158.これしかない

「え?良いんですか?」


 昨日の午後。

 全ての試合が終わって、反省会後にそれぞれの自主練タイムがあった。

 その時ニークト先輩から、彼の使う魔法それぞれが、魔力感知にどう反応するのかを、よく覚えておけと言われたのだが、


「それって、先輩の手の内、全部教えるって事になりません?」

「だからどうした!」

「いや、普通に、良いのかなー?って」

「良いも悪いもないだろ!お前と戦うわけじゃないんだぞ!」

「いやでも、将来的に戦う事になった場合、先輩すっごい不利になりませんか?」


 俺としては損は無い話だが、先輩からすると受け入れ難い提案に思える。

 それを本人から言ってくるなんて、何があったんだろう?

 って言うか、ルカイオス家の魔法って、そんな明け透けに探って大丈夫なの?偉い人に雇われた殺し屋とかが、「お前は知り過ぎた」とか言って来ない?


「ふん!たかだか一回まぐれ勝ちしたくらいで思い上がるなよ!次に何をするか完全に知覚されるくらいのハンデ、オレサマとお前がやり合うには丁度良いくらいだ!それともお前、そんな事をしなくても八志教室に勝てるって言うのか!凄い自信家だ!恐れ入った!他の奴等にも言ってこよう!」

「やらせて頂きます!つつしんで!」

「最初からそう言えばいいんだ頓馬トンマ!」


 という事で、俺は先輩の魔力の流れだけで、魔法がどう展開するのか、それを完璧にマスターした。

 先輩が外壁を爪を使って登っている事も、眷属を使って飛び入る機を窺っている事も、手に取るように分かっていたのだ。

 だったら、先輩にとってやりやすい状況に、何とか持って行けばいい。

 


 相手が嫌がるタイミングは、絶対に見逃さない人だから。

 


「悪い知らせがある」


 その先輩が、戦勝ムードに緊迫をし入れた。


「時間切れが近い。最善の状態であのお転婆を迎えるのは、諦めるべきだ」

「……どの辺りですか?」

「俺が突入する直前の時点で、50mは切っていた」

「確かに、魔力の気配的に、もう結構近いね」

 

 事前にクラス全体で確認し合った、一つの共通認識があった。


 

 「パラスケヴィ・エカトと、集団戦をしてはならない」。



 彼女と戦っている時、何らかの横槍を入れられるだけで、ただでさえ低い勝率がガクンと失墜する。


 数的有利を取られるのは論外。

 数で勝ってもチームワークを発揮されたらお仕舞い。

 こっちが用意出来る最善の駒と、1対1がギリ許容範囲。

 最後に残った彼女に、複数で当たれるのが一番良い。


 だけど今の時点で、敵側のエースの辺泥先輩を含めて、敵の残りは4人。

 エカトさんが着く30秒未満で、3人を全滅させるというのは、現実的ではない。

 彼女の協調性が壊滅的で、連携なんて取れないという可能性もあったが、ここまで徹底している八志教室が、その部分を押さえていないわけがない。彼女にその気が無くとも、他メンバーの方から合わせて来るだろう。



 決定を下す時が来た。

 


「ススム君」

「重役出勤チビに一票」

「……立候補させて頂きます」

 

 全会一致。

 公正なる民主主義的投票の結果、

 エカトさん係に就任させて頂きます、日魅在進です。

 皆々様、よろしくお願いします。

 うん、まあ、トロワ先輩にも託されてたし、ニークト先輩は女の子本気で殴れないだろうし、ミヨちゃんはKポジだから一番戦っちゃいけないし、俺がやるしかない。


「やるとも!やってやるぅ…!」

「ススム君ならボコ!ズバーン!万事解決!だよ!」

「チビ同士お似合いだろ?邪魔は入らせないから、なんとしてでもあのガキに痛い目を見せて来い。お得意の、フグッ…!、“流星返し”、クググッ、とやらで」

「口で言うのは簡単……ちょっと待って?なんで先輩がそのネタ知ってるんですか?」

「来るぞ!備えろ!」

「おいこらああ!?これが終わった後で問い質すからなあ!?」

 

 知り過ぎてるのこの人だ!半笑いだから絶対良い意味で言ってないし!

 最悪頭を強めに打って記憶を無くして貰うしかないな!


 心構えを新たにした俺達の前で、噴水のような縦の水流が昇って行く!


「あの雲日根とかいう奴は、シエラの水と違って、塵芥ちりあくたを含んでないぞ!恐らく純度が下がる事がダメージになっている!汚せるだけ汚してやれ!」

「同じ考えです!でも先輩もやって下さいね!」

「いいや?水質汚染なんてしている暇は、オレサマにはないぞ?」


 ニークト先輩は、何事か秘めたような声で、


Kキング、お前は1対2になる。耐えろ」


 快晴の下で突発する豪雨!

 中には瓦礫が混ざっていたがミヨちゃんの能力で防がれる!

 しかしその間に一周ぐるりと海に囲まれた!

 屋根の形状に沿って落ちる事のないその青色は、

 本物のように波を打ち、

 その下には黒い魚影。

 違う。あれは魚じゃない。

 獲物を狙う、海神だ。


「道を作れ!」

「こんこぉぉん!」


 リボンの4本がグラウンドの方向に伸び、螺旋形に回って包囲を穿ち、通路を作り出す!


 その先に向こう側の景色が見えた時点で走り出していた!

 が、横から2本の太腕が現れ、ミヨちゃんの防御能力を殴りとおし、中の走者をガシリと鷲掴む!


〈逃がさないわヨ!〉

「逃げる?とんでもない」


 ニークト先輩は、


「お前を待っていたんだ」


 自分を捕らえた辺泥先輩に言った。


「付き合って貰うぞ。オレサマとお前、二人きりだ」


 俺は彼らの横を抜け、

 それを助走として屋上から跳躍!


〈あっちが本命ってワケ?〉

「詠訵ィ!俺をのぞけ!」


 その言葉に、ミヨちゃんが従ったんだろう。

 彼女の魔法の、「悪い物を排除する」特性、

 その判定が書き換わり、ニークト先輩をリボンの中から弾き出した。

 放っておくわけにもいかない辺泥先輩が、手を離さずに一緒に飛んで行くのを感じる。


 俺は魔力ジェットを何度も吹かしながら減速しつつ、前転着地。



「や、俺に用があるって?」

「……は?ザコに用なんて…あ、そうだ、思い出しちゃった☆」

 


 両足で立って、

 彼女と対する。



「消えろよローマン」



 1対2、

 1対1、

 1対1、


 3分割の戦場が整った。

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