125. 明日まで持たんのだけど

 更衣室で着替えた後に、訅和さんや八守君も交えて、いつもの教室に集合。

 シャン先生のお言葉を聞く時間となった。


「よおし、お前ら!よくやった!いや、いい試合だった!」


「はい先生!ありがとうございます!」

「カミっちに尻尾が見えるような気がするねぃ」

「お疲れ様です~」

「ハッハッハ!何も驚く事はありません!我々が敗れるなど、最初から有り得ない話でした!」

「さすがッス!ニークト様!丹本一!“ソクシブソー”ッス!」

「“国士無双”だ八守ィ!」

「小粒を一つ二つ潰した程度で、キャンキャン威張らないで頂戴?まあ?私が相手してたのも?取るに足らない相手だったのだけれど?」

「ろくぴー、目がショボるんだけどー……」

「よしよし、ムー子頑張った。優勝」


「お前ら…。仮にも教師に返事するのが、8分の2ってのはどういう了見だ?」


 多分「仮にも」って自称しちゃう優しい部分が原因だと思います。

 でも先生、そんな先生も俺は好きです。


「まあいいか。お前らー。今日はこの後、お前らの明日の対戦相手の戦い方を見て、それからざっくりと作戦会議。その後は自由だが、今夜はすぐに寝ろよー」

「だっっっる…。小学生じゃないんですけど」

「今スヤっちゃダメー……?」


 ギャル二人がすっごい不満層にしている。

 内訳で言うと、夜更かししたいらしい方と、今からでも寝たい方だから、真逆なんだけど。


「対策はしておくに越した事はねえぞ?今日の試合内容が異様に良かったのも、向こうの過半数の能力が割れていたからだ。だから観戦も、授業を受ける気で臨め」


「えー……」


「で、やる事やった後は、すぐ寝るに限る。てめえら丹本生まれは、睡眠を馬鹿にし過ぎだ。あれにもこれにも手を出して、睡眠時間を削りゃあ帳尻合わせになると思ってやがる。

 だが行っとくぞ?一日最低8時間は寝てねえと、睡眠不足だ。で、睡眠不足は脳の活動も心身の発育も健全な精神も、全てを嬲り殺しちまう。寝る間を惜しむなんて早死にの始まりだ。しかも翌日のパフォーマンスまで犠牲にしてると来た。徹夜ってのはお前が使える時間を、逆にドブに捨てるのと同じだぜ?

 百害あって一利もねえ!寝ろ!」

「いや8時間は盛り過ぎっしょ」

「お前だって、俺の授業の時、眠そうにしてんだろ?あれだって立派な睡眠不足の症状だ」

「え!?あれって、胃に血が行くからじゃないんですか!?」

「陽州で授業中居眠りでもしてみろ?救急車呼ばれんぞ」


 へ、へぇぇええ?

 当たり前のように受け入れてたけど、そんなに深刻な……ん?あれ?でも俺、最近はあの状態になってないな?


(((脳を含めた全身を、無駄なく活用させてますからね。それこそ、起きていられない程に)))

(あ、そっか)


 考えてみれば、カンナと出逢ってからこっち、夜眠れない事なんて、ほとんど無かった。

 振り返ると受験期ですら、8時間は寝てた気がする。

 いつもの悪夢は、実際には数秒と経ってないのだろうし。


(あ、もしかして、夢の中で毎晩ボコってくるのも、脳の余力を奪って、完全に休眠状態にする為に?)

(((はい。全ては、実利有っての事)))

(………いや、絶対、趣味も入ってるだろ)

(((あれ、私が優しく、寝かしつけて差し上げているのに、何処に不満が?)))

(「優しく」の基準が人類じゃねえんだよ)

 

 という認識の相違はさておき、流石はカンナ、なんとなく聞こえの良い根性論でなく、必要な負荷と休息のバランスを、心得ている。

 正直もっと適当と言うか、気分で決めてると思ってた。ゴメン。


「詳しい評価は後から纏めて聞かせてやる。今は観戦準備に入れー。明日の敵を知り、この先も向き合う事になる、ライバルを知れ」


 パンパン手を叩くシャン先生に言われ、俺は手元のスポーツドリンク——八守君が提案して、訅和さんと二人で買ってきてくれてた。運動部のマネージャーかな?——を一口飲んでから、端末を起動した。


「どれどれ~」

「………」

「ん?どうしたのススム君?」

「………ィャア?」

「そう?なら良いや。ほらほら、早くアクセスしちゃって?」

「…?…?…???」


 あれ、これをおかしいと思ってるの、俺だけ?


