112.息ピッタリ、とは行かないもので

 気合の入ったテーマパークの、ジェットコースターを思わせる、

 伸びたい放題好き放題に、縦横斜めへ繋がるレール。

 回転し、裏返り、路線図は常に、可変式。


 その上を走り回る、車両とも呼べぬ何者か。

 

 一片余さず、回転のこや粉砕機と化している、硬質の表皮。

 更に体内にでは常にパーツを生成し、

 自身の修復に充てたり、弾き出して飛び道具としてバラ撒いたり。

 

 全体の形状は、線路の上を行きながら、決して留まる所を知らない。

 

 掴む為に突き出たり、

 挟む為に引っ込めたり。


 偶にそれは、パカリと開いて、叫鳴きょうめいを上げる。

 オイルを端から漏らしながら、

 ガリガリと横並びの、歯車を嚙み合わせる大口。

 そこから発される不快な摩擦音まさつおんは、

 ただ耳が痛いで済まず、鼓膜を破る事もある音響兵器だ。



 まさに、“鳴り物入り”の登場。


 Zゼロ型ギア。

 硬き不定形。



 その進行方向、その怪物の所有物たるレールの上に、

 一人の少年が立った。


 不敬。

 その身に罰を刻む、いや、罰“で”刻むべく、がなりながら加速するZ型。


 まず小手調べ。

 細かいパーツが放たれる。

 岩をも穿つ礫を、正面から待ち受け、腕を細かく振るだけで、ことごとく弾き出す少年。

 弾着の直前、速度も狙いも鈍化していると、一定以上の実力者なら分かる。

 続いての手は、より強力な飛び道具。

 歯車の中から、歯車が連なってり出す、シュールな絵面。

 その伸出しんしゅつ部だけが止まり、内部にレールを作り出し、

 

 少年がその場で片膝を着いて1秒も掛けずに低く屈む。

 さっきまで頭があった付近を一陣の突風が裂く。

 気体の抵抗で削り上げられ、くう火線かせんが引かれる。

 線路上の物体の強度と速度を上げる。そのローカルを利用して、自分の身体で軌道を作り、撃ち出す。

 よく出来た玩具オモチャである。


 続く第二射、第三射。

 少年は側面の路線も駆使して、辛うじて見える攻撃を避け続ける。

 第四を撃とうとして、その砲身の先端に、鋭角の何かが突き刺さる。

 何者かから放たれた、ピンクの凶弾。

 少年に向かいつつ、攻撃の元を辿ろうとしたモンスターは、

 レールを挟んでいた内の1本——歯車だから、「1個」だろうか?——を、気付かぬ内に失っていた。

 

 集団戦も想定しているのか、周囲を警戒しつつ、目の前の敵と戦う事が、Z型には可能だった。

 それでは、正面の一人に手を焼きつつ、側面上方から攻撃されて、意識を双方に割いたその時、下方を攻撃されるのはどうか?


 それでもまだ、反応自体はできただろう。

 実際、彼女がそこに来た事は、Z型も辛うじて感知していた。


 ただ、レール上で加速した彼女の、二連撃。

 歯車に一撃、それがつけた竜胆色の傷痕が、回転によって体内に隠れる前に、正確に重なるもう一閃。その早業と、一振りにしか見えない二つを受けて、車輪部が破断したのだと、それを理解する事は、恐らく出来ていない。


 片方が脱輪状態。レールから外れ落ちそうになる所を、なんとか逆側を掴む事で免れ、


 その無事な方の移動用歯車が、何か弾力のある物を巻き込んだ。


 狼の群れだった。

 どういった構造なのか、その肉に刺さった衝撃を吸収する、しぶとくしなやかな狼が、5匹。車軸の回転を阻害インタラプトし、前進速度を更に重いものとする。


 歯車で構成された手が4本伸びる。

 節々からレールに載せたパーツ弾を射出し、部位自体もまた、相手を挽き潰す武器となる。

 左手のガントレットの効果で、魔力のバックラーを展開しながら、内1本を端から徐々に削っていく剣士。

 それを狙った1本は、先ほどの遠距離攻撃で貫かれる。

 1本は青いリボンが操る盾2つに押え込まれる。

 最後に残った1本とは、急速に距離を詰めた最初の少年が、手に巻いたケーブルに魔力の局所流動を起こし、回転刃としながら打ち合った。

 

