124.見てる方は気楽なもんで……あれ、そうでもない?

「素晴らしい!素晴らしいですなあ!」

「は、はあ……」

「最近の三都葉は結構やるって聞いてたんだが、それを実質ノーダメージで完封するか。中々じゃねーか?」

「ランク6~7フルメンバー相手に、一人で圧倒したエカト様と比べれば見劣りしますが、ローマンと言う事を考慮に入れれば快挙ですね!」

「漏魔症罹患者をここまで!この学園は素晴らしいですなあ!夢があります!」

「い、いえいえ、あははは……」


 壱萬丈目の肚に溜った心配事の上に、新たに「三都葉家からの心証」、という項目が堆積した。

 これで支援金を減額された場合、責任はパンチャ・シャンが取ってくれるのか?それとも自分にまで累が及ぶのか?


 Pポーンの支援ありきとは言え、懇意にしていた御三家から預けられた生徒が、ディーパー界の最高峰の見る前で、漏魔症罹患者に正面から敗北した。教頭には詳しくは分からないが、チャンピオン連中から見ていても、実力者による文句無しの快勝。

 訳が分からなかった。

 夢でも見ているような気分だった。

 確かに、確かに彼は、日魅在少年の、それなりの活躍を希望した。

 何故なら彼が何の成長も無かった場合、彼を高等部に編入させた、明胤学園の面目が立たないからだ。

 パンチャ・シャンを追い出せるのは願ったり叶ったりだが、明胤の看板まで巻き添えを食うのは宜しくない。あの男が失脚するにしても、こんな名だたる重鎮の攻撃によって、爆死するというシナリオは望ましくない。


 だからこの場では、目を付けられない程度に、「ああなんか、良くなってるかもなあ」、くらいに思わてくれる事を、心の中で求めていた。

 そしてこの場はそれで終わり、後々誰もが忘れた辺りで、「日魅在進も結局微妙に終わったな」、くらいの評価で落ち着く。それが一番穏便。


 その平和な道が、三都葉への圧勝という台風で、寸断されてしまった。


 「なんてことを」、

 口に出す気はないが、正直彼は、そう思っている。

 ただでさえ、敵が多く、明胤に流れ弾が飛びかねない立ち位置。

 今は一つでも、敵対可能性を潰す為、関わらないでいるが良いのに、


「………」

「………」


 そうら見ろ、彼は冷や汗を流す。


「し、司祭様、これはその、能力の相性というものがありまして、決してその、どのランク6相手でも、彼が同じパフォーマンスを発揮できるわけでは……」


「そうなのですか?壱萬丈目様」

「確認しても?壱萬丈目様」

「彼は明日も戦いますか?」

「華々しく彩られますか?」


「ど、どうでしょうか……?へ、編成は、各試合の30分前に最終決定となりますので………」


「構いません」

「監視するまでです」

「“汝、隣人を愛せよ”、じゃなかったっけ?お二人さん?」


 平坦な口調に不愉快を滲ませる司祭二人に、よせばいいのに吾妻が絡む。

 

「『隣人』とは我らの思い遣り」

「『盗人』とは災厄そのもの」

「ローマンは、『盗人』、ってか?」


『じゃあ、“汝、敵を愛せよ”っていうのは、どうなるのかな?』


 部屋中の視線が巫女に向く。

 本人は小さくなるが、手の中のタブレットから聞こえる男の声は、低く落ち着いて問いを続ける。


『もう少し彼らに、優しくしてあげても、いいんじゃないかな?君達の、“無償の愛”で』

「いつの間に起きてたんだよ、おっさん」

「『愛』とは我らが父の物です」

「『愛』とは『在る』事への許しです」

 

 この世で「愛」を受けられぬ者は、無償無限の慈悲からもあぶれた、存在してはならない背教。


「そうだねぇ?あってはいけないねえ?」


 「だからこそ僕は、君達が大好きサ」、ヴァークが底知らぬ笑みを引く。



 これだ。

 これが恐ろしいのだ。

 神からの愛、人類と弱者の救済。

 それらを掲げる救教会と、絶望的に相性が悪い概念がある。


 なにあろう、漏魔症である。

 

 彼らにとって、ダンジョンは神からの罰、試練、そして天恵。

 それらを受け取れぬ漏魔症は、神から赦されぬ罪人として、烙印を押された証である。

 それが彼らの解釈だった。


 三都葉家については、教えを浸透させる為に、この国を調べて来た彼らなら、ある程度の事前知識を持っている筈。

 そして明胤学園が、潜行国家丹本にとって、主要臓器の一つである事も、知らないわけがない。


 ここに漏魔症を迎え入れるという事は、これから国を挙げて漏魔症保護に本腰を入れるのか、などと睨まれても仕方のない決断。


 ただでさえ、救教の教化が及んでいないこの国が、漏魔症罹患者達の受け皿のように見られ、不法入国が絶えない現状。教会側からすれば、悪人を匿って何かを企んでいる、そう勘繰るに足るだけの根拠が、揃ってしまっているのである。


 そこに、今日の、これだ。

 その国の主要貴族的立ち位置の一族、継承魔法を発現させた少年が、この大舞台で漏魔症に敗北。

 はかりごとの前段階。意図ある八百長、パフォーマンス。

 彼らの中で、そういう疑惑が膨らむ。


 だが、学園長からすると、「そんな事言われても…」、と目を伏せるしかない。

 審問されたところで、彼にだって、何が起こっているのか、説明できないのだ。



『しかし、魔力が使えるという事は、彼らもダンジョンから』「そ、それで言いましたらルカイオス様!」


 長期化して欲しくない議論が広がりそうだったので、学園長は目ぼしい話題に飛びついた。


「お、弟ぎみはどうでしょう?我が学園にお任せ頂いてから、様々な経験を積みまして、現在ではあの時分よりも随分と——」


「見苦しい」


 音を立てずにカップを置いたメナロは、アリーナを見ながら一言刺した。

 壱萬丈目は、「ヒュッ」、と喉を詰まらせる。


「は、あの」

「申し訳ございません、壱萬丈目様。あれの母方の故国で、ディーパーの育成にも一家言いっかげんあるこの国でなら、あれも心を入れ替えるかと、そう思っておりましたが」


 「あれは、それでも救いようのない、不肖の愚弟、だったようです」、腹違いの弟について、愛情も憎悪も見せていない。


「四つ足を付いて、獣返り。我らルカイオス現当主、さかえあるオーンの息子達の中で、唯一神話を感得出来ぬ、不純な雑種の落ちこぼれ」

 

 興味を持てない「動物」が、家系図内に居座っていることを、なんだか煙たく思っているだけ。


「一族の恥部たるを引き取って頂き、そればかりか、最低限の体面を維持できるくらいの、ささやかな権威まで御貸し下さる。この学園の、延いては貴国の御厚意と慈悲深さに、わたくし大変、感じ入っております。あのような、見込みの無い出涸らしすらも、重用じゅうようする程の、広き御優しさ」


 慇懃無礼の現身うつしみたる男は、

 ハイティースタンドからクッキーを取り、


御厚情ごこうじょう、誠に拝謝はいしゃ申し上げます」


 咀嚼しながら、

 粘り付く音も出さず、


「心から、ね」


 器用にそう言ってのけた。

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