117.この学園、今から吹き飛んだりしない? part2

 壱萬丈目の五臓六腑が、裏返るような痛みを訴えていた。

 この一室に、世界最高戦力10名の内、4名が居る。

 部下を派遣して、間接的に見に来た者を入れれば、ほぼ全員の目がここに在る。

 何か粗相をすれば、それだけで国際問題。

 彼が何もしなくても、今見たように勝手に喧嘩されては、どうしようもありはしない。

 彼らを止める程の力を持たない彼は、万が一が起これば、巻き添えで莫大な損害と責任を被り、進退両難に陥ることだろう。


 そういった社会的、国政的な立場を抜きにしても、


 今のこの場所、この空間は、

 ダンジョンを除いたこの国で、最も命が軽い場所なのではないか?

 そう思わせる、重圧感がある。


 マフィア同士で銃を抜いての話し合いテーブル。

 腹を空かせた肉食獣の放し飼いスペース。


 誇張でなく、それらと同程度の、或いはそれ以上の、瀕死を、臨死を感じている。


 この場の誰かの気が触れて、凶事や凶行が起こってしまえば、


 シンプルに、生きていられる自信が無い。

 一応、同じ学園勢力で、チャンピオンの一人である、理事長の正村まさむら十兵衛じゅうべえが、すぐ傍に座っている。彼は、悪人ではない。責任感も、少々重過ぎるくらいには、強い。故に、“その時”が来てしまったら、隣席で座している八志と共に、学園長を守ってくれるだろう事は、想像に難くない。


 それでも、


 チャンピオンとランク9の盾があろうとも、


 心を安置する場が見当たらない。

 


 ここは、誰もが命を落とし得る、戦場と化している。


 

 それでは何故、このような危険地帯が、生まれてしまったのか?

 破壊兵器の同類のような面々が、今日に限って、どうしてこの場を訪れたのか?


 動機は、明確だ。


 明胤学園が誇る麒麟児、パラスケヴィ・エカト。

 今年で齢11となるその童女を、見定めに来たのである。


 陽州にルーツを持つエカト家は、救教会との勢力争いに敗れ、没落し、丹本に亡命してきた、数あるディーパー名家の一つだった。

 その一族から、歴代最高傑作、現代丹本においても最高水準、“チャンピオン”入りすら確実、そう称される、一人の少女が舞い降りた、と言うのだ。


 世界は、特にエカト家を追い出した陽州は、その報せを受けて総立ちとなった。

 現在、丹本国籍を持つチャンピオンは、10名中3名。その内、明胤学園の理事長は、引退か老衰死が近いと目されていた。国際社会における、丹本の軍事的影響力が、一段階下がる、それを待っていた彼らにとって、その噂が誇張なのか否かは、大きな問題だったのだ。


 それ以外にも、学術的興味や好奇心で、どのような武器、魔法、戦い方を駆使するのか、それを一目見たい。そう思う輩達も、勿論湧いて来た。


 彼女はこれまで、内々での模擬戦にのみ現れ、その目で確かめようが無かった。

 しかし、中等部から高等部で構成されたパーティー同士が競い合い、外部の人間も交えて観戦し、丹本国の将来の戦力を誇示する。そういったイベントであるこの校内大会に、特例として初等部から、彼女の参加が許された事で、状況は一変。


 各国要人による、来賓枠を巡る暗闘が繰り広げられ、最終的にこのVIP席まで駒を進めたのが、順当に現役チャンピオン達だったのだ。




 そして彼らは、たった今、彼女が戦う第一回戦、言うなれば、ディーパー界デビュー戦を、観賞し終えたのだった。


 その内心で何を思うか?本音を表に出してくれるような、迂闊で親切な人物なら、今日この場にはいないだろう。


 ともあれ、最初の山を越えた学園長は、次の峠に備えるべく、


「それでは皆様。この後、他の生徒による予選が続きます。エカト君の本日の出番はここで終了となりましたので、この後は別室にて——」



「つまらないなあ!それは!」



 勘弁してくれ。

 ヒクつく口角を、笑顔の形に押え込み、異議を叫ぶその女に、学園長は向き直る。


「ぶ、ヴァーク様、何か、ご意見が」「That’s boring!折角こんな、狭い部屋に我慢して詰め込まれて!それで、これっぽっちで終わりだって、そう言うのかい!?」


 「それは何とも、残念じゃあないか!」、大袈裟に肩を竦める彼女は、冗談めかして言っているつもりだろうが、学園長にはその表情が、凶相きょうそうとしか思えなかった。否、彼女が、銃口にすら見えた。


「し、しかしですね…。何分こちらにも、そのですね、段取りや公平性の担保と言う物が御座いまして、エカト君のパーティーだけ、連続して戦闘させるわけにも……」


 どうにか穏当に納得して貰おう、祈るような気持ちで考える学園長だったが、


「そうじゃあないよ!どうせだから、君の所の生徒を、もっと色々見せて、って言ってるんだあ!」


 手を緩めてくれる相手ではない。

 

「それとも、彼女くらいしか目玉が無い、つまらない国なのかな?I’m worried about U!だとしたら、将来が、心、配、だ」

「い、いや、それは………」


 丹本側としては、過剰に手の内を明かしたくはない。

 かと言って、この求めに応じなければ、「次世代の戦力に憂患ゆうかんアリ」という、弱腰にも見られてしまう。

 何より、断るとどう暴れられるのか、そこからどう連鎖爆発を起こすのか。

 恐ろしや、怖ろしや。

 

 誠実さや泣き落としは、彼女には通じない。

 戦後、の国と丹本は常に、要求する方とされる方だ。


「で、ですが」「ああ!それでしたら!」


 悪い事にここには、国際的緊張関係や、国防的秘匿性など気にしない、知識欲の奴隷が混ざっていた。


「私、お一人、拝見してみたい方がいらっしゃるんですよ!是非是非!お許し頂きたいものですなあ!」

「ガネッシュ様……」

 

 どうにか、どうにかこちらの腹の中から、探られても痛まない部分を拾ってくれ。

 頭の中で神仏に五体投地する学園長に、チャンピオン一の研究者肌が提示したのが、


「例の、“ススム・カミザ”!彼を見せて下さいませんか!?参戦者名簿には名があった筈です!いやあ、一度は生で見てみたいと、そう思っていてですなあ!」


 これまた微妙な、そして絶妙な生徒だった。


 彼は悪気無くその名を口にして、

 

 その瞬間に、何人かが確かに反応した。


 それも、あまり歓迎出来ないタイプの、「反応」を。


 学園長は、


 胃液が壁を突き破る、


 その音を錯覚した。

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