117.この学園、今から吹き飛んだりしない? part1

 7月13日、土曜日。

 明胤学園の恒例行事、在校生によるギャンバートーナメント大会、その当日。


「ほっほー!言われるだけの事はある、か」


 地下第一模擬戦闘用アリーナ。

 今回のような外部向けの催しに使われる、最高設備を備えたそこを一望できる、特設観戦室。

 言うなれば、VIP席である。

 広めに作られた筈のその部屋には今、常では考えられない程の人数が詰めかけ、黒く光沢を発する簡易ソファと、飲み物が置かれたテーブルが、銘々めいめい好ききに置かれている。


 それに掛ける一人、三つ揃えで決めた女性。新興の特異窟関連持株会社である“アヅマホールディングス”の取締役にして、会長の長女、配信者の顔も持つ吾妻あづまななが、たった今終わったばかりの試合に感心の声を上げる。

 

「エカト家の、“迷宮踏破”の物語、ですなあ。このように解釈されるとは……」


 こちらは、遺跡や化石発掘からそのままやって来たかのような、シンド出身のフィールドワーカー、ガネッシュ・チャールハートの発言だ。部屋の隅には彼の所持品である、膨らんだバックパックが置かれているが、入室後も中々手放そうとせず、職員は苦労させられた。


「いやはや、将来有望な学徒さんばかりですなあ。お一人くらい、頂いても?」

「そ、それは、生徒が決める事ですので…あははは………」

「はいはい?つまり、自由を尊重した校風、という事ですかな?」

「ええ、全くその通りで」「素晴らしい!素晴らしいですなあ!自由とは尊い!」


 部屋の隅にギクシャクと立ち、年々侵攻する禿地から滴る汗を拭い、絶対強者からの無茶振りを躱す初老。明胤学園学園長、壱萬丈目まんじょうめ蔵之助くらのすけは、しどろもどろになりながらも、提案を右から左に流す。

