118.ドキドキワクワクの第一回戦

「『使徒』『使徒』『使徒』………画数が多い!掌が足りねえ!」

「『人』だ馬鹿!『使徒』を呑む奴があるかよ!『人』を呑めよ!」

「『人を呑め』、っていう言葉がもうなんか面白いですけどね…」

「男子ぃ?いつまでもバカやってんなー?チルっとけー?」

「ろくぴー…、僕のコスメ、知らないー…?」

「緊張が過ぎる人と、足りてない人が居るわね…。足して割れないかしら?」


 模擬戦用センサー突きボディースーツに着替え、更衣室から出て、入場ゲート前で待機中。

 ゲートデカいな……。魔法とか身体強化のせいか、シャン先生みたいに肉体の発達がとんでもない人も居るもんな……。


 一回の試合で、6人までしか出れない為、訅和さんは、今回は待機枠だ。

 乗研先輩は、結局現れなかった。シャン先生が、生徒会の大会運営委員に、パーティー登録自体は申請しているらしく、後から合流すれば、出れるとの事だった。


 俺はと言えば、人の心配どころじゃなく、ソワソワが止まらなかった。

 チーム戦とか、大会とか、保育園の運動会以来だ。つまり経験ゼロも同然。知らない緊張感に、戸惑う事しか出来ないでいる。


「幸い、今回戦う相手は、大した敵じゃあないわ。余裕も余裕ね。一回戦なんて、こんなもの、と言えばそれまででしょうけど。それじゃあ、2分で終わらせましょう?」

「ハッハッハ!雑魚ばかりだ!オレサマなら一人でも勝てるぞ!」

「造作も無い、とはこの事ね。勝つ未来しか見えない。いえ、負ける方が難しいわ」

「お前らは寝ていても問題ない!大船に乗ったつもりでいろ!」

「まさに今、先輩方のお言葉を聞いて、不安になりました」

「「何故(だ)!?」」

「どう聞いても負けフラグだからですよぉ!これからボコボコにされる奴のセリフをコンプリートする気ですか!?」

「フン!『負けフラグ』ぅ?下らないなあ!」


 その発言も怖いんですけど!?


「そんなモノ、負けた奴が言ったから、そう呼ばれるだけだ!勝利者たるオレサマが言うなら、それこそが『勝利の旗印はたじるし』となるだろうが!」

「始まる前から勝った気でいるのが怖いって言ってるんです…」

「正しい戦力分析の結果だ!それに、過剰に臆病よりはマシだろ!」


 この人はホント、人を説得するのには向かないのに、口先から生まれたみたいに、小理屈こりくつはポンポン出て来る。

 ニークト先輩にはエンジン全開でやって貰って、横にミヨちゃんを置いといたら、大抵の交渉は上手くいきそうだな。「良い警官、悪い警官」、みたいな。


「あ、準備が終わったみたいだね」

 

 ミヨちゃんの言葉に続くように、階段前のゲートが開き、職員さんからのGOサインが出た。

 

 前の試合が終わってから、30分以上。毎回アリーナの地形設定を変えてるから、会場設営には時間が要る。


 ちなみにさっきの戦いでは、誰かが気絶したり、重傷を負ったりは、しなかったようだ。

 いや、まあ、5割カットの公式ギャンバールールでそんな事になるの、余程レベルが高くないと、見ないからね…。ぶっ倒れるのが癖になりつつある、俺がおかしいだけで。


「じゃ、最後にもう一度、やっときますよ!」

「無駄な一手間……」

「くっ、Kキングはお前だ…!従おう…!」

「なんで先輩は凌辱2秒前の姫騎士みたいになってんですか」

「はいはい、ちゃちゃっと済ませんべ?」

「りょー……」


 一人ずつ右手を重ねていき、最後に一番上に乗っけたミヨちゃんが、


「“特別獅子奮迅クラス”!略して“トクシ”!」


 そう叫んで、


「ふぁいとー!」


 手を押し込む!


「「オー!」」

「「「オー……」」」

「…おー………」


 あの、君達?もうちょっと声を張ったりとか、タイミングを合わせようって気概は?

 無い?

 あ、そう………。


「思うのだけれど、ネーミングまで、彼女の言いなりになる必要、無かったわよね?」

「別に公式に名乗るわけでもないだろ。流せ」

「ええ?可愛くないですか?ススム君もそう思うでしょ?」

「最高の名前だろうが!」

「エモ………」

「マ?ムー子、そっち側?」

 

 馬鹿な会話をしていたからか、意外とすんなり足が上がった。

 階段を上った先に、もう一つゲートがあり、そこからアリーナ内に入る。

 フルメンバー同士の対戦という事もあり、いつものように小さく区分けされず、端から端まで200m以上ある、長方形型になっている。

 今そこに、山中に迷い込んだような、地面が傾いた雑木林が生み出されていた。

 

 どのような地形になるかは、こうやって直接見るまでに、知る方法は無い。一応、対称形になるという事だけは、確実なのだが。


 編入試験の時とは違い、観戦席が埋まっている。

 その中には誰かを応援したり、或いは罵倒しに来た人間もいる。

 だけど、決闘の時とも違う。


 前の試合を見るついでに、または、次の試合を見るまでの暇つぶしに、そういう理由で、席を埋めている人も居て、

 強くなる為に、他より抜きん出る為に、何かを得ようと、血眼になる人が居て、

 学園の外から、国の未来を占おうと、魔法の可能性を見つけようと、食い入るように見定める人達が居て、


 だから、沢山の人の気配が、それらから発する人いきれのうねりが、こんなにも強い熱気となって、


 充満している。


 満ち満ちている。


 俺を罵る言葉が、混ざっているのかもしれないが、分かりっこない。

 声も拍手も足音も、渾然一体の嵐になっている。より分けて聴き取る、なんて不可能。

 設備等の都合上、スタジアムのように見えても、観客席は小さめに作ってある。

 それで、この熱量。


 俺は、

 直接的な視線が束ねられれば、形を得る程の力を持つ事を、

 最近慣れ始めた「何万」という数字が、途方もなく巨大である事を、

 その場に立って、

 やっと理解した。


 俺は——


——心臓が、うるさい。


 これは、

 この感じは、

 今俺は、

 恐れているのだけれど、

 圧倒されているのだけど、


(((楽しそうですね?ススムくん)))

 

 知らないうちに、俺の口が、

 緩くカーブを描いていた。


 カンナには、そう見える?


 じゃあきっと俺は、

 

 ワクワク、してるんだろうなあ………。

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