131.こんな程度で

「はい、分かりました、ありがとうございます」


 ニークト=悟迅・ルカイオスは、そこでシャンとのスピーカー通話を切り、教室内に再集合した、六本木、狩狼、訅和、八守に目を向けた。


「脳筋は?」

「何処にも居ないんですけど」

「こっちも収穫ナシだったよ…」

「めんごー……」

「面目無いッス………」


「そうか」


 ニークトは、歩き回りながら、頭を振って、


「聞いてた通りだ。日魅在は目を覚まさない。詠訵は少なくとも、次の試合は出られない。最悪の場合、今日はずっと、とすら考えられる。乗研は……目を離した隙に、何処かへ消えたらしい」


 その報告を、

 いや、“宣告”を落とした。


「恐らく、シャン先生への政治的攻撃だろうな。成果が上がらず、パンチャ・シャンは解任、特別指導クラスは解散、だとか、そのうち言い始める。チャンピオン経験者を学園一つ程度の権力争いで追放など、正気の沙汰じゃないがな」

「………」


 一同に、沈黙が降りる。


「あー!だっる!マジムリ」


 六本木が、それを破る。


「なんなん?トートツにここで頑張れっつって、今度は不戦敗しろっつって、そういう優柔不断なヤツ、ホント無理だわー!」

「あー、うん……」

「あーしはさ?あーしは別に良いんだけどさあ!?ここに呼ばれたのも、納得いってなかったし?解散?やった!ってくらいだし。つってもさあ!ムカつく!あー!」


 言葉にしたのは彼女だが、恐らく全員が思った事だ。

 「ムカつく」「気に入らない」「納得できない」。

 それが全て。

 理屈で崩せないから、抱えるしかないモヤモヤとした煩悶。

 彼らはそれを、解く術を持たなかった。


「いいや」

 いいや、

「いいや、まだだ!」


 ニークトは、一声上げる。


「六本木!狩狼!訅和!あと二人、そこらで臨時のパーティーメンバーを捕まえてこい!オレサマも探す!」

「な、はあ!?」


 「人数が居れば、戦う事自体は出来る!」彼はそう主張する。


「ちょっち待ってよニクっち先輩」

「何だその呼び名ァ!?」

「私達はたぶん、学園そのものから、失格を強制されそうなんだよ?協力してくれる人が居るかなあ?」

「そうだとしても、全生徒にその通達が行っているわけがない!計画を聞かされているのは、一部の協力者だけだ!そういう細かい情勢を読めない鈍い奴を、引っ張ってくればいい!」

「それこそムリっしょ!ウチら、そーとー嫌われてんからね?」

「運営もー…、許可くれないってぇー……」

「それでもだ!昨日の試合で、こちらの余裕ある戦闘力を見せる事は出来た!敗退した奴らの中には、本線に参加して、場合によっては勝利も有り得ると見れば、逆に飛びついてくるのだって居ても、おかしくはない!」


 だが、高等部では恐らく駄目だ。

 教室持ち教員には、「特指クラスに手を貸すな」、という通達が行っている可能性がある。そこで止められてしまえば、本人が望んでも参戦させられない。


 狙うなら中等部だ。

 それでも中等部主任か、担任に阻まれる可能性があるが、しかし根を張られている可能性は、幾分か薄まる。


 それでも、「幾分」なのだが。


「オレサマは納得しないぞ!この高貴なオレサマが!敗けてもないのに『敗北者』の誹りを受けるのは、我慢ならないからな!」

「そうッス!ニークト様は負けないッス!無敵ッス!ダンゼンフケツっす!」

「“完全無欠”だ八守ィ!それは寧ろオレサマを罵倒しているぞ!?」

「それッス……え!?ご、ごめんなさいッス!」

「ち、調子が変わらないねぃ~」

「つーか、どしたん?なんでそんな、やる気満々なワケ?アンタ、公式戦とかには、出て来ないタイプだったじゃん?」

 

 六本木が不思議に思うが、「オレサマの気分だ!文句あるか!」という、答えになっていない強行突破で返されてしまった。


「こうしていても埒が明かない!一先ず今日観戦に来ている奴から——」



「遅れたわね!今どんな状態?」



 突如、

 教室の扉が開かれ、

 ジュリー・ド・トロワが入室して来た。


「あれ!?トロちゃん先輩!?」

「マ!?」

「ど、どうしたのー……?」


「連絡が遅くなって御免なさい?ただ、問題は一つ片付いたわ。こちらは完璧!」


 遅刻して来たとは思えない態度で、

 彼女は胸を張った。

 



——————————————————————————————————————




「考え直しはない?」

「ええ、結論は出ました」


 ボディースーツ姿の彼女の足元で、後輩5人がノビていた。


「せ、せんぱーい……」

「やっぱりつよーい……」

「てか前より強くない……?」

「シビれるー………」

「素敵ですー……!」


「彼女達は、あれから順当に成長していました。けれど、シャン先生に教えられた私よりは、弱かった。私はどうやら、自分で思っている以上に、あのクラスに来てから、成長しています」


 それを確かめる為の、緊急の決闘だった。

 教室持ち教師の権限で、模擬戦場を開けて貰い、そこで1対5を行ったのだ。

 トロワが負けたら、大人しく今回の奸計に乗る。

 しかし彼女が勝ったら、彼女は彼女がやりたいようにやる。


「彼女達とパーティーを組むだけなら、プライベートで何時でも出来ます。けれど、何かを学び、得る事は、この学園でしか出来ない部分がある」


 誰よりも知り合う後輩達とやり合って、分かった。

 自分は、何故だか、急速に成長している。何かを手に入れて、或いは捨てて、かつての自分を飛び越えている。


「『それが何か』、少なくともそれを確かめるまでは、私はあの教室で、パンチャ・シャンの下で、学びたいと思っています。彼を失脚させるのは、最低でもそれを引き出してからです」


