141.もう戦術論とかじゃないシンプルな理由

叄宿からすきぼしって、聞いた事があるかな?〉


 傷が完治した万は、乗研に講釈を垂れてやる余裕もあった。


「……オリオン座か?」

〈そうだ。『三ツ星』と言う意味もあるから、主にベルト部分だろうな〉


 くっちゃべって時間を潰してくれる分には、乗研にとっても望ましい。

 だから、話も聞いてやる。


〈神話の巨人オリオンは一度、ある島王の娘に一目惚れをして、結婚を申し入れ、それが王とのトラブルへ発展する。そのせいで、自他共に認める勇猛な狩人だった彼が、命とも言える両目を抉り抜かれてしまう〉


 乗研も知っている話だったが、巻かせる理由も無い。大人しく静聴する。

 

〈彼はその後、絶望的な状態から、それでも立ち直る。が、結局はまた自らの勝手な行動が原因で、神々との間でトラブルとなって、最後は大地が遣わした、巨大なサソリに刺し殺され、今でも空で、そいつから逃げ続けている〉

「なるほどなるほど……」


 とは言え、流石に話が見えない。

 相手の判断力を鈍らせる為に、少しだけ突っかかってやる事にする。


「で、何が言いてえんだ?回りくど過ぎて、面接なら一発不採用だな、オイ?」

〈周囲に気を配れないクズは、何度やり直してもクズのまま、やがて歴史に恥だけ残して、死んだ後も笑い者。そう言っているんだ〉


 そういう事か。

 オリオン座から相手への罵倒に繋げた事に、乗研は少し感心してしまった。


〈僕は、親切にそれを教えてやっているんだ…!一度逃げた奴は、どれだけ美辞麗句を尽くそうと、二度と元の強さを得られない…!諦念という甘露かんろを知ってしまった人間は……!〉

「オイオイ。そいつは色んな偉人を敵に」〈さあ、そろそろ畳む時間だ〉


 「こっちの話はお構いなしかよ」、

 これ以上引き伸ばせないようで、自分本位でずっと喋ってる万に呆れながら、魔法で作った黄金を並べ、可能な限りの抵抗の用意をする。


〈フぐるるるるる……〉


 万は手足四本全てを地に着け、筋肉に暴発寸前まで力を溜める。

 彼の後ろでは、棗が一本角を掲げ、ゆっくりと反時計回りに、挟み撃ちの為に回り込んでいる、らしい。


 乗研は、双方にそれぞれ手持ちの黄金を向けながら、ゆっくりと間合いを離す。

 こうなってしまっては、この場を勝ち切る、なんて事は有り得なくなった。だからなんとか追手を振り切り、幻影の群れの中に逃げ込む。

 それがこの状況に陥った時の、彼の最善手だろう。


 そして、

 それを許せる程寛容な者は、

 この場になく、


〈ハアッ!〉

「うおぃっ!?」


 彼我の距離の短縮を待たずして黄金の一つが断ち切られる!

 棗の一本角による断撃!

 

〈残念、外れだ〉

「伸びんのかよ!」


 偽の像によって攻撃から免れた乗研はそのまま一気に脱走しようとし〈がラあぅ!〉そこに全身の屈縮くっしゅくを解放した万がゼロからマックスまで加速!到達した勢いで一つ、そこから続けざまに二つ!乗研を守る黄金を叩き割る!


「ォォォオオオオラァッ!」

 

 闇雲な数撃ち作戦だが有効ではあり、一発が乗研本体を捉える軌道へ!

 彼は黄金の一つを二分割して自身のすぐ横に寄せ攻撃を誘導!それにより直撃予定だった前脚を躱し、反対に異形と化した腕で強烈な一打を——


「グッ——!」

 

——硬え……!


 鉄針の毛皮と、更に身体を包む白黒の長髪。それらが衝撃を段階的に殺しつつ、殴った側の拳に幾十もの裂傷!無抵抗で沙汰を受け入れぬ往生際の悪さに対し、罪以上の罰を与える!


〈矢張り、“固さ”では!〉


 鉄の長髪で増強され聖獣の前脚となった万の拳が乗研の防御を順々に削っていく!

