126.寝る子は育つ、のでとっとと寝よう part2
「ノリド君も、久しぶりだね」
「は、ノリド『くん』だあ?そういうガラじゃあ、ねえだろうが。テメエはよ?」
「君の立場で、僕を嫌うのも分かる。すまない」
「へーへー、うるせーうるせー」
乗研先輩は、グイと寮長を押し退けて、寮の出口へ向かってしまう。
「何処へ行くのかな?もう直に、施錠時間になるよ」
「いつも通りだ。分かるだろ?」
俺は部屋から顔だけ出して、乗研先輩が本当に外出してしまったのを確認した後、万先輩に改めて顔を向ける。
「あの、それで、先輩は、どうしてここに?」
「ああ、すまない。個人的に、君と話したいと、そう思ってね」
「話、ですか?」
「そうだ。まず最初に——」
先輩はそこで頭を下げる。
「すまなかった。君の事を、一方的に悪者扱いして、謂れなき中傷と冷遇を浴びせてしまった」
「あ、ああ、いいえ、その、僕は慣れてますから、そんなに重く受け止めなくても……」
「いいや、これは僕の寮全体の問題で、乃ち僕の責任だ。深く謝罪する」
謝る方にしろ、謝られる方にしろ、
何回経験しても、慣れないものである。
「せ、先輩、こんな廊下の真ん中でする話じゃないですし、良ければ上がって行きます?」
「君に異存が無ければ、そうさせて頂きたい」
「どうぞどうぞ、お好きなだけ」
先輩は遠慮しているものの、嫌がっている様子は見せず、提案されるがまま、部屋に入って来た。
もう一人の、これまたヤンチャしてそうな、薄赤く染まった、雫型?の髪の生徒も、ペコリとお辞儀をして後に続く。
色合いとかピアスとか、一見で抱いた粗暴な印象は、人懐っこい表情と、礼儀の正しさから、すぐに拭い去られた。
「どうぞベッドでも椅子でも、お掛けいただいて。と言うかその方が、僕も話しやすくて、助かると言いますか…」
「そうか…。君がそれを望むなら、そうさせて貰うよ」
という訳で、室内に備え付けてあった勉強机、その椅子に二人が座り、俺は自分のベッドに腰掛けた。
「まずは改めて、謝罪させて欲しい。本当に、申し訳なかった」
「ごめんなさい」
「えー……と……」
彼らなりの誠意なので、受け止めるのだが、尻の据わりの悪さが、それで消えるわけでもなくて。
「君を疎外すると言うのは、寮生の、若しかしたらこの学園の生徒の、総意だった。僕は寮長だから、その意に従う、という事を言い訳に、自分の中にある偏見とも向き合わず、その時流に乗ってしまった。愚かな事をしたと思う」
「えっと、あの、俺ッチもっす。あ、中等部2年、
「勝手な申し出だと言う事も、分かっているよ。許してくれとは言わない。ただ、明日の試合で、君と戦う事になったら、僕達は相手を一人の戦士として認め、強敵のつもりで挑む。それを、約束させて欲しい」
あー、なんか、分かった。
多分、彼らは、俺が弱いのに編入して来た、その事への反発が大きかったタイプなのだろう。
漏魔症うんぬんより、実力不足がズルをしている、そっちに憤りを感じ、排斥の空気に加担した。
だけど、俺が三都葉先輩を倒して、ある程度の実力者だと、認めるに至った。
そして俺と彼らは、明日の対戦相手同士。
学園生としての強さに、誇りを持っている人達だ。俺を馬鹿にしたまま、油断して掛かり、真剣勝負をしない。そう思われるのが、心外だったのだろうか。
もっと単純に、相手の強さを過小評価する、それが流儀に反したのか。
だから、こうしてわざわざ、俺に謝罪して、認識の改めたと報告しに来た。
今の時代に、武士みたいな考え方する人達だ。
「カミザセンパイ、マジパないっすよ!あのミツバ一族を、あんなにボッコボコにするんすから!ツーカイっした!俺ッチ、あれ見てた時、『スゲーヒトが現れた』っつって、ワクワクして、震えと笑いが止まらなかったっすから!」
「そ、そう?なんだあ…?」
ヤバイ。
自己肯定感が少しずつ満ちていく。
調子乗っちゃう。
俺もニヤつきが止められない。
「どうだろう?僕達の覚悟を、分かってくれるだろうか?」
「ととと…、つまり、明日は何の憂いも無く、全力でぶつかり合いたい、って事ですよね?」
「その通り。重ねて言うけれども、これまでの仕打ちを経た上で、怨敵でなく競争相手であってくれと君に頼むのは、身勝手そのものであると承知はしているし」「それなら」
俺も重ねて言うけど、
「俺だって、そっちの方がいいです。冷たい目で見られたとか、攻撃的な言葉をぶつけられたとか、そういう事を、掘り返すつもりはないです。面倒ですし、俺も嫌な思いをするのが、分かってますから」
と、言う訳だから、
「これから、ライバルとして、切磋琢磨していく、って言うのは、こっちからお願いしたいくらいです。敵じゃなくて、同じ明胤生として、一緒に強くなる仲間として、良い関係を築けるなら、それ以上に望むところなんて、無いと思ってます」
「そうか…」
万先輩は、そこで大きく一呼吸を入れ、
「そう、か……」
肩の荷が下りたように、顔の力を弛緩させ、
「ありがとう……」
そう言いながら、右手を差し出した。
「いえ、こちらこそ。こうやってお話出来て、嬉しかったです」
俺はその手を握り返し、明日に向けての意気を、心の中で燃やすのだった。
その後、2人と少しだけ、話をした。
それぞれの授業がどんな感じとか、学園に来てから困っている事は無いかとか、普通の学生がするような、世間話だ。
敵意には、敵意が返って来る。
俺は今まで、何でも十把一絡げに、憎しみというカテゴリーに括ってきたのだと、それをまた思い知らされる。
彼らの中には、本当に俺を滅ぼしたいわけでなく、巡り合わせや嚙み合わせが悪かった、それだけの人だって沢山居るのだ。
そういう事を忘れず、一人ずつと向かい合う。
それが俺にとっての、成長なんだと思う。
帰り際、互いの明日の健闘を、約束し合った。
「僕達が出るかはまだ言えないが、どちらにしろ、僕の教室は全力で戦うよ。後ろめたさで、矛を鈍らせたりもしない」
「俺のパーティーも、ちょっとやそっとじゃ負けません。覚悟しといてください」
「それじゃ、おやすみっす。カミザセンパイも、明日に備えて、グッスリ寝るッス!」
前歯がキラッと光るような、元気で爽やかな笑顔で、そう言われ、
「そうさせて貰うよ」
俺も自信満々に、不敵に見えるよう答えて見せた。
こうやって、かつてはギスギスしてた相手と、笑い合って「また明日」を言える。
素晴らしい事だと、じんわり思った。
その日は、その出来事のお蔭か、
布団に入ってすぐ、ぐっすりと熟睡出来た。
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