 そうして彼女は、何方どちら側に付くか決めた。


 今の彼女は、“トクシ”のジュリー・ド・トロワだ。


「そう……」

 

 彼女の恩師は、それを聞いて、少し考えてから、音を立てて手と手を合わせ、


「分かりました。それでは私は、本作戦への参加を取り下げ、大会への貴方の参戦も邪魔もしないと、約束しましょう」


 それを宣言した。


「え?でも先生、決闘の条件は、飽くまで私がどうするかであって、先生が大勢たいせいから脱退するまでは……」

「いいえ?私の教室に戻らない事を、貴方が貴方の意思で決めた時点で、私が彼らの手伝いをする理由も、得も無くなりました」


 「こうなるのが自然なんです」、力を抜いて、戦線離脱を決める。


「先生、私の為だけに…?」

「私は教師ですよ?生徒が不満に思う事があれば、解消してあげたいと思うのは、当然の事です。どうやら、余計なお世話だったようですけど」

「い、いえ……」


 どうしてか照れ臭くなって、目を逸らすトロワに、

 「ああ、でも」、と付け足す教師。


「貴方という素晴らしい生徒を取られた事への、個人的な腹癒はらいせがあったのも、本当なんですけどね?」


 そう言って彼女は、

 お茶目にウィンクして見せた。




——————————————————————————————————————




「——と、いうわけで、さっき先生に大方を説明しながら、こっちに向かったわけなのだけれど……聞いてなかったかしら?」

「聞いてない!」

「聞いてないねぃ」

「聞いてないッス!」

「あのオヤジ、さては驚かそうと黙ってたな!マジありえん!」

「どーどー……」

「『嘘は言ってない、伝えなかっただけだ』、とか言いそうね……」


 どうやら茶目っ気が炸裂したのは、こっちも同じだったらしい。


「それで?あなた達の話を纏めると、あと一人でも何処かから引っ張って来て、後は在る事無い事運営に向かって強弁してやれば、問題は消えるという事ね?」

「そういう事だ!」

「そういう事でいいん!?マ!?なんか雑な上にゴリゴリのゴリ押しに聞こえたんですけど!?っつーかカミザもヨミチも居ないとあーしがツッコまなきゃいけないじゃん!」

「ガンバー……」

「よぉし!私、訅和交里、愈々いよいよやる気に満ちて来たぁ!」

「ど、どうしたのかしら?テンションがおかしいわよ?」

「おかしくもなるわぃ!こうしちゃおられん!速く幼気な女子中学生を一人とっ捕まえて…!」

「ちょいちょいちょい!?失格以前に逮捕者が出かねないって!大丈夫そ!?いや聞くまでもなく大丈夫じゃなくね!?」

 

 息を吹き返した、という様子の彼らの耳に、

 開いた扉を3回、叩く音が届いた。


 シャンが戻って来たのかと思った一同が見れば、


「……乗研………」


 出入口に寄りかかっていたのは、

 このクラスの最後の一人、

 乗研竜二、その人だった。


「……参加して、やってもいい………」

「!本当か!」

「いや……」

「ぉい!なんだ!?どっちだよ!?」

 

 ガッツポーズを取ろうとして、肩透かしの勢いで転びそうになったニークト。

 彼を中心とした、その場の6人に対し、


「参加させてくれ、頼む」


 そう言って今度は、彼の方から頭を下げた。


 それは、「頼まれたからやるのではない」、そういう彼なりのケジメだった。

 この場で頼むのは、自分でなければならない、彼はそう考えたのだ。


「……よし、オレサマが許可する!とっとと入って来い!」

 

 意外な行動に、誰かが何かを言う前に、ニークトが場を纏め上げ、回し始める。


「八守ィ!」

「はいッス!」

「今何時何分だ!」

「10時8分ッス!」

「あの総長の事だ、ベスト8一回戦は終わってるだろう!後ろ倒しは無い!あと5分で公開編成を決め、ダッシュで提出するぞ!」

「よ、おーし!KとNを埋めないとだし、色々入れ替えないとねぃ!」

「おけー……!」

「あ、でもさ?その前に」


 と、そこで六本木が、


「“あれ”、やっとかない?」

「『あれ』って……『あれ』か!?今!?」

「今だからこそ、つーか、こういう時、とことんアゲといた方が、良い波に乗れる、ってゆーかー…」

「ま、いいんじゃないかねぃ?やっとこ?」

「同意ー……」


 そういう流れになり、何の事か分かっていない乗研を促し、更に八守まで参加させ、全員の右手を一つに重ねる。


「………」

「おいなんなんだ早くしろ」

「これ、前口上って誰が言うのかしら?」

「もうニークトで良いって!はよ」

「な!?言い出しっぺがだなあ!…オッホン」

「ノリノリじゃーん」

「うるさい!では、“特別獅子奮迅クラス”!略して“トクシ”!」


 役を押し付けられたニークトが、そう声を出し、


「ファイト!」


 手を押し込む!


「「「「「オー!(ッス!)」」」」」

「おー……!」

「!?お、オー……?ネーミングダサくねえか?」

「文句なら詠訵さんに言って頂戴?」

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