141.ナメとんちゃうぞコラ part1

「あーし、六本木。名前はまだ無い、みたいな。よろー」


 六実は正直、

 話し掛けられるとは思っていなかった。

 クラスカースト高めの彼女に、

 除け者である自分なんかが。


 実際、六実が居ない所で、「狩狼さんと仲良くしない方が良いよ?」、みたいな助言を、彼女に与える人もいた。

 

「は?なんで?」

「いや、だって……」


 彼女はそこで、周囲を見回して声を潜め——狩人である六実にとって、そんな小細工は通用しないのだが——、


「あの人、変な格好してる変態だよ?ヤバイ性癖持ってるか、じゃなきゃ『警戒心を解こう』っていう擬態でしょあれ。あんなのと一緒に居たら、六本木さんまで変な目で見られるよ?」


 六実に反駁はんばくの意思は無い。

 虚偽を吹き込まれたわけではないから、腹も立たない。

 六実がコミュニティの輪から外れているのも、六本木と共に、「男を見境なく喰い漁るコンビ」、などと根も葉も無い事を言われ始めているのも、全部本当の事。

 いや、「根」はある。

 六実がそれなのだ。

 

 向こう側の善意で始まった関係。

 残念だが、彼女に迷惑が掛かった時点で、切らなければならない縁なのだ。

 そう覚悟を決めた、六実の耳に、


「いや、あーしの話し相手くらい、あーしに決めさせろし」


 気の迷う余地が一切聞こえない、そんな六本木の声が入って来た。


「え、いや、でも、気持ち悪くない?六本木さんが、自分の口から拒否るのが、気が引けるって言うなら、私から言うよ?」

「別に?本人がしたいよーにすりゃいーんじゃん?可愛ヨいし。ってかさ、」


 それよりも、



「仲良い友達の事、キモがられる方が、あーしはムカつくんけど?」



 それを最後に、その“仲良しグループ”と六本木は、敵対関係となってしまった。

 

 当人はそれを気にした様子も無く、六実とツルみながら、一緒に新しいグループに馴染んでしまった。


 どうして彼女が、六実に声を掛けてくれたのか、聞いた事がある。


「なんか、マブくて、つよそう、って思っただけ」

 

 彼女はそう言うが、六実からすれば、彼女の方が、よっぽど強い人間に見えた。

 でも、関わっていく内に、分かった事がある。

 そんな彼女は、普通の女の子でもあったのだ。

 頂点を目指すと吠える男子を、「現実見ろよ」と冷めた目で見る一方、

 ある日迎えに来る誰かを待つような、夢見がちな所もある。

 恋バナには興味津々で、お洒落や流行に人一倍気を使い、独りぼっちを怖がっている。

 強くなければならない、そう思って、そう装うのが上手いだけで、

 中身だけ見れば、明胤の外でも沢山見つかる、ありふれた少女なのだ。

 ただ、それを奥へと、ひた隠している。


 六実は、彼女の素をもっと出したい、などと常日頃思っている。

 キツめの発言もする、勇猛な外装も、悪くはない。

 だけれど、そんな彼女が一転、顔を蕩けさせ、中身を零れさせてしまうような、

 そういう表情が引き出せるような、

 理想の誰かと出逢えれば良い。

 六実は心から、それを願う。

 

 だって、その「カワイイ」を、近くで堪能したいから。

 

 残念ながら、六実はそのポジションに立てない。

 六実の方に、彼女への「そういう意味」での興味が、無いからだ。

 彼女が密かに憧れる、物語の相手役。

 そこに立つには、友情や、カワイイ六本木を愛でたい気持ちだけでは、足りないのだ。

 どうして自分は、そういう事に対する欲を、イマイチ強く持てないのか。

 六実はつくづく、自身の特異性に、嫌気が差している。

 

 六実に出来るのは、“その人”が現れるまで、六本木の中の「乙女」が擦り減らないよう、守り通す事ぐらい。


 だから、




「おおおおい!狩狼六実むつざねぇぇえええ!!」

 

