161.それだけ言ったからには、分かってるんだよな? part3

「今の、ちょびっとだけ、ほんのちょっぴり、ビックリしちゃったぁー」

 

 心の籠っていない感嘆。


「でもアンタ、アタシを攻撃出来ないじゃん。どうしてアンタなんかが、アタシを倒す役になっちゃったわけェ?」

 

 そっちが、本当に言いたい事だったのだろう。

 声に熱が入っている。

 口元がニヨニヨと、横波グラフのように曲がる。


「ちょっと頑張れば、エラくなれると思ったぁ?やれる事、やりたい事、やれって言われた事……、それさえやってれば、いつかは報われるってぇ?考えて、頭使って、そうすれば、どんな問題にも答えが出るってぇ?アンタがアタシに勝つっていう算数だって、式を捏ねてれば、なんとか作れると思っちゃったぁ?」


 「バーカ、ホントにバカじゃん」、

 どうする。

 考えろ。

 糸口でも良い。

 ヒントが欲しい。


「足しても引いても掛けても割っても、アンタがアタシに勝てるわけないじゃん。生まれた時からそー決まってんの!解ナシ!コンセーキ最大の悪問!『ガンバったので勝ちたいです、勝たせてください』、なんてハズカシー事、イマドキ、小学生でも言わないんですけどぉ~?」


 攻撃が通らない。

 防御の上からでは無理。

 だから防御を張る前に、

 でも電流を感知出来る人間の反応が間に合わないくらい早くって?


「なーんか、ビブンとかカンスーとか、あるんだっけ?そーゆーの使えば、勝てんの?やって見せてよ?そんな所でゼーゼーへばってないでさぁー!

 ……え、もしかしてそれ、息切れ、してんの?

 プッ、アハハハハ!よっわーい!なんじゃくー!え、それでそれで?アタシがちょっとマジメに遊んであげただけで、青息トイキな、おじさん体力のお兄さぁん?どうやってアタシを倒すのぉ?プロト、小学生だからワカンナーイ!見せて見せて!コーコーセーの知識、教えてェー!」


 速く動く?

 いつもの呼吸ペースに戻す事すらままならないのに?

 左腕が上がらない。

 さっきの電撃が、未だに俺を苦しめている。

 

「え?違う?息が上がってない?じゃあ、も、もしかして、プロトに“よくじょー”してんのぉ?きっもぉーい!きっも!ロリコンじゃん!死んで欲しぃー!」

 

 彼女が今俺を叩きに来ないのは、万全の状態の俺を完膚なきまでに負かす為だ。

 “結界”とも言うべき彼女の魔法、その渦中から俺が抜けた事で、“もしも”が生まれた。

 一度出し抜けたのなら、もう一度だって、

 もしかしたら、上手くやれば勝てるのか?


「セーハンザイシャじゃあん!ケーサツに見つかったら一発でタイホ、だよねぇー?あれ?でもこの学校って、卒業したらケーサツとかボーエータイとか入る人が多いんだっけ?うっわー!サイアクー!こいつなっちゃダメじゃん!気付いたプロトが、責任を持って追い出さなきゃ、だよねー!これがセーロン!分かりまちたかぁー?」


 彼女はそれが気に入らない。

 俺を閉じ込めたのは、その方が早く終えれるから。

 外に出られたとしても、別にそのまま倒せばいいだけ。

 勝ち目なんて、一分も生まれてないと、そう示したいのだ。

 俺はその慢心に、便乗するしかなくて——


「こんなのに頼るなんて、特指クラスってざこぉ?あ、ごっめーん!ざこだったね!さっきボコってたから知ってたんだけど、あまりにアッサリ倒し過ぎて、忘れちゃってたー!」


 は?


「でも記憶に残らないくらい弱っちい方が悪いよねー!えー、と、あの、トロロ…、トロクサ…、だったっけェ?キャハハハ!」

「……は?」

「落ちこぼればっかのゴミクラスだと、こーんなよわよっわい、逃げるのだけ得意な、ウサギ以上蠅未満な奴が、消去法で大会に出て来れるんだぁー?掃き溜めの粗大ゴミ、ってやつぅ?うっらやっましぃー!」

「と、トロワ先輩が君に負けたのも、ニークト先輩が君と戦わないのも、単に相性の問題で、俺があの人達より必ずしも強いわけじゃ——」

「うーわ、言い訳すんのー?しかも急に早口じゃん!プッ、必死?必死なの?ダッサー!落ち着いてくださーい!クププ、あの女の名前も、あの着ぐるみみたいなデブも、アンタもダサダサー!レベルひっくぅ!低み同士、傷口ペロペロナメナメ、おっつかれさまでぇーっす!」


 落ち着け、落ち着け……。

 これは暇潰しで、ついでに相手の冷静さを削り取る為のお喋りだ。

 乗るな。大人げないだろ?

