116.個人的な修行その2……っていうかカンナのいつものアレ part2

 あれからまだ、一週間も経っていない。

 

 殊文君と白取先生の提案で、漏魔症を利用した、魔力実験をやっていた時の話だ。


 魔法とはその人固有の物で、その性質は思想や信念、言い換えれば、その人の根っ子を占める、物語に準拠している。

 それは、魔力の性質と、魔法を発動する為の、「回路」の形がどう決まるか、という話。

 

 簡易詠唱では、その回路の一部を使う。完全詠唱時は、回路全体を稼働させる。


 そして、信条の大幅な転換があると、魔法は変わる。つまり、魔力が変質したり、「回路」が組み替わる。


 ここで、殊文君達は考えた。

 


 「漏魔症は、穴だらけ過ぎて分からないだけで、その人固有の回路が、『正しい経路』が、どこかに紛れているのではないか?」と。



 というわけで、俺が呼ばれた。

 体内の魔力経路を、様々なパターンで一周して、どこかで魔法が発動しないか、実験するのだ。


 結果から言ってしまえば、「分からん」の一言に尽きる。


 パターンが膨大過ぎて、全部を試すなんて、一生を掛けても出来そうにないからだ。

 それに、あまりに経路が長遠ちょうえんだと、魔力が途中で途絶えてしまい、一回りさせる事が出来ない。数々のルートが、そもそも試せないのである。


 って事で、一応やれるルートを、一個ずつ潰していた俺達だったか、その徒労感に痺れを切らしたのか、実験に立ち会っていた一人から、とある提案が出た。


 「だったら、魔法陣の形で、魔力を流してみてはどうだ?」と。


 その通りだ。

 魔力伝導帯として、人体内部の魔学的経路は、かなり良質と言っていいだろう。それだけは、俺の場合も変わらない。

 魔法陣だって、万人に、というかこの世界の中で、共通の法則だ。効果の強弱に個人差はあるかもしれない。だが、発動自体はするだろう。


 意見が一致した俺達は、早速やってみた。

 と言っても、円まで絡めた、画数の多い物だと——まあ魔法陣は全て一筆書きなので、飽くまで構成する線の本数が多い、という意味だけど——、既製の型に流し込むやり方でなければ、描くのが難しい。


 で、本当に土台となる、俺が“爬いレプタイルズ・タイルズ”で使ったような、正三角形タイプで行く事になった。


 だが、それはつまり、細かい調整や設定が、出来ない型という意味で。


「いやあ、あの時は本当に焦ったよ」

「そうでしょうね」

「ミヨちゃんにも心配と迷惑掛けたし、良観先輩からは『もう使ってくれるな』と言われるし、散々だった」

「肉にも骨にも、綺麗な穴が、開きましたからね」

「頭にミヨちゃんが抱き付いてくれたのが、唯一ラッキーだったけど、感触を楽しむどころじゃなかったのが、なんか惜しいと言うか……」

「気色悪いですね……」

「………」

「………」


 カンナが、俺の心の海を温め、波を鎮めるような、優しげな笑みを浮かべた、


 ので、


 俺は後転一回の後に回れ右してダッシュで逃げ出した!


何方どちらへ?」


 しかし回り込まれ…と言うかもう既に前に居た!


「ちくしょう!分身か!?」

「似たような物、ですかね?」


 背後から羽交い締めにしてくるカンナその一。

 

「やめろー!ヤメロー!ハナセー!」

「こーら?暴れないで、ください?」


 グズって暴れる幼児をあやす態度なんだけど、やろうとしてる事は、高純度の拷問だからな!?

 修行1:虐待9だからな!?

「修行二、ご褒美二、嗜虐六、ですよ?」

 尚も過半を誇る「嗜虐」項目!

 

「ほら、頭に触れる女体の感触がお好きなら、どうぞご存分に」

「そういうハニトラが来るって事は、それが無いと正気を保ってられないって事だろ!」

「佳い学習能力ですね?」

「ほらやっぱ、あわ……」


 後頭部にやわっこい、人をダメにする枕みたい感触が伝わり、活力が吸い取られたかのように、全身が弛緩してしまう。

 つるりと滑る上腕と、むにりとした二の腕に、俺の腕が挟まれる。俺も半袖制服姿だったから、何も介さずに触れ合う事になり、この後の苦痛を確信しているのに、抵抗する気が起きなくなってしまう。


 正面からカンナその二が、そんな俺の顎を右手で挟み持ち、首を左に少しだけ傾げさせ、目の覚めるような麗しき顔面を近づけて、


 熱情にてられた毒婦の笑顔で、その網膜をおかされて、

 その左の小指がなぞる、てらつくリップを意識した瞬間、


 偽の極楽に頭がふやかされた俺は、

 何を期待したのか、


 目蓋をぎゅうと閉じてしまい、

 

「くすっ、ばかなひと」

「え」


 ぐい、と、

 顔を更に左方に回され、

 左耳輪じりんを爪の先で撫で上げられ、


「ふぅぅぅ………」

「ぃ!?」


 雪女が呼吸するらしい、白い凍息といきを、

 内耳が震える程深く、

 吹き下ろされた。

 

「残念でしたね?」

 

 顔を離して、わざわざ俺に見えるように、嘲笑うカンナ。


「な、何があ!?」

「唇の方、ではなくて」

「こ、これからシゴキが始まるってのに、そんなこと、期待してねーし…」

「あれ、声が、震えてますよ?」

「い、いや、これは、さ、寒いだけ…てか……なんか………」


 寒すぎない……?