 目の前に居る彼は、世界上位10名の一角。その男からの勧誘は、強いディーパーを目指す生徒側からすると、渡りに船、のように見える。


 が、学園長は知っている。この男が、自身の“発掘チーム”の事を、如何に振り回し危険に晒すのかを。


「よう、八志やごころ?お前の教室、勝ったのは良いけど、あのガキんちょに全部持ってかれてんぞ?大丈夫かよ?オレが居た時より弱くなってんじゃねーの?」

「ご心配なく。明胤の生徒は精強です。直にクラス全体が、力を発揮せざるを得なくなります」

「へぇー?どうだかな?」


 高等部主任八志かねりは、流石はランク9と言うべきか、現チャンピオンの一名となった吾妻に対し、一瞥すらせず堂々と返してしまう。


「どうです?お宅の所も、一時期は随分、ディーパー開発に血道を上げていましたでしょう?ヤッパリ、羨ましかったり?」

「機密に関わることですので!発言を控えさせて頂きます!」

「だー!テメエんトコはいっつもそれだ!景気が良いのか悪いのかすら分かりゃしねえ!それだから労働力の宝庫だってのに、取り引きしたくねーんだよな?」


 フィールドワーカーが、央華オウファの役人に話を振り、その返答を取締役が笑い飛ばす。


「それは我が国の方針への!侮辱と捉えて宜しいでしょうか!?」

「世界中に短気なヤツだって嗤われていいなら、好きなようにすりゃーいい。言っとくが、この国滅ぼしても、オレ達はどっか遠い別荘に逃げるだけだぜ?」

「あ、ああ吾妻様…!御言葉が過ぎます…!」


 険悪さを察知した壱萬丈目が、即座に取り成しに行く。


「へへっ、悪ぃな。オレと商売する気が無ぇヤツは、ついつい軽く扱っちまう」

「いえ!気にしておりません!壱萬丈目様!………クソオンナメ」

「言っとくが、オウファの言葉も履修済みだぜ?」

「なんと!ありがたい事ですね!」

「あ、あの………」


 蚊の鳴くような声で割り込んだのは、千早姿の丹本人だ。


「声量を、出来るだけ、落として欲しいのです……。祭官様が、お休みですので………」


 彼女が抱える大型のタブレットでは、今も通話が繋がっている。が、その相手は、眠ってしまったようだった。


「おっと、失礼」

「失礼しました!」

「声がデケーっつってんだろ」

「申し訳ないのです……」


 五十妹いそせの中枢、雨坐アマス大神宮だいじんぐうからの使者である。

 神宮1024社、丹本中に点在するそれらのトップであり、貪欲な宗教吸収構造を持つ、丹本防衛の要、五十妹神道を束ねる祭官。

 彼も結構な自由人として知られており、御側付おそばつきやら政府関係者やらが、散々苦労させられているとの事だった。

 第二次大戦前は政府とほぼ同義だったそれは、戦後の政教分離政策によって独立させられ、現行法での立場は、単なる宗教法人だ。

 しかし、構成員が政府管理下のディーパーとなる事で、事実上の防衛機構も兼ねている。

 丹本防衛隊のほとんどが、形式的には五十妹神道信者である。


「そのような、不真面目な主長しゅちょうの命など、聞く必要は御座いません」

「左様、意思決定者がその為体ていたらく。程度が知れると言う物で御座います」

「すいませんすいません……!」

「テメエらはイソセが嫌いなだけだろうがよ」


 巫女を責め立てるのは、二名の男女。

 黒い頭巾とケープ、純白のトゥニカと、一糸違わぬ修道服姿。円が描かれた布で顔は見えず、背格好も違いが見えない為に、声だけでしか区別が付かない。


 五十妹神道と犬猿の仲と言われる、救世教会。

 略称“救教”、又は“救世教”。俗称は“ダンジョン教”。

 その司祭、極東方面担当である。


 牲歴の始まりとされる、救世主の死。

 救世主は、その命で人類の原罪をあがなった。

 しかし人は、救世主の息が無い事を、槍を突き刺して確かめた。

 その結果「神の子殺し」という、新たな罪を背負ったのだ。

 完全な形の「神殺し」では無いものの、神から人の子らへと教えを繋ぐべき、神格を持つ存在を手に掛けた。

 その罰として、天が与えたもうたのが、救世主の血が滴った、その土からでし地窟ちくつ、つまりダンジョンである。

 人はダンジョンから与えられる、恩寵も被害も、ありのまま受け入れ、向き合うべきである。


 利益の為に潜るのではなく、真実の教えを得る為に浴するべし。


 そういった教義を源流とした、世界最大の宗教である。


 その歴史は長く、派生や異端も含めれば、内包する人間の数も種類も多様。

 ダンジョンに深く関わる宗教であり、武力と表裏一体である為、為政者達にも受けが良い。

 となると当然、血塗られた歴史も数多く孕んでおり、世界で最も人を救い、人を殺した宗教、と乱暴に言う者まで居る。

 クリスティアや陽州、キリル連邦等、世界の主要な国や地域で、主教の地位を得ているが、極東圏では、その威光にもかげりが見える。

 特に、「クリスティアの属州」とまで揶揄される丹本において、その教化が進んでいないのが、業腹ごうはらなのだろう。送り込まれる伝道師が全て、五十妹神道に取り込まれるか殲滅されるかを繰り返して来た歴史もあり、目の敵にしているのだ。


「一神教が、聞いて呆れる肝の細さ、じゃあないか、クククク……」

「何か?メナロ様?」

「仰いましたか?ルカイオス様?」

「はて?私は今、我が故国に現れた、“未確認宇宙DVD教”なる新興宗教について、電話で部下と話し合っておりましたが…何か……?」


 彼らが不俱戴天の仇としていとう、もう一つの勢力。

 エイルビオンの名家にして、の国の王室の権勢が、救教会より強い所以ゆえん

 貴族社会の生き残り、ルカイオス公爵家。

 狭くないスペースをティーセットの為に占有し、相手を怒らせるように、わざと雑なしらの切り方をした彼、メナロ=ジョーンズ・ルカイオスは、その一族の現当主の次男であり、跡取り息子でもある。


「何か、お気に触る事でも……?」

「いいえ?」

「何も?」

「何だよその宗教!絶対ゼッテー無神論者の悪ふざけだろ!」

「“はじめにしゅは、天とポリカーボネート樹脂をお創りになられた”、“『光あれ』、そこに光ディスクがあった”、だとさ」


 やり取りを横で聞いて、手を叩いて爆笑する吾妻に、持ちネタを披露するように、詳細を付け足すメナロ、無視する事に決めた司祭二人。


「ah~……ここは良いねえ…。諍い事の匂いがするよ。君もそう思うだろう?」

「………」

「念の為に聞いておくのだが、それは嫌味や皮肉では無いだろうね?」


 背もたれの上に背中を乗せて、縦に伸び伸びとした姿勢で掛けるのは、クリスティアに籍を置くチャンピオン、ジョーナ・Zセカンド・ヴァーク。彼女に声を掛けられた、シークレットサービス所属の男は、立ったまま無言を貫く。

 その発言を深読みして牽制し返す、スーツ姿に眼鏡の神経質そうな壮年は、周辺諸国に火種を撒いていると、全世界から非難の的となっているキリル連邦、そのちゅうたん大使である。


「いいや?これは逆に褒めているんだよ?君の所が、sniiiiff、この中で最も匂いが、濃、厚、だ。僕好みだ。お近づきになりたいよ。Nice 2 meet U!」

「ケダモノめ……。深みに入ったディーパーはこれだから……。おい、そこの!そこのSSシークレットサービス君!」

「………」

「そっちの代表は、その女で本当に良いのか?国の品位を疑われかねんぞ?」

「………」

「ダンマリか。仕事熱心な事だ」

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