 言ってる方も、そんなに深く考えてない。

 俺が釣れそうな言葉を、一通り並べてるだけだ。

 そんな事より俺は、解答を出さなきゃいけないんだ。


「レベルも低いし身長も低いー!コーコーセーで、アタシと同じくらいの背丈!チービ!チビチビ!モテない男!略して喪男もおとこー!」


 ほらほら、ああいう安直な事言っちゃう。

 ハッ、「喪男」とか、いつの時代のネット用語だよ。

 最近は先輩のお蔭で、「チビ」も言われ慣れてるんだ。

 浅い!朝飯前の浅漬け!

 そんな程度で俺がキレると思ってるなら、お門違かどちがいと——


「あの詠訵ってビッチも、アタシが出る前のギョーカイで、ちょぉっとチヤホヤされてるだけで、アイドル気取りで気に入らないんだよねー!自分がカワイイって、勘違いしてるの、イッターイ!!」


「あ゛?」

 あ?

「ぁ゛あ゛?」


「何だっけ?“くれぷすきゅ~る”とか言っちゃってぇ?平仮名なの、何のアピール?舌足らずに喋って“萌え声”とか煽てられてキモチよくなっちゃってんの?うっわぁ!てーへんしこぉー!“きゅ~る”の部分がただの伸ばし棒じゃないのがまたキモいよねぇー!自分に酔っちゃってるってゆーかぁ?」

「………ダロ…」

「アンタもあの女好きなの?キャハッ!好ぅきぃそぉー!色コメとか投げてそー!せーかつひ使い込んでそぉー!尻軽女に笑われてるのも知らずに、ちょこぉっと『ありがと♡』って笑顔向けられたら、コロっと貢いじゃいそー!それくらいチョロそー!愛情に飢えて、でも真の愛を知らないせいで、お金払う気持ち良さだけが生きがいだと思ってそー!!ああいう人って、そういう弱者から搾り取るお仕事だからねェ?現実見てくださぁーい!」

「……ガ……ダロ…」

「え?なになに?何か言ったぁ~?聞こえませーん!人と会話をする時はぁ、お口を大きく開いて、目を合わせて喋ってくださーい!分かりましたかぁ?お返事はぁー!?キャハハハハハ!」

「く~ちゃんは!!」

「わ!?びっくりした!?急に大声出さないでくださーい。邦画の予告編ですk」「く~ちゃんはァ!!!」「う!うるさい!なに!?」


 く~ちゃんは、


「お前より可愛いだろおおがよおおおお!!?!?!?」


 この


「性格ドブ盛りクソガキっがああああ!!!!」


「えっ、どぶ、がっ、え?」


 ぶちのめす!


「は、はあ?アンタ、今、アタシの事なんて」


 このガキに刻んでやる!

 天使を愚弄する罪深さを!


「なんて言ったわけぇ!?もう一度言ってみなさいよ!」

「ドブみてえな言葉モン口から吐く奴に腹ん中ドブみてえって言って何が悪いんだドブ娘!」

「ドブ!ドブって言った!三回も!さっきの入れて四回も!」

「言いましたが何かぁ!?先生に言い付けますかあ!?いいぜ?今から言いに行きゃあいいだろ?ドーブドブドブドブドブー!」

「また言った!一杯言った!ってゆーかよく考えたら『ドブ盛り』って何!?」


 今ここには放送コードなんて無い!

 模擬戦の音声は公開されないからな!

 ブレーキなんてねえぞ!

 言いたい放題だ!


「覚悟、覚悟出来てんの?アタシの事、口汚くノノシって、どうなるか分かってる!?手加減ナシで、ぶち殺しちゃうから!」

「やってみろ!その前に俺が、教育してやる!礼儀と正しい言葉遣いを指導してやるぞ!」

「どの口がぁ!?」


 パンッ!

 合 掌。


(((あれ、ススムくん?私は手を貸しませんよ?)))

(分かってる。これは何と言うか、気合を入れる為の、おまじないだから)


 カンナに求めるのは、一つだけだ。


(今はただ、力じゃなくて、勇気をくれ)

(((応援でも、して差し上げますか?)))

(見てくれてれば、それでいいよ)

(((でしたら、常の通りに)))


 そう、いつも通り。

 いつも通りだ。


 彼女はグラウンドの端、植えてある木の中の、背の高い一本、

 その枝の上に、腰掛けている。

 お昼に八守君が買って来てくれた、生クリーム入りフルーツサンド片手に、

 花見でもする気楽さで、その口の端を益々吊り上げて、


 うん、カンナが見てる。

 だったらこの戦い、

 

「す、ぅぅぅううう……」


 こんなつまらない流れのままで、


 お流れになんて出来ないよな。

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