174.この時はまだ、知らなかったんです…

「あ゛づぅぅぅい゛い゛~……!!」


 7月18日木曜日、午後。

 学園祭でのクラスの出し物も決まり、俺は裏方の一つに追い遣られ、あまり関わってくれるなという、無言の訴えを受けていた。

 そんな中で梅雨が終わりかけ、真夏と言うべき気候が近付いて来て、俺は溶けだすアイスのように、全身から大量の水を分泌していた。

 死ぬほど暑いし、空気は満たされたようにジメついて、なのにすぐ喉が渇く。

 最悪の季節だ。

 さっさと過ぎてくれないかな?良い事なんて特に無いだろ。


「あ゛あ゛~……!涼しー!」


 なんとかいつもの教室に辿り着き、空調の下に身を置けた。

 “ヒートアイランド”とかいう現象のせいで、路面がフライパンみたいになって、俺達を上下二面から焼いている。そりゃ暑くもなるわけである。

 文明の利器に苦しめられ、別の文明に助けられている。マッチポンプみたいだな。

 でも最近、クーラーの室外機が上手く動かない、なんて事になってるお宅もあるらしい。メーカーの想定より、遥かに外気温が高いのだとか。

 地球温暖化め……、いつか万倍にして返してやるからな?首を洗って待ってろよぉ…?

 などと、殴れもしない概念に向かって威嚇していると、


「あ、ススムくんススムくん!」

「カミザー」

「カミスムー……」

「カミっち、良い話があるんだが、乗るかい?」


 ミヨちゃん、六本木さん、狩狼さん、訅和さんの女子三人衆が近寄って来た。


「どうしたの?みなさんお揃いで……。って言うか、」


 俺は狩狼さんの格好を見て、


「……暑くないの、それ?」


 萌え袖パーカーを未だに着用している彼女に、戦慄を覚えた。

 夏だと言うのにゾッとしちゃうよ。倒れないでね?


「……下、見たいんー…?マジスケベー……いやん……」

「うわあ、ないわー……」

「やっちゃったねぃ」

「最低ね?穢らわしい」

「ススム君?」

「ちょっと待って欲しい」


 確殺コンボやめろ。

 冤罪の成立過程を見た気分だよ?

 って言うか、トロワ先輩はどっから湧いて出たんですか!?


「ジョーク……、ウケたー……?」

「さっきから納涼をありがとうね」

 

 この季節で寒気に襲われるとは思わなかったわ!

 

「で、結局どうしたの?」

「あ、そうそう、今度の日曜日、トクシのみんなで“テートブルーランド”行かない?」

「え?ブルーランドって、」

「あの流れるプールとか、おっきなウォータースライダーとかある所」


 プール………プール!?


「夏なんだし、パーッと遊ぼう、って事になってさ?どう、かな?」


 プールって、

 その、

 俺の脳内方程式が正しければ、つまり………


「え、いいの?」

「勿論!」

「………いや、でも、男は俺一人、ってのも……」

「先輩達も誘うよ?」

「来ますよねぃ!」

「下らないわね。私はパスするわ」

「パイセンは泳げない、っと」

「ちょっと?酷い言い掛かりはやめなさい?」

「ダルい、とか言って来ないのって、大抵そういう理由だし。それに、くだんないって思ってんなら、別にどっちでもいーじゃんね?」

「私はただ、泳ぐという事に娯楽性を感じないだけよ。トレーニングなら別に校内で間に合っているし」

「それについては同感だな!オレサマは行かんぞ!」

「そうッス!ニークト様はお忙しいッス!」

「意地っ張り連中は面倒だなオイ?」


 あ、ニークト先輩と乗研先輩、と八守君も来た。


「行きゃあ良いじゃねえか。なんだかんだ楽しめるように出来てんだよ、ああいう場所は」

「フン、『楽しい』などという幼児レベルの動機づけだけでこのオレサマを動かそうなどと——」

「あ、逃げんの?モガモガ溺れてる間抜けな絵面見せたくないって感じな?わかるわかる」

「ニクっち先輩の場合、何やっても水に浮くんじゃないかな~?面白いかもねぃ」

「うけるー……」

「オレサマが本物の泳ぎを教えてやる!そこの臆病脳筋と一緒にするな!」

「私の華麗なフォームに酔い痴れるが良いわ!」


 企画者4人の内、六本木さん以外の3人が、硬いハイタッチを交わしていた。

 あそこのラインで、何か企んでるのか?

 という事を深掘りできる程の頭脳キャパは、今の俺には無い。


「じゃ、ススム君も来るよね?」

「うあ、うん、このメンバーなら………」


 無際限に広がる妄想に気を取られ、軽く了承してしまった。

 それが死地に繋がる選択だと、分かっていた筈なのに、あっさりと誘惑に乗ってしまったのだ。


「やった!」


 ミヨちゃんは再び、狩狼さんと手を叩き合っている。

 ナニソレ?どういう喜び?

 ってか、俺、当日最後まで息してるかな?


 いやだって、プールと言えば、



(水着じゃん!!!!!)

(((騒音被害を、訴えさせて頂きます)))



 7月21日、日曜日。

 プールサイドにて。

 カンナには悪いが、俺は声量を大にして叫びたい。


(プールだぞ!?水着に決まってるじゃん!!!!!!)

(((当然を大声で叫ぶ大会ですか?減点対象ですよ?)))


 何で俺はあんな誘いに乗ってしまったんだ!?

 女子の水着姿なんて、お前それ、耐性ゼロだろ!?

 学校指定の水着とかを遠目で見た事しかない奴がさあ!

 セパレートタイプとか出て来たらどうすんの?お前死ぬぞ?分かってんのか?危機感持てよ!戦場に居るんだぞ!!


