142.ナメとんちゃうぞコラ part2

「そのまま動かないでくださいっすねー……!」

「おけまるー…!」


 何処からだ。

 攻撃する筈だ。

 棗の幻獣態を破壊できる威力の持ち主。

 看過出来ない筈だ。

 それに奴らは、誰がKキングなのか分かっていない。

 幻覚の中で捕らえるなんて、生温い処遇で終わらせないだろう。

 ここで脱落させに来る。


 その時、

 魔力の流れを見逃さず、

 自分の身体に当ててでも、

 大雑把な方向だけでもいいから、

 居場所を見出だしてやる。

 そこに面攻撃のブラッドハウンドで……

 否、

 その有効射程範囲内に居ない事も有り得る。

 勢いを減じにくいグレイハウンドで、

 “点”で当てる…!


 何処から、

 どっちから………

 

 ………


 ………………

 

 ………………………………………

 

「!!」

 

 山吹色の光条こうじょうを六実は横っ飛びに躱す!

 半分勘だった。

 左肩がかれ、ポイント的に欠損扱いと見えた。

 

 だが、位置は分かった。


「そこ…!」


 地を這うブラッドハウンドが咥えた杖を投げさせ

 空中で掴み

 落ちながら攻撃元へとグレイハウンドを発射!

 

「当たっ…!」


「忘れたんすか?」


 頭の後ろから来る、無情なあざけり。


「俺ッチの能力は、既にオマエの脳ミソ、掴んでるっすよ?」


 避けた方向と、棗に命中した攻撃の角度。

 それらから割り出した敵のポジションは、騙しようがない。

 そう考えたのだが、




「前後逆に錯覚させるくらい、朝飯前っすよ」


 

 

 狩狼は、180°回頭する、までには至らなかった。

 朱雀大路は油断せず、二射目が撃たれる可能性を考えて、相手の感覚を更に弄り、振り向く角度を狂わせようと、能力に没入した。

 その間にも抜け目なく、行動の自由を奪った六本木の首を掴んで前に立たせ、肉の盾も用意していた。

 棗はそれよりも速く、伸ばした角を横に滑らせ、敵狙撃兵を確実に戦闘不能にする事に、成功していた。


 この場の2v2は、

 枢衍教室側が、

 その能力を遺憾なく発揮し、

 勝利を収めた。


 


 朱雀大路はその時、「このクソ女重おめえんだよ」、なんて事を思っていた。

 何故って、彼女を持ち上げている肩が、酷く痛むから「え?」


 左肩にはしる、万力で締め押さえられるような、

 鈍く、だが強い痛み。

 肉に何かがズブズブとめり込み、骨にヒビが入り、神経を直に痛傷つうしょうが引っ掻く。


「い」


 そっちを見て、

 毛むくじゃらの大きな手が、

 

「い」


 今まさに、その部位を握り砕いた。

 

「いてええええええ!?」


 今度は棗が、真後ろを振り向かなければならない番だった。

 今度は彼女が、手遅れを実感する番だった。

 今度は朱雀大路が、

 

 痛い目を見る番だった。


「いてええええよおおおおお!?」

 

 手が——否、前脚が、シールドと防刃スーツと血肉をザックリと絡め、

 先程硬くて邪魔な物を粉々にしてやった地点から深々と、

 その爪を抉り込んだ。

 背骨に引っ掛かった前脚は、その持ち主の方へと、朱雀大路を引き倒す。


 彼はその時、子どもの頃見た夢を思い出していた。

 暗闇から伸びた怪物の手に、恐ろしい力で引き摺り込まれる夢。

 彼はそれが怖くて、

 だから童話で見たような、

 闇の中を照らし、

 そこに都合の良い物を描ける、

 そういう灯火を欲したのだ。

 今、彼は自分を守る火から遠ざかり、

 何者かも知れぬそいつに、抗えぬ力で連れて行かれる。

 

「わあああああ!!アアァアアアア!!!」


 彼は泣きながら手足をバタつかせ、

 そうしたらすぐに、四肢が動かなくなった。

 

「いやだあああああ!!いやいやいやイヤイヤアアアア!!」


 嗚咽を超えて絶叫になっているそれを、

 しかし誰も助けてくれない。

 あいつだ。

 夢に見たあいつが、とうとう彼を攫いに来たのだ。




 棗が何故、朱雀大路を助けないのかと言えば、その時点で彼は脱落となり、もう攻撃される事はなかったからだ。

 だが、今の彼に、それに気付くだけの余地は無い。

 一時的な幼児退行を起こし、すっかり騒音を吐くだけの機械と化していた。

 

 そんな事より、棗の目下の問題は、新たな敵についてだった。


 そいつは現れるなり、

 枢衍側の最重要戦力を一人脱落させ、

 その身にも移っていた、サーモンピンクを一度に鎮火して、

 人質として価値を持っていた六本木を奪い返し、

 彼女を左腕に寝かせるように、その巨体で抱き抱えながら、

 右肩を前に、シミターを構えた。


「これでようやく涼しくなるな」


 ニークト=悟迅・ルカイオスの軽口に、


〈暑いなら、その着ぐるみを脱いだらどうだ?〉


 棗五黄が苦々しげに答える。


 狩狼六実は、それを見ながら、とある皮肉を感じていた。


 少女を、「カワイイもの」を助け、狩人の矜持を守った人物。

 そして、 “理想”になり得る誰か。


「ぴえん………」


 まさかそこに立つ者が、

 よりにもよって“狼”になろうとは。

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