 心の底の本音では、こんな戦場に、出て欲しくなんて無かった。


「早く出て来ねえと、オマエの女が俺ッチの火で炙られんぞおおお!?」




 朱雀大路三七三の火は、幻で出来ている。

 魔力生成物を壊す事は出来る。が、人に引火しても、焼かれている感覚があるだけで、実際に傷が付いたりは、しないだろうから、


 それが逆に、事態を悪くしている。


「俺ッチの炎じゃあ!脱落は出来ねえからなああ!そこんトコロ分かってんのおお!?精神が限界だと、明胤がそう思うまで、焼かれ続けるってコトだぜえええ!」


 「セーシンホーカイ確定ええええ!」、

 この下衆の所業を、棗も学園も、特に咎めないだろう。

 彼を憎み、それで目を曇らせ、冷静な判断力を奪っていく、それが棗の狙い。

 そういった極限状態でも、自身やパーティーの為に、正しい判断が下せるか、それが学園の出す課題。


 こういった揺さぶりは、ディーパーの勝負の場では「アリ」とされる。

 試合の先に、本物の殺し合いを見る、彼らならではの価値観だ。

 スポーツマンシップから最も遠いスポーツ。それがギャンバー。


「こいつに見せれる幻覚は、生きたまま焼かれる、だけじゃねえええ!俺ッチの口からはとてもとても言えねえよーなコトだって、体験しちまうかもしれねえなああ!オマエが見捨てたせいで、ディーパーとして二度と使い物にならなくなっちまうぜええ!?」

 

 本当は、六本木がディーパーを辞める事自体は、望ましくはあるのだ。

 だけどそうなるのは、“その人”に出逢ってからだ。

 でなければ、彼女は支える物の無い状態で、折られてしまう事になる。

 それは駄目だ。

 強さを失う事になったとしても、

 それは彼女が選んだ上でだ。

 こうやって無理矢理剥がされるべきじゃない。


 だが、声に従い出て行って、それでどうなる?

 彼らは人質を手に入れた。

 六実がそれに釣られれば、有効な手だと考え、他のパーティーメンバーにも再利用すべく、彼女を引き回すだろう。

 要求に従えば、離してくれないどころか、彼女に更なる責め苦を、味わわせる事になる。

 

 六実の頭が、人生で最高速で稼働し、考える。

 ここから返す手順があるか?

 何とか、何とか六本木を無事に済ませる方法が無いのか?

 魔力まで使って脳に負担を掛け、明晰な状態のそれは、一つの答えを何度も叩き出す。


 手段はない。

 どういう過程を辿ろうと、彼女は朱雀大路に焼かれる。


「何とか言ったら——」

「ムー子、出て来ないでよ!」


 迷い惑う六実に、

 答えを運ぶのは、結局彼女だ。


「あーしは全然へーき!こんなキッズが何やっても、余裕だし!」

「黙ってろよキラキラネームぅうう!おい狩狼六実ぇええ!プライドの為にカノジョを切り捨てるなんて、ハズくないのかよおお!?」

「あと、バカ丸出しでミスってる所ゴメンけど」

「ああん?」

「ムー子は、狩狼六実むつみは——」


——あーしの可愛いズッとも


「二度と間違えんなカス」


——ああ、もう、本当にさ…!

 

 六実は頭を抱えてしまう。


——本当にもう、そーゆーとこが…!


「うるせー!『友達です』って顔してデキてんのがもうキモいのに、更にうるせー!あー、メンド。火ぃ付けるわ!あと『壊しちゃった』記念に、オマエの髪も貰う事にケッテー!オマエラがキメエのが悪いんだから——」


「ここー…!」


 立ち上がり、

 両手を上げて空なのを見せながら、交差点だったらしい、比較的平らに瓦礫が敷き詰められた地点まで進み出る。


「かくれんぼー…?ダサー…!」

「ムー子!?ちょ、ダmぐっ!」「うるせえ、っつってんだろうが」


 六本木が何かしらの暴力を振るわれた音に、怒りを噛み殺しながら、待つ。


「はい、いーこいーこ。流石シュローセンパイっす。聞き分けがいーっすねー」


 来るなら来い。

 なんにしろ、どっちにしろなら、

 僅かでも奇跡が起きる方に賭ける…!

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