「さっきから何をグチグチ言っている!」

「ほっとけ。どうせいつもの童貞ムーブだ」

「情けないヤツッスねー」

「これが震えずにいられますか!?……ってあれ?八守君いつの間に!?」


 後から合流すると聞いてたんだけど、にしては随分早いな。俺達と同時に着替えたくらいのスピードだぞ?しかもラッシュガードって。


「自分はニークト様の従者ですので、動きやすさ重視ッス!」

「へー……、で、その浮き輪は?」

「自分は泳げないッス!“カナヅチ”ッス!」


 じゃあ「動きやすさ」って何だったの!?

 しかもニークト先輩まで同じデザインでパッツンパッツンの着てるけど、それ本当に動きやすいの!?無理があるんじゃない!?


「先輩、こういう時くらい、もっとフリーでラフな感じでいいんじゃないですか?」

「オレサマに仕える事以上の楽しみなどないだろうが!」

「えぇー…?」

「そうッス!“キョーレツリソク”ッス!」

「“恐悦至極”だ八守ィ!悪徳金利に騙されたみたいになってるぞ!」

「それッス!自分はこれがお気に入りッス!ニークト様とオソロッス!」

「そ、そうなんだ」


 まあ本人がご満悦っぽいので、それはいいや。

 今はそっちよりも………


「…おい何だ。俺が来た事がそんなに意外かよ?」

「いえ………」


 乗研先輩が普通に参加してくれた事は、嬉しくさえあったのだが、


「ちょっと、その、言いづらいんですけど……」

「何だ、はっきり言いやがれ。俺だって分かってんだよ。らしくねえって事くらい——」

「腕触って良いですか?」

「は?」

「は?」

「えっ」


 三人全員から距離を取られた。


「ちょ、ちょっと!?」

「お前……、別に趣味嗜好をとやかく言うつもりはないが、堂々とセクハラ宣言はやめておいた方がいいぞ…?」

「純粋にキモイッス……」

「いやいやいや!そういう意味じゃないって!デカい人間には分からんのですよ!はち切れんばかりの筋肉への憧れが!」

「別にテメエも、充分鍛えられてんじゃねえか」

「そうじゃないんです!もっとこう、服越しに見ただけで暴力を感じられるような、一歩間違えたらヤクザみたいな体格にロマンを感じるんです!」

「これは喧嘩売られてんのか?」

「微妙な所だな」

「残念ながら、ちっちゃい自分にも分からない感覚ッス……」


 えぇー……?

 俺はと言えば、そこにコンプレックスがあり過ぎて、ガタイの良い人に強く出れないって言うのにぃ……。

 ウッ、カンナに会う前に受けてきた、数々の脅迫のトラウマがっ。

 低級狩りとかぶるぶるさんとか、怖かったなあ……。


(((あなたの場合、逆に強く出れる相手が居ないでしょう?)))


 そんな事は…

 そんな事は………

 あれ、俺って、漏魔症とか無くとも、食物連鎖最下層か?

 か、考えない事にしよう……。


「まあ減るもんじゃねえし、良いけどよ」

「マジですか!?ありがとうございまーす!」


 どれどれ……。

 うおっ、かった

 これに身体強化とか魔法による変形が乗るんだから、ちょっとやそっとじゃビクともしないんだろうなあ。

 良いなあ、大人の筋肉。俺もこれくらいの肉と骨が欲しい。身長もっと伸びないかなあ。一時期と比べると平均に近付いては来たんだけど、まだまだ一目でナメられる見た目だからなあ。


(((ご安心を。ススムくんの場合、初手で威圧できても、知れば知るほど軽んじられますので)))

(俺に救いは無いんですか?)


 カンナの言葉にどんよりしながら、しかし手を休めずに先輩の筋肉をペタペタしてたら、


「ススム君?何やってるの?」


「あ、ミヨちゃん。見て見て、先輩の筋肉凄いんだヒョッ!?」


 俺は馬鹿だ。

 さっきまであんなに恐れていた事を、あっさりと忘れて、振り向いてしまった。

 防弾装備を用意してたのに、気を抜いてヘルメットを外してしまい、


「ど、どう、かな……?」


 そこに海上に浮かぶ戦艦からの主砲が弾着した。


「ゴハッ!?」


 と、吐血した!?

 いやそんなバカな!そんな気分になっただけだ!

 左胸の早鐘が急加速した事で、血流が激動し噴き出したかと思われただけだ!

 ちょっと、予想を超えて許容範囲外だっただけだ!


 青と白の二色。

 オフショルダーで、半分透けたフリル付きの上下。

 白い肌に派手過ぎないオシャレさで、清らかな色合いでまとめながら、

 コケティッシュな、危うさのような物も感じさせる。

 そこに、前で両手を一つに握り、背が丸まらない程度に身体を閉じようとして、横目気味の上目遣いになってしまう恥じらいが添加される事で、


「な」

 ぶすぶすと、頭が煙を吐く音が聞こえた。

「そんな」

 地面が、顔の前に上ってきた。

 違う、俺が倒壊したのだ。

「そんな、攻防完全武装…!」

 俺は右手の親指を立てて、高々と掲げ、


「反則じゃぁん…!」


 予定通り、死去。

 どこかで試合終了のゴングが鳴った。

 君こそが、最強だ。


「えへへ~。ふふ~ん」

「おいなんでそこで俺を見る。優越感を覚えるな。やめろ。俺を間男扱いするんじゃねえ」

「合流早々、なんかイチャついてんだけど」

「いつもの事でしょう?そのうち生き返るわよ」


 リスポーンまで、あと1分お待ちください。


(((長過ぎでしょう…?)))

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