 

〈僕の勝ちだ!〉


 対する側には敗けるまでの手数を増やし続ける事しかできない!

 そして黄金の生産速度は、既に虎の連撃速度を下回っている!

 例えそこで勝っていたとしても、棗の能力で治療されながら、高い防御力を以て立つ万を相手では、魔力切れが先に来る!

 

 どちらにとっても、詰みが見えている盤の上でも、投了サレンダーだけは拒否。

 王手だけでは納得しない!

 実際に最後の一つを獲って見せられるまで、迷惑にも、みっともなく、この戦いにしがみつく!


〈君らしい戦い方だ!〉

 顎を打ち抜いたつもりで一枚の黄金を砕き、その下を通って打ち返して来たモンスターのものにも見える拳がまたも針皮はりがわつんざかれるのを見ながら、

〈なんとも君らしい、美学も客観視も無い、延期するだけのやり方だな!〉

 闘牛士がムレータをそうするようにショールを翻し、針々はりばりに刺された化生けしょうの手の甲から生皮をがしてやる!


〈地蟲め!土に潜って隠れた所で!〉

 

 乗研が拳を引く為に一歩後ろを踏んだその場所から、


〈そこは僕達の得意だぞ!〉


 鉄の棘が生えてその足を貫くのを見て高らかに教示する万!


「足…!棗の能力との、シナジーかよ…!」

〈分かったようだね!解ってしまったようだね!〉


 棗の能力は、土地・大地という物が持つ、育成、或いは守護性の神話から来ている。

 故に、土中の金気を元とする、万の能力と組まれる事で、地面から限定ではあるが、遠隔攻撃も可能!


「っつーならよおおお?」


 乗研が放った右拳を遂に掌で受ける事に成功し、針によってガッチリ固定する万!

 逃げる事が出来なくなった地竜に逆の拳を打ち入れ、それが予定通り手で防がれた瞬間に握り捕らえ、両腕が使えなくなった上に万の能力で動きを鈍らされた彼の喉笛を嚙み千切らんと歯を剥き出しにする!


「自分から動かなきゃ、随分マシだよなあああ!?」


 乗研の額に黄金が生み出され、そちらに口を向けてしまった万の前歯が頭突きでへし折られる!

 地面から棘が生え襲うが、それが刺さる前に割ってやろうと乗研は彼の頭蓋をもう一度引き寄せ〈隊長、今です〉


 今度はピクリとも、乗研が動かなくなった。

 その胸に、山吹色の光線が穴を開けるのを見た万が、ゴーグルの内で目を細める。

 棗の一本角。

 それは確かに、二人を諸共に貫いているのだが、


わえの能力は、友を育み、敵を滅ぼす〉


 棗の声が、万の耳に届く。

 驚愕する乗研を見て、彼の精神は最高潮を迎えた。


〈お前の肉には刺さるが、わえの仲間に触れても、助けるだけだ〉


 乗研が完全詠唱を解除。

 肥大化した腕が元に戻る事で、万の拘束から一時的に脱し、後退る事が出来る、が、

 

 それでは簡易詠唱の隙すら作れない。

 

 黄金が再び生み出される、

 

 その前に、


 足が棘に刺し留められ、


〈グォオオオルゥァア!!〉


 そこに秒間6発の瞬撃で、頭・胸・腹が弾け穿たれ、


 乗研の体は燃える木の根の向こうへ消えた。

 

 喋れぬように、口を重点的に打ち、

 更に首輪が赤点滅となった事も確認した。

 紛れも無い事実として、

 

 乗研竜二、脱落。

 読み合いも何も無い。

 未知の能力と、数的有利が、彼を踏み潰した。


「ぐぐぐ、ぐ……ふー…、隊長、ノリドが落ちました。これからの僕達の通信は、全て本物という保証が成りました」


 姿を戻しながら、万は傍らの棗に報告する。


「これで彼らは万が一にも、僕達に勝てません。この迷いの森を抜けて、王手を掛けるなど、不可能となりました」

 

 彼らの任務が、

 達成直前であると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る