119.予想できた誤算 part2
スモークは、前衛と後衛を分かちつつ、目潰しに
敵の
あの煙の内なら、自分や味方は自由に動け、大気の流れを自在に操れる、といった所か。
先行する二人が抜け出て行くのは敢えて無視して、味方のNポジションを範囲内に迎え入れ、無敵のキルゾーンの中でニークトを襲撃する。魔力に満ちている為に、魔力探知ですら、見通せないようになっているのだろう。
非常勤のオットー・エイティットが、似た魔法を使う。
向こうはこれより遥かに凶悪だが、しかし彼の指導を受けて、効果をより発展させただろう事は、想像に難くない。
彼女は端末を操作し、相手
学園内クローズドネットワークによって、職員や生徒だけが閲覧できる物だ。
白い煙——画面越しな為、魔力そのものは見えない——が高速で流れる、フライト中の飛行機の先頭カメラみたいな
狼の、広い背が見えた。
剣を抜く。青く光る。Nポジションの中ではポピュラーな、熱やエネルギーを武器に
彼の場合、一定以上の長さ、或いは深さの傷を作れば、追加のエネルギー発散、つまり爆発があるのだったか。
ニークトは先鋒2名を見失っている。
こっちを見ていない、無防備な背後から、斬り掛かる。
そういうつもりだったのだろうが、
「あっ!」と八守の驚く声。
直剣に近い片刃が、その背中に触れるか否かというその時、肉の一部が盛り上がり、谷を作り、そこに生えて来た爪と牙で腕ごと挟まれ、ガッチリと捕まえられていた。
それらを好きな所から生やせるのは、知っていた筈だ。ニークトは学園内では有名で、その戦闘映像も豊富にあるのだから。
しかし、その探知能力の高さに、気付けていない者は、実は多い。
日魅在進に関しても、実際に戦ってみて、初めて知ったらしいぐらいだ。
視界と魔力を誤魔化すだけでは、逃れられない、という事を。
ニークトが礼でもするように上体を前に倒す。なんだか似合わない動きで、訅和は笑ってしまった。剣を手放すのが遅れた
前の地面に手を着いていたらしいニークトは、掴んだ相手ごと前転し、視点の主を地面に背中から叩きつける。
「し、しまってるッス!」
そう、首を絞め上げている。
ポイントに関係なく、手早く脱落させる方法が、それだからだ。
押え込みの寝技は完全に
「で、でも、もう一人いるッス!」
「そうだね?先輩、このまま絞め技を続けてたら——」
言いながら、視点映像を切り替える。
けれど最早、“待ち”の姿勢は許されなくなった。
一歩でも遅れたら、相方が落ちて、1対1だ。
流石にそれでニークトに勝つ自信は無かったのか、探知されている事を承知で、身動きが取れない今を最後のチャンスと、ナイフ片手に向かって来た。
狙うは上半身。
牙が剣の固定に回されて、守りが脆くなっているであろう、頭部。
彼女が
「ああっ!」
「んーん?深過ぎるねぃ」
模擬戦用の、素の状態では切れ味など無い武具だ。
身体強化があるとは言え、彼女の実力と魔法能力では、そこに頭が入っていたら、そんなに深くは刺し込めない。
つまりそこは空っぽで、
顎が閉じ、残っていた牙が手を縫い留める。
そこに狼の胸を割って、中から起き上がるニークト。
その手には鞘に収まったシミター。内側に一緒に入れていたのか。
噛まれている手を支点として蹴りが打たれるが、それを太い左手で防ぎ、その間にも片手で器用に抜刀。
ニークトは曲がった刃をカメラ目掛けて突き出
すと見せて僅かに持ち上げ彼の頭を狙った長距離射撃の弾道に割り込み、それを防いだ。
「ウワッ」
「??えっ、今のなんなんスか?」
「なんなんだろうね……」
解説不可能。
いや、何が起こったのかは分かる。
それに対しニークトは、どの部位を狙われるかまで完璧に読み切り、「目の前の敵を攻撃する振り」という工夫まで挟んで、防いでしまった。もしかしたら、頭部意外ならダメージを許容する、くらいの思い切りが、あったのかもしれないが。
見ているだけの立場故、真剣みが足りないから、だろうが、訅和では今の狙撃を、読めなかった。
この不意撃ちに対応されたせいで、瞬きの間、敵の威が失せ、明らかに呆然とした間があった。
その喉目掛けて大きな左拳が鋭く掛かり、虚を突かれ逃げようと腰を引いてしまったそいつの首根っこを掴み寄せ、胸に刃を刺し入れた。
視点主である生徒をモニターしているパラメーターが、今の一撃のダメージ評価をしてくれる。
魔法や魔力によるガードは間に合わなかったか、或いは大して用を為さず突破されて、防刃スーツも破られ、心臓に一突き、真剣なら届いている。
傷や
ホイッスルのような電子音と共に、彼女の全身がロックされる。このカメラでは見えないが、首のライトが緑点灯から、赤点滅に変わっている筈だ。
ニークトは丸い大岩のように毛皮から転がり出て、援護の第二射を躱す。
そう、「毛皮から出た」のだ。だが
よくよく考えれば、毛皮から自立制御の狼を出せるのだから、中身の詰まった下半身に、状態を維持して貰うくらいは、籠めた魔力が続く限りは可能。なんて言うより、あの鎧も眷属的な物、と考えた方が分かり易いか。
と、その
ニークトの視点を出すと、今は木陰に身を潜め、簡易詠唱で再度鎧を纏った後、本陣に連絡を入れながら、狼2匹を生み出して放している。
数拍待ってから剣の柄を咥えて、四足走行で眷属の後を追い始めた。
術者が消えた煙も、空気の循環によって、自然と晴れつつある。
ここからは、予定通りの試合運びとなるだろう。
同じく観戦していた周りの生徒達が、異様に浮足立ち始めた。
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