154.プライドこそが最後の一振り

 右手から、両手に刃物、頭に大顎を備えた、海の加護を持つ戦士。

 左手からは、波を手繰り寄せながら、強靭な肉体で踊り掛かる捕食生物。

 背後一帯からは、魔法によって壁と化した土壌。


 どこを見て、どこから対処すれば良いのか、俺がそれすら決められないと、分かっていたのだろう。

 彼らは迷いなく、一足飛びに、撃破しに来て、


「頭が高いわよ、カミザ。おチビのクセに」


 俺がその声に反応して身を屈める事で、通った横一文字の回転斬撃。

 敵が向かって来る速度も乗ったカウンターによって360°全ての進撃を止める。


「全く、あなたはやっぱり、弱いわね」


 トロワ先輩は言いながら、背後を斬りつける。

 そこには既に、一画目の竜胆色が引いてあり、閉塞が切り開かれる。


「けれど、あなたは、あの電撃に、反応した」


 先輩が俺の前に、左足で一歩踏み出して、

 次に来る右足を更に前に、


「悔しいけれど、今回はパーティーの勝利優先」


 と見せかけて踵で俺を蹴り飛ばした!


「詠訵さんに看て貰った後に——」



——そこのクソガキを、

——絶対に泣かせなさいよ?



 地が隆起し、またも内外が隔てられた。

 俺は後転一回、背中から落ちるのを防ぎ、

                    回れ右、

                        振り向かずに走り出す!


 トロワ先輩が、

 、トロワ先輩が、

 俺に託した。


 「パラスケヴィ・エカトを倒せ」、って!

 

 戻って助けたい、という思いを踏み殺すように前へ!自陣へ!


 俺達のKキングの許へ!




——————————————————————————————————————




「大丈夫かしらね?あれで」


 トロワは、

 敗北が何よりも嫌いな彼女は、

 思いの外、気分が悪くないという事実に、

 また新しい自分を見つける。


「ニークトだと、小学生女子は殴れなさそうだし、これがベストだとは思うのだけれど」

 

「なぁにブツクサ言ってんの?」


 今彼女は、160cmあるかないか、という童女を前にしている。

 

 他の者達は、日魅在進を追って、この場を去った。

 詠訵三四に助け舟を出されれば、トクシのKキングが危機を脱してしまう。それを防ぐ為の措置だろう。

 Pポーン、波瀬寤寐さとねも、辺泥・リム・旭がその背に乗せて、今はここに居ない。

 パーティーメンバーへの興味が薄い童女、プロト。

 彼女に任せておくと、トロワがさりげなく波瀬を切り刻んでも、平気な顔で放置しかねない。よって、連れて行く方が安全、という判断だ。


 逆に言えば、

 「トロワの前にKポジションを単独で残す」、それについては、何らのリスクも感じていない。

 プロトは正面対決で、1000回やろうと10000回やろうと、

 一度でも、トロワに敗北する事はない、そう判断された事を意味する。

 

 トロワも、そう思う。

 自分がこれ程までに、「勝てない」と素直に認められるのは、

 相手が年端もいかぬ少女だからか?

 それとも、魔法能力の特性が、反則みているから?

 魔力や魔法の操作において、確かな腕前を見せつけられたから?


 そこについては、まだ分からない。


「タソガレてるトコ、悪いんだけどさー?」


 敵は、背負った武具を、抜こうともしていない。


「やんの?大人しーくビリんの?」

るわよ。やるに決まっているでしょう?お手々を膝に置いて、待てないの?お子ちゃまはこれだから困るわね」


 百万に一回くらいは、

 勝てるだろうか?

 いや、京に一つでも——



——その一回を、もぎ取るだけよ。


「“堅き中に抱く本懐キャラッド・ボーグ”」


 パーティーの勝ち目は残した。


 思う存分、この強敵に挑戦出来る。



 竜胆色、螺旋の円錐。

 彼女が手首を捻り、解き放つ事で、

 それが収縮した帯の如き、しなやかな剣身なのだと分かる。

 ヒラヒラと風に乗るように自由で、戦車も切り裂く必殺の嵐。

 前回の試合で初めて見せた完全詠唱。

 出し惜しみなく全力で行く!


「ハアッ!」

「“欠蝶ラブ・ラヴ”!」


 一度振り抜くだけで、僅かに持ち手を傾けるだけでも、面で襲う八つ裂きとなる。

 それを相手にしたプロトは、簡易詠唱のみで対抗。

 指先からライトイエローの光線が放たれる!


「グぅっ!」


 射程をグンと伸ばした剣先を押し返した後でも大して減衰しないそれを、辛うじて左横へと逃がす事に成功するトロワ。

 しかし、剣がその線に触れた瞬間、痺れ、動きを制限され、体幹を削り取られるような、そういった閃きが何度も彼女をはしった。


 そしてプロトの攻撃は、


「痛い~?ザッコ!ナンジャクー!」


 それで終わりではない!

 魔法のライン上に同じ色の電気エネルギーが通り、

 指を曲げるだけで薙ぎ払い電撃ボルト攻撃!

 とどめに先端がトロワ目掛けて頭上から刺し立って!

 放 電 爆 発!!

 爆撃でも降ったのかと思わせる破壊痕を残して、

 付近を燃やし、

 消し炭にする!


「えー?アタシ、ゼンッゼン、本気じゃ、ないんだけどなー?」


「奇遇ね、私もよ」


 地面に横たわっているかのように低高度を飛んで近付くトロワ!

