134.大物一本釣りだあ! part1

「う、うぅ……あ、あれは…どっち……?本物ぉ……?」

『待っていてくれ介冬、何とかしてそっちに向かう』

「い、いえ隊長。この通信が、正しく聞こえてるか分かりませんが……ワタシより、ミナミ君です……。彼が落ちれば、そこで負けが確定しますぅぅぅ……」


 心細さを噛み殺し、彼女は正しい判断に努める。


 自分達の札である朱雀大路の幻覚が、見られる事を契機として五感全てを支配する。そのせいで、敵の幻術の強さにも、疑心暗鬼になってしまう。

 地面が透明になって、何処からが断崖なのか。

 それが分からない恐怖の中で、戦う事だけは、やめてはいけない。


「ワタシが脱落しても、対等になるだけで……彼の力が消えたら、敗着です……」


 かついろの魔力が、また一つ、虚像を叩き砕く。

 通信だけが取り柄ではなく、どころか戦闘能力は高い方。

 それでも性根に植えられた、凍土を作る臆病風は、彼女を絶えず震わせる。


「ワタシは、大丈夫です…!自力で万君に、辿り着けますぅ…!」


 強がりではある。

 しかし、彼女はいつも、強がっている。

 それが彼女の生態なのだ。


「隊長は、なんとしてでも、」


 その虚勢で、黄金を割り進む。


「ミナミ君を守り切って——」


 次の一枚、それが上下にへし折られたその先に、

 もう一体。


 彼女の名は確か、訅和交里。

 今彼女は、顔の前に翳した右手の親指で、下の左腕の肘に触れ、左の小指が、右の肘に付けられて、

 正面から壁にぶつかったパントマイムのような、妙なポーズを取っていて、


「“我が家へようこそオイキュメニステ”!」


 反応する間も無く数m四方が高い白壁はくへきで囲まれ、

 床も天井も同色に塞がれた。


「……ん?…ややっ!?」


 彼女は辺りを見回そうと、顔を左右に軽く振り、その途上で見つけたと言うように、介冬に視線を留めた。


「もしや、介冬武黒さん、ですかな?」

「あなたは、訅和、交里さん……」


 その返事を聞くや、猫口がご機嫌に吊り上げられ、


「ヤッッッターーーー!!大当たりぃ!一番閉じ込めなきゃいけない人だーー!」

「ヒッ!?」

「おおっと、これはこれはすいません。思わず『ヤッター』が出ましたねぃ。興奮してしまいました」

「あ、あなた、もしかして……ワタシ達の幻覚が見える度に、付近一帯を、封鎖していたのぉ……?」

「お!お分かりですかな?」


 どうやらこの中は、外からの魔法効果を寄せ付けない、強力な禁域、結界のようになっているらしい。

 だが、さっきの魔法発動時まで、訅和は介冬の正確な位置を、いや、もしかしたら近くに居る事すら、分かっていなかった筈。


「いやあ、簡易詠唱で、頭の周りだけとかなら、一時的に解除は出来るんだけど、私の魔法って特殊で、そっち使ってると、完全詠唱が出来なくて……。簡易詠唱解除、からの完全詠唱だと、少なくない隙が出来るし、そんな変な挙動してたら、本物だって見破られちゃうかもだし……。しかも簡易詠唱だけだと、手足とか末端までカバー出来なくて、認識の不一致に逆に混乱しそうだし……。

 だったらもう、先手必勝の数撃ちゃ当たるで、一定歩数歩いたら、完全詠唱ぶっぱしまくろうかなって?」


 腕を組みながら軽薄にペラペラと。

 何て大雑把な、しかし合理的な作戦か。

 中級ダンジョン内と同じ魔素濃度のここなら、魔力回復も早いだろうから、最適解の一つではあるだろう。


「カミっちを眠らせたのと、同じくらい強力な奴使われてたら、そもそも解除が出来なかったけど……。あれには、何か更なる発動条件がお有りで?」

「手の内を明かせ、とぉ……?答えられないし、答えても意味が無い……」


 何故って、


「あなたの魔法の中には、どうやら、味方の魔法も入って来れない……。此処でなら、ワタシもあなたも、相手をしっかりと認識出来る……」


 「そして」、

 その右手に纏う、黒に近い青色の魔力は、失われていない。


「どういう物語かは分からないけれど……、あなたの能力は、内と外を分けるだけぇ……。それも、空気や魔素は、正常な状態で、普通に入ってくるぅ……。私の魔法は、変わらず発動できるぅ……!」


 本当に、ただ「閉じ込める」だけの、半端な能力だ。

 元より、小さな立方体で覆われた部分が、徐々に治癒・解呪されていくという、簡易詠唱の効果から言って、大した能力でない事は分かっていた。

 

 勝てる。

 治癒能力が間に合わない速度で畳みかけ、脱落させて、この魔法も解除させる!


「“回遠シューワ”…!ワタシの冷気は、震えるも止めるも、自在ィ……!」


 右手の魔力が氷の籠手こてとなり、それがノーガードの訅和の顔面を捉える!



 彼女の魔法は、冷気。

 空気を冷やし、水分を凝結させ、疑似的な水分の膜を作る。

 それを更に凝固させ、氷の粒を空中に生み出す。


 「液体や固体の方が、音の伝達率が良い為に、一定範囲内なら、優秀な通信能力となる」、という理屈で、水分や氷で作った独自構造の通り道により、音を増幅・加速させる。

 そのように連絡手段となっている彼女だが、その真価は直接戦闘にある。


 例えば、それを固めて打撃武器とする。

 例えば、相手に吸わせて気管を傷つけ、皮膚に張り付かせて体温を奪う。

 例えば、相手を冷気と氷に触れさせ、彼らを構成する体内の水分を凍結させ、打ち砕く。


 自分で直に触れずとも敵の動きを鈍らせ、もろに当てられた際の破壊力は随一。

 少なくとも同教室内で、至近戦に最適応しているのが、介冬武黒の魔法である。


 その、

 人体破壊の一撃を、

 訅和は受けた。

 パキリと、木の枝が折れるように、軽い音。

 支援役程度では、最前線での戦闘を、ダンジョン内でも数多く経験している、前衛顔負けの拳を、見切る事など——


「あばっ!」

「ガバァッ!?」


 呻き声は、続けて二つ。


「!?……ひはほいまの、っぇ……!?」

 

 介冬の頭部、前面左側に、破壊があった。

 カウンター?

 いいや、相手が手足を動かした気配すら、見えなかった。


「つぅー…!ヒハハハハいたたたた…!ひはほしかもひべはぃちべたいー!」

 

 そして、何の防御も回避も無く、顔面に打ち込まれた訅和が、顎の形が変わる程度で済んでいる、それも異常。

 と、彼女は骨を手で掴んで、一思いに元へと戻した。


「あー…!この冷気は厄介だねぃ。たぶん、ちょっとした耐性くらいなら、持ってるでしょ~?じゃないとこんなの、寒くて仕方無いからねー」


「は?はひほなにを……」


 と、顎の痛みが引いて行き、骨が徐々に、何故かは不明だが、修復していく。

 減ったポイントも、それを感知し、上昇を始めた。

 痛みに耐えながら、介冬もまた、下顎の位置を戻す。


「何を、したぁ……!?」

「手の内を明かせって、言ってますう?」

「…っ……」

「なーんちゃって。ちゃんとお教えしますぜぃ?ここに入れちゃった以上、『認識させる事』が、いっちゃん大事なんですからー」

 

 ここは、

 この、“敷地”は、

 「家」は、

 一体、如何なる能力を持つのか?

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