本木さんに、


「ロクっちゃんも、興味津々だったよねぃ」


 横から訅和さんが、さりげなく銃口を向けた。


「は?そ、そんな事一言も」「ろくぴー……、照れない照れないー……」「ムー子!?」

 

 なんか、親友にも後ろから刺されている。

 

「誰かにお願いしようよ~。男子余ってるし」

「おい余ってるとは何だ余ってるとは」

「え、じゃ、じゃあ、ムー子」「僕ー…、こーゆーの、ニガテー……」

「えちょ……!?」


 もしかして、さっきまで激しいアトラクションを避けてたのは、この主張に説得力を持たせる為!?

 狩る側だと思い、油断していた彼女に気付かれぬよう、囲い込んでいた!?


「どうせならニークト先輩に頼んじゃいましょうよぅ」

「はあ!?なんでアイツに、だって、ホラ、潰されるわ!あの体重に!」

「なんだと!?」

「いいじゃないスか!ニークト様の良い所ッス!」

「でもヤガっちだと泳げないから危ないし、のりっち先輩は、流石に年齢的に、女子高生とカップルだと絵面が……」

「否定出来ねえなちくしょう」

「と言うより、普通にニークトを前に乗せれば、いいのじゃないかしら?」

「え、え?」

「どうですニクっち先輩?」

「オレサマはどうでも良いが、本人が納得いかないようだぞ?」

「先輩~。試合で溺れたばかりで、一人じゃ心細いっていう女の子を、放っておくんですかぃ…?」

「む……」

「いや別にあーしは」「というわけで先輩、お願いしますぜぃ!」

「アゲてけー…?」

「おい押すな!分かったよ!六本木がそんなに楽しみにしていたなんて知らなかった!オレサマが協力してやる!」

「いや、あーしは」

「押し問答が面倒だ!行くぞ!」

「はへ…?」

「共に滑った相手に負担を一切掛けない技術を見せつけてやる!」


 顔を真っ赤にしてニークト先輩に手を引かれる彼女と目が合い、俺は全力の笑顔で応えた。やーい、ざまあみろ。人の事を騙すから、自分もそういう目に遭うんだ。いやー気分が良い。

 

「じゃ、ススム君、私達も行こう?」


 そうでした。

 俺が解放されるわけではありませんでした。

 俺はみんなへと振り返ったが、見守りと憐みの視線ばかりで、助けてくれる人はいないようだった。




 で、今はスタッフさんから、滑り方の講習を受けているんだけど、


「で、前に座った彼女さんを、後ろから脚で挟むようにしてですね」


 脚で!?

 ミヨちゃんを!?

 「それ死ねって言ってます?」、と聞きたい所だが、流石に迷惑&失礼なので、大人しく従う事に「あの」


 ミヨちゃんからの質問。


「ちょっと怖いので、しっかり位置を固定しておきたいのですが」

「でしたら、彼氏さんが腰を抱くように、脚をしっかり回して、掴んであげてください」


 ちょっとお!?

 なんでハードルを上げたの!?って言うかミヨちゃんは怖いならなんで乗ったのさ!さっきから全ての行動が不可解なんだけど!?


「よろしくね、ススム君?」

「ア、ハイ……」

 

 黙っちゃう。

 弾けるような笑顔によって、湧いていた色んな文句が飛んでいく。

 俺の脚がミヨちゃんのお腹周りに密着してしまう。

 スレンダーなのに、硬さをまるで感じさせず、ぷにゅりと沈む感覚を返す。

 あ、上から見た時、ビキニと胸の隙間が生む三角形を見てしまった。賠償しますのでどうか命だけは…!

 これって現行犯で捕まったりしないかな?それか、触れてた時間が長い程、後から重い不幸が降り掛かる、とか。


「それでは取っ手をしっかり握って、いってらっしゃーい!」

「え」


 視覚や触覚から伝わる女子の肉の不思議に気を取られていたら、いつの間にか出発の準備が終わっていたらしく、


「の゛わああああああ!?」


  急勾配!

    急カーブ!

  回り落ちる!

     狭いトンネルから出て壁を登り減速、

 からの逆向きへ落ちて加速して方向転換!


 単なる速い滑り台的な物を想定してたけど、思った以上に本格的なアトラクションだコレぇ!

 小さい頃乗った絶叫マシンと比較しても遜色ない!

 

「あははははははー!」


 ミヨちゃんは楽しそうだなあ!凄い度胸してる!俺はこわい!


 と、浮き輪が滑る床が消えて、フワッと何も無い所に放り出されて、

——落ち…!?

 音を立てて水面を抉り滑る。

 どうやら、無事にゴールしたみたいだ。


「楽しくて一瞬だったねー!」

「そ、そうかな…?」

 

 かなり長く感じた。数分は滑ってなかった?

 ま、まあいい。これで今日の最難関は乗り切った「それじゃあもう一回行こう!」

「え゛え゛!?」

 だ、だって、一回だけって……言ってない!?しまった!アッパラパーになり過ぎて、肝心な所を詰め切れてなかった!

 こ、これ以上は、これ以上は俺の理性が…!

「ほらあ!はやくはやく!」

 片腕を抱きしめるように引っ張られ、俺は何度目かの無力化を受ける。

 もう、いいや……。

 今はあったまっていよう。

 この時間がくれる充足感を、最大限受け入れよう。




 俺はそこからミヨちゃんの強制力の下、嬉し恥ずかし恐ろしの人生初ウォータースライダー体験を、何周も繰り返した。

 たぶん、滑り台でこれより濃い思い出は、金輪際出来ないだろうと思う。




「ふぃー……」

(((何を一仕事終えたような顔を……)))

(いや、俺はやり切ったよ。良い仕事した。ミヨちゃんの笑顔を守ったから)


 自分の体力と精神力を犠牲にして。

 というわけで今は、屋内プールサイドにて、ベンチ代わりのサマーベッドに寝そべって、ぐでー…と脱力中です。

 みんなを付き合わせるのも何だし、と言うか今元気な人間を近くに置きたくないくらいピヨピヨ状態——ヒヨコが頭の周りを回ってるアレ——なので、マンゴージュース片手に一人で休ませて貰っている。

 

(どう?これおいしい?)

(((これまでに無い、甘味一辺倒です。興味深い…)))

(学術的な所感を聞いてるんじゃなくて)


 まあ楽しんでるならいいや。

 飲み終わったコップを何処に置けばいいのか、回収口を探そうと立ち上がった所で、


「ねぇ~え、そこのきみぃ」


 知らない女の人の声。


「そこのぉ、マンゴージュースのグラスを持ってる少年。き、み、だよぉ?」

「え」


 知り合いか?でもこんな声の人居たかな?

 と、呼ばれた方に顔を向けると、


「ぷブッ!?」

「やぁっと振り向いてくれたねー」


 サマーベッドの上にうつ伏せとなって、背中をこちらに向けている女性が目に入った。

 問題は、その背が露になっている、何にも隠されていない、という事で、

 え?何?痴女?

 ビキニ……は、流石に着けてなかったわけではなく、紐が解かれて、大きく潰れた胸の下敷きになっている。

 でも、この格好で、知らん人呼び止めるか?普通。

 固まった俺に、振り向いた横顔だけを見せる、麦わら帽子にサングラスのお姉さんは、


「日焼け止め、塗ってくれないかな?」


 今日はラッキースケベデーか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る