163.突然ですが、ここで質問です part1

 振動とは何か?


 ある分子が動くと、その行き先は圧力が高くなり、それが元あった場所は低くなる。

 行き先では、圧力から逃れる為に、分子はそこから逃れようと動く。

 逆に元あった場所は、圧力を上げる為に、他から分子を引き込もうとする。

 最初に動いた分子は元の位置に引き戻され、動いた先では同じような事が繰り返される。

 この連続が“粗密波”、

 乃ち縦波振動である。


 では、ここに振動を発する物体があるとする。


 止まった物体から、一定周期で、波が発生する。

 上から見れば、そこを中心に円状に広がっていく。

 その様を簡略化して描けば、何重もの同心円になるだろう。


 この物体を、動かしてみる。


 単純に、一歩進むごとに、新たな円を発すると、そう考えてみよう。

 円が広がるスピードは同じで、とても速いので、物体は追い着けない。


 どういう図になるか?

 進む方向では、円周が詰め詰めになり、

 後方では、スカスカになる。

 

 前では波の間隔が狭く、つまり周波数が高く、

 後ろでは広く、つまり周波数が低くなる。


 これを、“音”に当てはめて、考えてみる。


 音とは、物質の振動で、波となって広がっていく物だ。

 その性質と、上記を合わせて考えると、


 移動する物体が出す音は、

 その物体の進行方向で聞くと高く感じ、

 その物体が過ぎて行った後で聞くと低く感じる。


 救急車が横を通り過ぎたら、サイレンの音が変わったように聞こえる——

 

「ドップラー効果だ」

「ああああ!!“ドップラー効果”ってそういう事だったんですね!」


 図にされると結構分かりやすくなるなお前!

 スッキリしたー!


「ありがとうございます!波の間隔の話だったのか…!」

「別に良いんだがな?お前が普段受けてる授業って、どういう感じなんだ?これは物理基礎だから、共通授業のカリキュラムの中にあるだろ?」

「共通授業自体が、結構ハイスピードで進んじゃうんですよね…。なんか高校課程の範囲を押さえてるのは当然だから、復習みたいなペースで行きます、って感じで……」

「あー……なるほどなあ……」


 中学課程の範囲だけ聞いて来る、編入試験の筆記問題が、学園基準で大分優しめだったと分かった。

 実技試験に出て来るグランドマスター?

 が、頑張ればダメージを与えるくらいはできるし(震え声)。


「だが、気軽に質問できない環境は大問題だな。俺からも言っとくぜ」

「い、いいですいいです。俺の体質が原因なんで、それさえなければ、優秀で熱心な先生方なんです」


 明胤だと給料は高いが、よく言われる教職の忙しさは、あまり緩和されてないだろう。

 休憩休日返上が慢性化してるみたいだし。

 勉強が遅れてる俺のワガママで、仕事を増やしたくない。


「……うぅむ…そうは言ってもだな………」

「あ!先生!それなら一個、興味本位で聞きたいんですが!」


 先生は納得してないみたいだったが、別の話題に逸らす事にした。

 俺の事を思ってくれるのは嬉しいんですが、空気が重くなるのもあれなので…。


「おう、今度はどうした?」

「全然、学習範囲とは関係ない話なんですけど、」


 ドップラー効果って、


「動いてる物が、音の速さを超えると、前に居る場合ってどうなるんですか?」

「ほほう?」


 「良い着眼点だ」、と先生は感心してくれたが、ごめんなさい…学術的興味じゃないんです……。

 中二病時代の超音速への憧れが、尾を引いてるだけなんです。

 ソニックなんたらとか、言いたいだけです……。


「ドップラー効果は、音速より遅い場合の話だ。音速を超えちまうと、物体の前に音波が行かねえからな」


 物体から出る円。

 その円周が、いつまで経っても物体を追い越せない。


「音というエネルギーが、空気の分子を押して、圧力を高める。で、その圧力が低まる前に、もしくは先んじる形で、次の圧力の波が来る。こうする事で、圧力波同士が重なり合う」


 音波の広がりを表す円。

 その円周同士は、さっきまで触れる事はなく、狭まるだけだった。

 それが重なって、交叉して、

 掛かる圧力が、減衰出来なくなる。

 

 先生が、大きな円が、どんどんと横にズレて、小さくなっていくような図を描いた。

 それが、超音速での、音波の伝わり方。

 そして、それら全ての円周に接するような、2本の直線を引く。

 鋭角を生むそれが、圧力が重なって抵抗となった部分、

 知られた言葉で、


「衝撃波ってのは、こうやって発生する」

「これが、ソニックブーム…!」

「あなた、アニメとかゲームとかの知識で話してるでしょう」


 感極まった俺に向かって、トロワ先輩が水を差して来た。


「そ、そうとは限らないじゃないですか…!」

「そうじゃなかったら、『衝撃波イコールソニックブーム』なんて、アホ丸出しの間違い方はしないわよ」

「え?違うんですか?」

「違うわよ。衝撃波が減衰して、音になると、“ソニックブーム”って呼ばれるようになるの」


 ん、んんー、と?


「ごめんなさい、どう違うんです?」

「はあ……。あのねえ?音って言うのは、振動よ?つまり分子が動いても、時間と共に元の位置に戻るわけ。それに対して衝撃波は、戻ろうとしても戻れない。つまり、分子は無理矢理移動させられる。全然違うでしょう?」

「って事は……、そうか!押し流す力が、単に揺らす力まで衰えて、それが音であり、ソニックブームである、って事ですね!ありがとうございます先輩!」

「なんで私が授業の真似事なんてしてるのかしら……」

「思ったより面倒見が良いじゃねえか、戦闘民族」

「うるさいわね。不良は授業中に居ない方が、静かになる分、幾らか良いわよ?何処へなりとも行けば?」

「俺の勝手だね」


 と、いつも通り口喧嘩が始まった事で、その話はそこでお流れになった。

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