「……あなた、自分の端末は?」


 あ、トロワ先輩、ご指摘ありがとうございます。

 そうですよね、変ですよね。

 ミヨちゃんが俺の横にピッタリくっ付いて、俺の端末覗き込んでくるの、不自然ですよね。見るにしても、訅和さんの端末ですよね。

 あなたの言葉にこんなに安心感を覚えたの、初めてかもしれません。


「ありますよ?でも今は、ススム君に見せて貰ってるんです」

「……あ、…そう………」


 ああ待って!

 トロワ先輩、諦めないでください!

 いつも見たいに食い下がってくださいよ!

 絶対おかしいですってコレ!


「あ、ススム君!次は星宿先生の所が戦うみたいだよ?」

「え?あ、ほんとだ」


 高等部生中心、偶に中等部生、一人だけ例外で初等部生も入った6~12人のパーティーが、全16チーム。

 シードが発生しないこの「16」という数字が、毎年変わらないように、高等部で担当教室を持つ教師16人が、それぞれのパーティーメンバーを決めるようになっている。

 そうなると指名されるのは、当然彼らが一番良く知る、自分の教え子の中での生え抜き。

 

 この校内大会は、高等部教室同士の戦争、といった側面も持つらしい。

 あまりに不甲斐ない結果を見せると、教室存続の危機。つまり、別の教員に取って代わられたりする。


 教師側も教師側で、かなり熱心に挑んでいるイベントなのだ。


 ………シャン先生、よくミヨちゃんとトロワ先輩を引き抜けましたね?多分、相当恨まれたんじゃないですか?

 「特別指導クラス」って、毎回一回戦で大負けする泥船で、権力も旨みもないから、誰も担当になりたがらないって聞きましたけど?

 そんな無理まで可能とする「元チャンピオン」の肩書でも、俺を学園に残すのって、るかるかの大仕事になるんですか?


「頑張って欲しいねー?」

「う、ウンソウダネ」


 駄目だー!

 ミヨちゃんに話し掛けられると現実に引き戻されるー!

 だって!だって密着してるんだもん!

 腕がぶつかるとかじゃあなくて、

 肩と肩がピトッて!

 いやもう内側に食い込んでるなあ!?

 着替え終わって夏制服の状態で、俺が持ってる端末を覗こうと身を乗り出すから、腰と脚の横も触れてるし、腕は肌と肌が直接だから生暖かさがそのまま来るし、目の前にきめの細かい粒子で出来てるようなうなじがあるし!

 や、やめるんだ日魅在進………。

 ここで深く鼻呼吸は、流石にキモ過ぎる。

 息を止めろ。

 試合の間中、その香ばしい香りを肺に入れるな。

 え?まだ試合が始まってすらいない?

 お願いー!早くしてー!

 ………え?「香ばしい」?

 なんで、知って?

 まさか、俺は、知らないうちに、嗅いで「うぎゃああ!」「ススム君!?」

 俺はそのまま横倒れ、机の端にまでジリジリ逃げてたせいで、床に転がり落ちた!


「え、だ、大丈夫?」

「だ、ダメかもしれない」

「え!?」

「ご、ごめんミヨちゃん。この体勢だと、俺が落ちるから、ミヨちゃんの端末で見ててもらってもいいかな?」

「あ、そうだよね?寄りかかっちゃうと、危ないね?ごめんね?」

「ううん!?全然!?」

 

 俺としてはありがたい事この上無いが、しかしミヨちゃんをこれ以上、自分の汚い欲望の餌食には出来なかった。

 彼女は意識せず、普通の友達として接してくれているのに、俺がヨコシマなばっかりに……。何度目かの申し訳なさ。


「……ねえ、ススム君、ちょっとこっち見て?」

「うん?どうしたの?」


 呼ばれたので顔を向けると、両肘を付いて、組んだ手に頭を斜めに載せ、「流し目」とでも表現するべき、意味深長な瞳を合わせて、

 

 周りの誰にも聞こえない、

 隙間風のような声で、


「カンナちゃんと、どっちが良い匂いだったかな?」


 「ヴゑ゛?」という声と共に、俺の全身が、出所不明な滝汗でビショ濡れになる。


「フフ、なんてね?じょーだん」


 彼女はその一言で、いつもの元気なミヨちゃんに戻り、チラッと俺の背後に目を移した後、すぐに席を立ち、定位置である、訅和さんの居る机にまで戻って行った。


「………」


 俺は自分の後ろで浮いているカンナに振り向いて、視線だけで解説を求めるが、彼女は何がそこまでツボだったのか、笑いが止まらないようだった。


 俺の顔の動きを、自分の様子を窺っているのだと、勘違いしたトロワ先輩が、


「私は邪魔をしないから、イチャつくのならご勝手にどうぞ」


 と言って、そのまま端末に向かってしまった。


 いや、あの、

 助けて欲しいんですけど。

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