140.絶体絶命って言うか“絶対”絶命

 棗は、まず彼らの首輪を確認しようとした。

 それが赤点滅になっている事まで、毎回わざわざその目で見るのだ。

 朱雀大路は、そういった事にあまり頓着せず、早くも気を抜いていたが、しかし隊長に助けられた手前、異を唱える事はなかった。


 だから、

 勝負はまだ分からなくなった。


「“マフくん”…!」


 ブルラッカ!!

 変身した棗の足元から撃たれた、丸型に並んだ高熱の金属片のような歯形、それが目に見えぬ空気ごと肉を抉った音!


 朱雀大路が落ちず、その右肩が吹き飛ぶだけで済んだのは、残心の魔力警戒を怠らなかった棗の、前脚によるガードが間に合ったからだった。

 

「ぐギャあああああ!?」

〈ぬっ…!〉

 

 速さで言っても防御力で言っても、防げる道理は無かった。

 しかし、匍匐で近付き急襲した狩狼六実も、その隣で立ち上がり、共に攻勢を仕掛ける六本木も、どちらも無事なのもまた事実。


 狩狼家が使うという、“猟犬魔法”。

 高速貫通弾グレイハウンド。

 追尾操作弾ブラッドハウンド。

 焼夷拡散弾マスティフ。

 話に聞くそれらが、どういった物なのか、前回の試合も含めて、把握は済んでいる。

 上から順に、単に直進する遠距離攻撃、自動追尾機能のついた多用途攻撃、近距離専用の破壊攻撃、その3つ。


 そちらの能力では、今のをどうしようもないことも、分かる。

 では必然的に、


〈そっちのお前の魔法か…〉

 

 山吹色の幻獣が、六本木に狙いを定める。


〈人形…、思いつくのは、身代わり、だな……〉


 正解である。

 六本木の魔法人形の中には、その所有者にとって致命的な傷を、他の人形へと肩代わりさせる能力の物がある。


〈六本木の方は無傷、故にわえの刃がその後ろまで届かず、狩狼も斬られず、か〉


 右の前脚を修復しながら、パニックになる朱雀大路を庇いつつ、角を使って狩狼との応酬を続け、その上で能力考察も深める。

 

 右前脚での蹴りつけは杖で打ち払われるも左後ろ脚で踏み切り、右後ろ脚の蹄が開いて朱雀大路を掴みながら跳躍し空中から角を伸ばして撃ち抜く!が、またも狩狼の前に出た六本木が盾の役割を担って無効化!その肩に乗せられた杖の先から三角犬グレイハウンドが撃ち出され朱雀大路を掴んでいた脚を削り切る!

 次に来た四角犬ブラッドハウンドが宙の朱雀大路を狙う!空中旋回した棗が頭上のそれを角で切り裂いて殺す!だが高速必殺刃から二人がフリーとなった為に真下への位置取りを許し、丸歯列マスティフで突き上げられる!棗の胴体部がくるりと割り込みながら左後ろ脚が朱雀大路を回収するが間に合わず彼の左脚が焼き切られる!


「あ!?あだだだあ!!?」

〈朱雀大路!しっかりしろ!お前が頼りだ!〉


 強烈な痛みに狂乱する、経験不足な朱雀大路に呼び掛けつつ、身体を前後軸で回しながら首を振り、角による斬撃で空間を飽和させる棗。彼女は何度か、肉を切る手応えを得ている!

 手足を切りつけた事で、ポイントが減らされただけなのか、それとも致命傷扱いで、“身代わり”が発動したのか、

 その区別が付かない!

 

〈だが、うん、限りがある筈だな〉


 ノーリスク、ノーコストの緊急防御無敵化装置など、存在しない。

 必ず回数制限がある!

 棗の幻獣態と、

 六本木の残機ライフストック

 どちらかが尽きるまでの削り合いだ!


〈朱雀大路!く立ち直れ!〉


 彼を背に乗せた棗は体の一部を修復しながら縦に一閃!

 これで左右別々に出来れば、次の一撃で六本木は狩狼を庇えない!

 だが両者共に左に跳ぶ!

「ムー子!ジャンプ!」

 更に横薙ぎを完全に躱された!


——さっきから…


 棗は目標の脅威度を書き換え続ける。


——狩狼はともかく、六本木の動きが、思いの外悪くない…


 身体能力強化は、流石に狩狼家の寵児が上だ。

 しかし状況判断と次手じて読みに関しては、六本木が先んじている。

 棗より速く、棗の次の最善手を見つけ続けている!


——壁役がここまで厄介とは……

 

 右側面への攻撃は、角と前脚のみ。後ろ脚の治癒が終わっていないからだ。

 それ故の右攻め!

 

〈それならば〉


 斜めに斬り上げながらの回転バックジャンプ!追撃に来た二人の上に、滑らかな断面による傾斜に従い倒れ込む背後の鉄筋建造物!

 脱落はさせられないだろうが、死角からの一手、抜けるのには時間が掛かる!

