144.ジャジャーン、ってね
「あ、な、何故……!?」
万西白は、卒倒しそうになりながら、端末の表示を何度も見直す。
「いや、いやそんな、間違いだ。間違っている。なんでこの流れで、今の形勢で、負けるんだ?み、ミスだ。表記ミスだ!そんな………」
彼は走った。
先程から棗の魔法の気配を強く感じる、その地点へ。
きっと、倒れているのは、特指クラスのKポジションの方だ。
焦る彼に、彼女は言うのだ。
「うん、単なる運営側のミスだろう」と。
そうに決まっている。
それが一番、現実的な考えだ。
そして彼は、その交差点跡地に来た。
求める人物は、そこに居た。
「隊長……!」
声に反応した彼女は、気負うような態度もなく、万を見た。
その顔を見て、彼は自身の推論に、信憑性が担保された気分となり、
「隊長、運営に連絡を」
すぐ横に気配を感じ、そこに居たドレッドヘアに何気なく目を向け、
「端末の結果表を修正するように——」
——ん?
「なっ…!?」
彼は今度こそ男の人相をしっかりと確認し、言葉を失った。
「よう?遅かったじゃねえか」
「どうした?幽霊でも見たか?『誇り高き戦士』クン?」、
してやったりな顔で言うのは、
どこからどう見ても、乗研竜二以外の何者でもなかった。
「な……は………!」
「すまないな万、
「はん…だん……?い、いえ、いいえ、いえ、いいぇえ?確かに、この目で見ましたヨォ?その男の首輪が赤点滅に……そうです!見ましたよね!?な、何か不正が!?二人の、特に隊長の目を欺ける筈が……!」
それを聞いた棗は、両手で顔を覆い、「そういう
「おいおい、あいつ分かってねえぜ?教えてやれよ」
「ああー………、そうだなー……」
「おい!一体何を言っている!お前なんかが気安く隊長に話し掛けるな!」
耳の穴を小指でほじるような仕草をしながら、「おおウゼエウゼエ」と万に背を向ける乗研。
他方で棗は、彼に一つだけ聞く。
「万、お前、乗研を倒したか?」
「何を…、隊長と僕とでそいつに完勝したでしょう!」
「うん…そうか……」
「………え?そ、そんな」
「万、
「ち、違います、よね…?」
「
「そんな事があっては……」
彼は端末から、今の試合の最終結果を閲覧し、
「Kポジション:乗研竜二」。
「そ、そんな事が…あっては……!??!」
「見事に、欺かれた、という話だ」
「そういうこったな」
いつから、なのか?
「……い、いつから、僕に偽りを見せていた…?」
「テメエを棗が助けに来た辺りから、試合が終わるまで、テメエだけ違う景色を見てたな」
万は、面白いくらいに引っ掛かっていた。
「と言ってもよ?俺の魔法は、幻覚能力については、白昼夢を見せられるレベルの代物じゃねえ。お前には耐性もあるしな。朱雀大路の能力があって、テメエの心が乱れ、俺への敗北を認めて、棗の助けを真摯に欲しがって……とまあ、そういった条件が揃ってこそだ」
Kポジションという、最重要の駒への道が、それで失われる。
万は無線で、連絡のつくメンバーに乗研の脱落を伝えた。
朱雀大路の火が消えたのを見た乗研は、一度そこで万に対する物以外の魔法を解除したので、それは信用されてしまった。
万は朱雀大路がまだ残存していると思い込まされ、しかも肝心の棗への報告もしなかった。
何故なら、「棗は乗研脱落の現場に居た」からだ。
「Kポジション消失トリックだ」
「乗研竜二を
「テメエらがそういうツマンネー思考で、凝り固まるだろうと考えた六本木の奴が、一番楽しそうな編成を思いつきやがったんだよ。朱雀大路の魔法に合わせる為に、前に出ねえといけねえ俺が、Kに選ばれてるわけがねえ、と、勝手に判断してくれるだろう、ってな」
「あいつ、テメエらより性格悪いぜ?」と、言葉では貶しながらも、痛快そうな口振りの乗研。
「テメエらは
棗の能力概容は、ニークトでなくても知られている位には、有名なのだ。
味方と共に前線を駆け回る、といった戦い方をする者。
しかも彼女のリーダーシップは、如何にも「チームワークの
手段を選ばず勝ちたいらしい試合で、彼女にKポジションを担わせるか?
彼らの考え方からすれば、そんなリスクは絶対に冒さない。
「俺達の手の届かない所に、Kポジを置いときたい筈だ。高い所に危険物を隠す子持ちの親みてーに、危険を恐れるだろう、だとさ」
「だから
どんなに幸運の女神が破願しても、閉じ込められてさえいれば、勝つ事が出来ない状態を作る。
中に居る特指クラスは、連携が取れない為に、それに気付けない。
が、始めからお見通しなら?
「トロワは、朱雀大路の魔法が消えた時点で、範囲から即座に逃れる役か」
「ご自慢の重装スタイルを曲げて、軽量化しなければいけない、とかボヤいてたぜ?」
「何から何まで……試合が始まった時点で、全て先手を打たれ終わった後、だったか……」
「六本木からの伝言だがよ?」
——手の内出し過ぎだっつーの。見せたがりかバーカ。
「だとさ?」
日魅在進を眠らせた事で、朱雀大路が精神干渉系の魔法を使うと知られ、
盤外戦術を連発する事で、臆病なまでの盤石さを見られた。
始まってもいないのに、彼らは情報を出し過ぎたのだ。
普通に本番まで行儀良くしていた方が、まだ勝ちの目があった。
「勝負から逃げて、結果、敗色を重ね塗ってただけだ」
「ま、その気持ちは分かるがな」、乗研は彼らに、同情的な目を向ける。
「………」
万は、唇を噛みながら黙して、
「はぁ…未熟故に、か。仕方がない、枢衍に怒られに行くか………」
棗は、控室への階段を目指して歩き始める。
「万。次の試合の為の、撤収と会場設営がある。あまり長居はするなよ?」
そう言い残して。
万は、無力感に打ちひしがれていた。
大人達と同じ扱いを受けている棗、その補佐役として、少しでも成長する。
やがて重責を担うであろう彼女と対等になり、少しでもその負担を減らす為に。
だから、国の未来を考えない、運動会気分の子供を打ち負かす、そういう下らない仕事も遂行した。
全ては大儀の為。
巻き込まれた奴等は気の毒だが、大人に目を付けられるような、無神経さが罪なのだ。
そう信じて、既定路線の勝ち戦を演じて、
相手の思惑通り、決めた通りに負けた。
最も軽蔑する男にすら、手玉に取られた。
未熟で世間知らずなのは、彼の方だった。
彼は職員に退場を促されるまで、グローブも、掌の皮膚も破るほど強く、拳を握り締めながら、ただただそこに立っていた。
何処で、どのように選択を誤ったのか?
何を変えれば、こんな無様を避けられたのか?
過去に何度も戻りながら、
彼は探し続けていた。
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