126.寝る子は育つ、のでとっとと寝よう part1
ミヨちゃんからの攻撃——もうあれ「攻撃」って事でいいよな?——のせいで、今一つ気が入らなかった残り二戦の見学と、その後のシャン先生による講評、彼監修のトレーニングを終え、俺は寮の部屋に戻っていた。
結局、星宿先生のクラスは敗退し、その対戦相手と、俺達は明日戦う事になった。
ススナーのみんなには、土日は確実に、もしかしたら月曜日も配信できない事を告知済みなので、この三連休は、校内大会に集中出来る。
だから今日は言われた通り早く寝よう、という決意を胸に自室の戸を開けると、中には珍しく乗研先輩が居た。
「あ、せ、先輩、どうも、こんばんは」
「………」
無言………。
こ、こわいなー……。
心では自分から歩み寄らなきゃ、って思ってるんだけど、本能が二の足を踏ませて来る。
「き、今日の戦い、見てくれてましたか…?」
「見た」
「まあ気が向いた時にでも映像を確認してみてください。みんな頑張ってましたし、結構いい感じだったんですよ」
「見た」
「だから見て頂けると嬉しいなって『見た』ぁ!?え、見てたんですか!?」
「そう言ってんだろうが、耳糞詰まってんのか?」
校内大会自体に興味ないタイプかと思っていたので、ちょっと、でもないな、かなり意外だった。
「ど、どうでした?成績的には、かなり良かったんじゃないでしょうか?」
「だろうよ。三都葉のお坊っちゃんとテメエの間に、間違いなく実力差があった。どんなノータリンが見ようと、間違いようがねえ。テメエは、強え」
「え、えへへへへ…、そ、そうですか…?」
思わぬお褒めの言葉である。
そんな直球で賞賛してくれると思ってなかったから、頬も締まりなくダルダルになってしまう。
「一安心、か?」
「え、どうしてです?大会は明日のベスト8が本番ですよ?」
「それこそ何でだよ。テメエの目的は、この学園に居ていいだけの力を示す事だろうが。今回で存在感を、クソほど見せつけてんだろ?それ以上が必要か?」
「うーん、でも、これで本当に安全圏なのか、分かんないんですよね…。なんか、体感なんですけど、要求される水準が、引くほど高い気がしますし。
それに、やれるならもっと上を目指したいです。次の対戦相手も曲者でしたし、その次にはほぼ確実に、ベラボーに強い総長が勝ち進んで来ますから」
彼女が所属するパーティーの試合は、俺達の一つ前で行われていた。
いやもう、噂に違わず強かった。
実戦経験の薄さなんて、問題にもなっていなかった。
本人としてもパーティーとしても、まだまだ余力を残してすらいた。
出来れば当たりたくない相手だが、あの強さだ。運良く最大限マッチアップを避けれたとしても、決勝まで普通に残って、結局戦う事になっただろう。
だったら、準決勝で出くわす事になっても、同じ事。そう考えよう。
それに、俺達が準決勝まで進めるのかどうか、そこからしてまだ分からないのだから。
「そんな事ほざいてるとよ、キリねえだろ。『上に上に』って登れるだけ登って、テメエが得るのは、テメエじゃ登り切れない高みがある、って現実だ。骨折り損ってのはこの事だぜ」
「何も、本当に一番上に立てるなんて、思ってねえだろ?」、念を押すように、そう聞かれた。
それは、確かにそうだ。
最強になれるなんて思っていなかったし、その認識は今も深まっている。
自分が強くなる事で、“強者”を正確に知れるようになったから。
自分では絶対に勝てない相手を、四六時中目にしているから。
でも、
「俺は最初から、『最強』っていうのには、そこまでこだわりがあるわけじゃないです」
「……なら、程々を求めりゃいいだろうが。勝てそうにない奴に勝とうとするなんてのは、馬鹿げた行いじゃねえのか?」
「ええと、そうですね……」
カンナに、命の恩人に、隣に居てくれる彼女に、そう求められたから、
というのはある。
だけど、それは言えないし、それだけじゃなくて、
「俺は、自分が出来る所まで、やりたいんです」
「……ハア?」
「元々俺は、自分が何も出来ないって、そう思ってました。だから、“人並”を目指す事が、それこそ『程々』って言うのが、生涯の望みでした」
“普通”の人間と同じように、
自分の足で立ち、
責任を取り、
社会を支える、一つになる。
「そんな俺に、一つの幸運が、それはもう、俺以外には有り得ないだろう、贅沢な奇跡が起こって、俺は『人並』に、将来の可能性を手に入れました」
それは単に、力だった。
その力があるから、
俺は金を稼げて、
勉強する合間を作れて、
明胤に編入が許されて、
成功者への道を歩めている。
「欲が出たんですよ。どこでも聞くような、つまらない話なんです」
明胤では、その「力」と、それ以外の武器が、残さず手に入る。
カンナと、この場所。
それを利用すれば、俺は「人並」以上に、
優れた、秀でた、突出した何かに、
成れるかもしれない。
「自分が恵まれてるって、それを知った俺は、じゃあそのツキを使って、自分が何に、どこまでに成れるのか、それを知りたいんです」
可能性があると言えば、何だってそうだ。
そしてその言説には、願望や間違いも含まれてしまう。
そこには意味があまりない。
だけど、実際に成ってしまえば?