 俺の体は熱を求めて、ガタガタと小刻みに振動する。


「ハッ…!ハッ…!ハッ…!」


 寒空の下、布切れ一枚で、放り出されたみたいだ。

 しかも、カンナと触れ合っている箇所は、体温がより急速に奪われる。

 そこだけ雪で作った枷で、固め閉じられているかのように。

 それでも、接触面から送られる官能を、貪る事をやめられない。

 俺の皮膚と神経は、カンナの肌から吸い付いかれ、自らもまたしゃぶり付く。

 

「これ、なン…ッ!」


 息が詰まる。

 驚いたとか雰囲気が暗いとかそういう意味じゃなく、

 生理的・物理的な意味で、呼吸が出来ない。


「あ……!………!」


 声すら、出ない。


 真空、では、ない、みたいだ。

 口と、喉と、肺と、

 気道に何かが、満ちてはいる。

 ただ、それが動かない。

 心肺機能が、それを動かせない。


「そうですね」

 

 カンナその二は、肉や魚の焼き加減を計る目で、


「あなたの肉体では、その状態で、一息つく事も、出来ないでしょう」


 生簀いけすから掬い取られた金魚のように、口をパクつかせる俺を観察する。


「ですが、お忘れですか?」


 「あなたは、身体機能を、補助する能力を、お持ちでしょう?」、

 それを聞いて、ようやく自分が何を出来るのか、それを思い出せた俺は、

 意思を加熱し、魔力の雷管のケツを叩き、循環させる。

 呼吸筋の収縮を強制し、堆積する重気を押し出そうとする。


 だが、パワーが、足りない。

 魔力が、全然、不足している。


「魔力は、魔素から来ます」


 カンナの声。

 かそけき波。


「魔素を体内に吸収するには、」


 どんなに苦しみを感じ、

 死の質感に触れたとしても、


「それに直接触れるか、」


 俺の耳は中毒者めいて、


「或いは、吸い込んで引き寄せるか、です」


 その調べを聞き逃さない。

 

「呼吸無しでは、魔力は満足に得られません」

「魔力無しでは、呼吸が出来ません」


 さあ、どうしますか?

 細まったカンナの目が、そう聞いていた。


 脳が、

 誘われるように、

 一つの案へ。


 魔力の流れ、循環を狭め、

 形を——


 腰骨の右辺りを削りながら、魔力が体外へ射出された。


「!!…!……!………!!」


 声にならない、もん絶叫ぜっきょう

 重い何かが口腔内を満たし、下顎に無遠慮に乗っかるせいで、

 歯を食いしばることさえできない。

 目端から滂沱として水分が逃げ出る。


「はーい、暴れない、暴れない…」


 地に着いてない足をジタバタさせていたら、その内側にカンナその一の脚線きゃくせんが入り、巻き込んで、押さえてしまう。


「ススムくん?私の目を見なさい?」

 

 その二が両手で、俺の頬を包む。


「ススムくん?私の声を聞きなさい?」


 その一が耳元で、鈴を転がす。



「大丈夫、あなたなら出来ます」


 

                    「うそ、あなたを苦しめたいだけです」



「私は、信じていますからね?」



                   「騙されないで?

                    彼女は期待なんて、していませんよ?」



「あなたの得意げで喜ばしそうな笑顔、

 それをずっと、見ていたいんです」



                    「あなたの憐れで卑しい泣き顔、

                     彼女はいつも、それが欲しいんです」


 

「生きてください、ススムくん」



                       「果ててください、ススムくん」



「頑張って?」


 

                              「終わっちゃえ」







     「「ススムくん、今夜から、やりますからね?」」







「~~~!!!…!!………!」


 「悲鳴が控えめ」、その言葉の意味を、体感しながら、

 その後何度も何度も、

 自分の血肉を穿ち続けて、

 夜を明かしていく事となった。




「お、おはよう………」

(((お早うございます)))

「良かった、俺、ちゃんと生きてる………」

(((ご心配なさらずとも、今更この程度で、息絶えるなどと、)))

「いや、そうは言ってもさあ…」

(((百に一つしか、有り得ませんよ)))

「何が何でも100日未満で終わらせるわ」

 死に物狂いでやらんとリアルに死ぬ奴だコレ。

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