 すんでの一寸で避けていた!


「それが?」

「グッ!」


 彼女が振り抜いた剣はプロトの皮膚でもスーツでもなく、

 使い手に引き寄せられてその身体に巻き付いた魔法導線によって防がれ、

 しかも触れる度に電流を返される!


「一本に負けるの、恥ずかしくないの?」

「一本で色々出来るのは、」


 トロワは柄を持つ右手を上半身ごと引いて


「あなただけではないわ!」


 剣身を対手へ絡み付かせる!


 “面”を超え、

 プロトを“空間”で攻撃出来る間合い!

 そこまで接近出来ていた!


「細切れにしてあげる!」

「何をー?」


 竜胆色が少女を結び縛る前に、

 雷線らいせんはより広く、より外側に通り道を作り、

 トロワの牙は、触れた物を崩壊させる、架空の球面に阻まれる事となった。


「アアアアアぁああぁぁぁあぁあぁあぁあ!!!」

「あはは!うるさーい!」


 更にこれまでで最大の接触面積!

 通電によるスパーク!

 筋肉が言う事を聞かず感電から逃れる為に剣を手放すことさえ、

 掌を開くことさえ出来ない!


「ン゛ン゛ンンー!!」


 ただの魔力を体外で破裂させて自分の身体を吹き飛ばし、それでようやくダメージが止まった。


「ぐ、ぐぉ、おあ……!」

「次はぁ?なんかあるぅ?」

 

 トロワの竜胆色は、プロトの防備の至る所に、傷を付けていた。

 が、

 ライトイエローの導線が描く図形が、グネグネと形状を変化させる事で、繋がりを絶たれバラバラになってしまう。


 二撃目による爆発的威力は、同じ軌道をなぞらなければ、実現出来ない。

 根本で斬ってから、先端でもう一度斬る小細工も、電撃の防御によって手を止められる為、不可能という結果に終わった。


 トロワがその電線に幾ら斬り掛かったところで、発動条件を満たせない!


「まだ!」

 トロワは放してしまった剣を魔力爆発で手元まで飛ばし、キャッチ!

「まだ!」

 袖で挟んで、再度の完全詠唱!


 残りポイント215点!

 それは「まだ負けていない」という意味!


「“ウルミ”ってゆー、シンドの武術で使う剣が、そんな感じにビロビロしてるんだけどさー!」


 プロトはそこで、強弱格差の認識を、深めようと口を使う。

 

「あの名前って、由来は“雷”らしーんだよねー」

「それが、なんですって…?」


「分かんな~い?お前がすがってる武器、その本家本元が——」

 


 パラスケヴィ・エカトが使

 

           らい てい


 

「雲とワタアメ、カミサマと宗教画、龍とタツノオトシゴ、

 

 アタシとお前」

 

 初めから、

 勝負が成立し得ないマッチアップ。


「どこかのおバカさんだって、太陽に近づき過ぎても、自分が太陽を倒せるなんて、思ってないんだケド~?それ以上に、チョー!おおバーカ!なヤツなんて、居るわけないよね~!?」

「あら、そう…?」


 そういう認識なら、

 辞書の更新をお勧めする。


「ここに、いずれつるぎで雷に勝つ、そういう規格外の愚者が居るわよ?」

「ハァ?」


「“ジュリー・ド・トロワ”、覚えなさい?受験に出るかもしれないもの」


「……なんか、ウッザ」


 プロトは電光を迸らせる。

 冷めた、からもう終わり。

 もっと長生き出来たかもしれない、バカビッグマウスにサヨウナラ。


「一撃で!」


 トロワは螺旋型に押し込めた剣に直線形状となって硬化する命令を与え発条ばねの弾性と同じ原理で剣先を撃ち出す!同時に自らも全身を使った突きを放つ事で、自身が出せる最速の点攻撃を防御が通っていない敵頭部に向かって刺し込まんとす!


「それだけあれば!」「だからー!」


 最初に起こったのは、その光がトロワの網膜へ焼き付いた事。

 彼女の現れたそれが、プロトの導線の先端から出る細い発光と接触——


——した、の、かしら?


 したのだろう。

 それを目で追う事すら、

 叶わなかったけれど。


「ムダだって言ってんじゃーん!」

 

 人間が、

 生物が、

 電流より速く動くなんて、


「こ、れが、」


 出来ないのだから。


「ぜつえ、……はか……」

「メンドいから、死んだりしないでよね~?」


 脱落した彼女を、救護班が最速で回収、魔法の治療と共に担架で運び出す。


「勝ち確ー!これであのクソトロールザコザコモブローマンも終わりぃ!」


 トロワの重撃魔法が、プロトの防御を攻略し得る、唯一の可能性だと、彼女は思っていた。

 それを、

 絶対に、どうしようもないと、教えてやった形で、完勝。

 

「中ボスにもならないじゃんねー!」


 トロワを倒した後は、他メンバーを追い掛けろと言われている。


「アタシが行かなくても勝てるけど、ま、こーそく時間は短い方がいーよねー?」


 今は、あのデカい奴の、言う事を聞いてやろう。

 そうすれば、彼女の強さも、えらさも、

 よりアピール出来る。

 分かって貰えるから。


「ビッリビー、ビッリビー、ビッリビリー!」


 力も籠めずに、手をブラブラと振りながら、

 パラスケヴィ・エカトは、

 敵陣旧校舎を目指す。


 八志教室、損耗無しに対して、


 特別指導クラス、

 残存、3名。

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