「成れる」事の証明に、これ以上は無いだろ?
「8合目くらいまで登って、『この上は無理か』って思い知るのでも、途中で足を滑らせて、落っこちるのでも。そこで本当に終わりなら、その時までに成って来た物が、その道が、俺の力で、可能性です。
だから、『その時』が来たらきっと、俺は来た道を振り返って、思うんです。
『ああ、俺はこれだけの物に成れた』って」
最初から、
漏魔症をその身に受けて、それでも自力で金を得ようとした時から、
俺は欲張りだったんだろう。
「出来ない」と言われても、「じゃあどこまで出来ないのか」、それを確かめようとしてしまう。
どれだけ現実に嫌われても、
それに希望を見てしまう、
お馬鹿な奴なのだ。
「……そう、かよ」
乗研先輩は、俺の言葉を聞くと、
何故だか不機嫌になってしまった。
ちょ、ちょっと調子に乗って、自分の事ばっか、語り過ぎたか…?
「えっと、乗研先ぱ」「やはり、何度聞かれても同じだ」
我に返った俺が、慌てて話を振ろうとしても、遅かったようで、
「付き合ってらんねえ。テメエみてえな、夢見がちな、夢の中でしか生きられねえガキにはな」
「夢見がち、ですか…?」
「ああ、テメエはこの世を生きてねえ。自分のデフォルトの立ち位置を、三途の向こうに置きやがり、それを苦だとも思ってねえ。考え方が、彼岸の住人と同じ目線だ。そんな亡者によ?話す事なんか、何もねえんだ」
「テメエじゃ俺を、理解出来ねえ」、俺のどんな弁明も説得も払いのけるように、立ち上がりながら言い捨てて、彼は扉に向かった。
む、むぅん?
途中までは、良い感じだと思ったんだけど…。
何処で地雷を踏んでしまったのか。
それも分からないのだから、彼とのコミュニケーションが、微塵も通じてないのが分かる。
こうなると、今呼び止めるのも逆効果に思える。
今日の所は、その後ろ姿を、黙って見送る事にした。
なんだか少し小さくなったように見える彼は、ドアノブに手を掛けて、乱暴に押し開けたところに、
「あ、…や、やあ」
「…なんだテメエ。ここに何の用だ」
誰かと行き当たってしまったらしい。
……行き当たる?
いや、ここは不良な乗研先輩と、漏魔症な俺を押し込んでおく、隔離部屋だった筈だ。
誰かが偶然近くを通るなんて、そんな事は起こらない。
誰とも接触させないような、そういう配置をわざわざ組んでいるんだから、よっぽど建物に慣れてないか、方向音痴でなければ、その意思が無い人間が、ここまで足を踏み入れる訳が無い。
気になった俺は、乗研先輩の脇から、こっそり覗いてみる。
蛍光管で照らされた、部屋の前の廊下に、2人で立っていた内の一人は、
「あ、えっと、
「やあ、カミザ君。こうして言葉を交わすのは、君の入寮以来かな?」
驚いた。
あの寮長だ。
いつぞやは、他の多くの人と同じく、如何にも「話し掛けないで下さい」オーラの使い手、といった様子に見えたが、
今の彼からは、そういう空気を感じない。
申し訳なさそう、と言うか、バツが悪そう、と言うか。
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