 「時間」は棗の味方だ。その間に治癒を進めて「!!」飛び出すグレイハウンド!だが角度が甘い!棗の頭部を狙ったらしいが、鬣をたなびかせながら首を傾けるだけで避けられる!


〈魔力感知が大雑把に過ぎて——〉


 貫通箇所の向こう、狩狼とゴーグル越しの目が合う。


ジャミジャストミートー…!」


〈!しまっ〉ブラッドハウンドが右から迂回して来ていた事にそこで気付くも、前ばかりに気を取られていた棗の理解は遅きに失しており、右眼に歯を立てられる!グレイハウンドはこの迂回攻撃を当てる為に覗き穴を開ける為!


〈ぬぅううう…!〉


 建物の残骸の一つと頭で挟み潰し、それ以上の負傷を抑えたが、視界が狭まってしまう!

 そして瓦礫の山の一角をマスティフで焼壊しょうかいさせつつ外に出る二人!

 当然時計回りの展開!

 棗は魔力感知への集中力を引き上げつつ右眼の再生を最優先!

 見えない場所からの奇襲に備え、

 

 来た!

 だが、


〈どっちだ…?〉

 

 感じられたのは、二人同時の飛来!

 一度に両方を倒せる位置にも居ない!

 正面から顔を向けて悩む時間は無い!

 頭部をそちらに移動させながらどっちを斬るのか決めなければならない!

 

 いや

〈いいや〉

 何を気が小さくなっているのか。

 棗五黄は己を戒める。

 「両方を倒せる位置に居ない」?

 それはお前が、出来ないと思っているだけだろう?


 一度で無理なら、

     返す刀で、

 素早くもう一撃、


 一呼吸で、減速ナシかと錯覚させる程速く、二人同時に斬り倒せ。


 「化かし合い」の最中に、

 奇跡的妙技アウトプレイで、

 肝を抜け。


 決断した棗は、まず一人を斬り伏せて、


——!


 人形!

 両方が!


——な。ここでやられるか。


 彼女の能力は、異常・呪い系統にも耐性がある。

 が、相手側の効力によっては、全くの無効化が出来ない場合も。

 今、六本木がくらましに投げた人形を、決着を急ぐ彼女の脳が、敵二人そのものだとしまった。その攻撃を待ち侘びるような心理を突かれた。

 忘れた頃に刺す、偽りの理想!

 乗研竜二の能力が、魔力の認識を誤らせた!


 という事は、

 狩狼六実は——


「“グレっち”…!」


 窓を割って真逆に現れ、即発砲!

 朱雀大路がグレイハウンドに撃たれ、転げ落ちる!


「ドンピシャ…!」


 狩狼はすぐに距離を詰めに来ている!

 六本木が別方向から!

 この距離では朱雀大路を逃がせない!彼を拾い上げてから跳ぶ際にできる隙を狙われ、狩狼の魔法の良い的になるからだ!

 彼を守りながら、両方を止めるしかない!

 だが、ここは一択だ。

 この状況、六本木に身代わりがある限り、朱雀大路に手を掛けられるのが確定している!彼女を重点的に狙わなければ!

 左後ろ脚でアスファルトを蹴り抜き、その破片を狩狼に向かって飛ばしつつ、その行動を踏み込みとして一本角で六本木を切断!


「あと一個」


 六本木は、


「あと一歩、足りてねーんだわ」

 

 最後の身代わりを使い切り、

 それでも斬られる事に対して何らの恐怖も見せずに全速疾走!朱雀大路に到達!

 踏みつけによって追撃を入れようとする棗の前脚がマスティフで破壊される!

 立ち上がって身を守ろうとした彼の首に飛び付いた六本木の脚が絡まり締める!

 技がまり動けぬ彼は首をタクティカルナイフで掻っ切られて失血死、脱落!

 狩狼はグレイハウンドで棗に追撃!

 その弾丸が幻獣の頭を撃ち抜く!


「やっ……!」いや、おかしい。

 朱雀大路が落ちるのも棗が撃たれるのも簡単過ぎている!

 

 咄嗟に息を殺し、魔力を完全に遮断。

 隠蔽状態にして、近くの瓦礫の陰に隠れる。

 

「おぉぉおおおい!」


 その耳に届く、不快な呼び声。


「ぉぉぉおおおい!」


 どっちから聞こえているかも、分からない。


「狩狼おおお!オマエぇぇぇ!隠れるの上手いんだってなああああ!?」

 

 朱雀大路だ。

 アイツの声は、耳障り過ぎて、逆に良く聞き分けられる。


「探すのメンドクセーからよおおおお!出て来いよおおお!」

 

 奴が精神の均衡を取り戻し、幻覚への耐性を失ってしまった六本木を、返り討ちにしたのだ。あれは、人形の効果だから、身代わりを繰り返していれば、消えてしまう物。それに、勘付かれたか。

 

「出てこねえと、この女にトラウマ植え付けちまうぞおお!?」


 ああ、最悪だ。

 なんでこんな奴に限って、悪運が強いのだろう。


「お前の彼女だろおお!?オレが寝取ってもいーんだけどなあああ!」

 

 こういう、下世話な考えしか、出来ない奴が。

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