 Z型はまず、近くの敵から散らそうと、音波攻撃の為に口を開けた、

 その中に丸々と太った、狼の皮を被った一人が、リボン3本を命綱に、降って来た。

 レールを伝い、腕と戯れるリボンの1つを足場にして、真上まで移動していたのだ。


 ギアは迷う事なく口を閉じ、愚かな一人を細切れにしようとした。

 まずその狼側を破り、破り——


 破れない。

 どういうわけか、歯を立てた瞬間、力が抜けるように止まり、

 


 狼は、喉を突き抜け、反対側まで貫通した。

 

 歯車の回転が一瞬止まった事、狼の巨体に位置エネルギーが乗っかっていた事、使われた魔具が質の良い物であり、発現した圧縮風圧刃が高出力だった事で、単発での突破が成り立ったのだ。


 Z型はそれでも、体内から小振りな塊を脱出させ、逃げに転じた。

 放っておけば、生み出したパーツを纏って、また大きくなるだろう。

 天井のレールを目指して跳び上がったそれが、宙に滞空している間に、幾本もの突きが襲う。

 歯車の合間を縫って、奥の中枢回路に、何本も何本も。

 それが上に着いた時、多数のパーツを纏める意思は失われ、部品を脱落させながらレールにぶつかり、破散はさんした。


 破片の中に混じったコアを、小柄な少年がジャンピングキャッチして、そこで討伐は終了した。


 総じて3分にも満たない戦闘だった。


 成し遂げたパーティーは、互いの顔を見て喜び合う『ちょっと!そこのまん丸男!』事もなく、



『どういう事?あなたの攻撃で仕留める、って言ってた筈だけれど?』

『うるさい奴だな!何事にも不測の事態があるだろう!「予想外の動きがあっても、即座に合わせられる、それが完璧!」ではなかったか?脳筋!』

『大口叩いてた割にはせせこましい言い訳じゃない?あなたにポーンの魔法を複数持たせているというのに、この為体ていたらく?二度と大きな顔をしないで頂戴?』

『まあまあ、クイーン先輩……。勝てたんですから、一歩前進ということで』『あなたもよ!おチビ』『今「チビ」って言いました?』『ナイト君!抑えて!深呼吸!』『ああ、うん、ごめん。ルーク先輩だと言われ慣れてるんだけど……』

『あなたもう少しヘイトを買えるよう、工夫できないの?馬鹿正直に避けるだけって、そのせいで寸前で気付かれて、半分しか持っていけなかったわ!』

『えー……』

『フン、そこまで言うなら己の影の薄さでも磨いたらどうなんだ目立ちたがりめ!』

『この中で私が一番強いのだから、私が一番警戒されて目立つのは当たり前でしょう!その私を如何に自由にするかの勝負じゃないの!』

『まだ言うかコイツ!』

『つーかぁ、そこまで自信過剰ジカジョーなら、腕の1本くらい、とっとと落としてくんない?仕事量だとKの方が鬼盛りってマ?「クイーン」ってなんなん?』

『それなー……』

『な、私が遅いって言うの!?』

『フフン、言われてるぞ!』

『いやルークも、あーしのアシストあそこまで熱盛アツモリで、やり損ねるのマジ無理なんだけど』

『逃がしてたらー……、ポンポン激おこー……』

『ムカ着火ファイアーまでいってんからね?』

『ムカ……なんだって?』

『言っとくけど全部オシャカになったら、補充マジ掛かるから。その間ヘルプゼロで耐えれる?耐えろよ?』

『乗研先輩来ないかなあ……』

『一回くらいは、来てくれるといいんだけどね……』

『いや~、気長に待つべきでしょうなあ……』

『お前ら!俺の話を聞けぇ!』

『ウェー?何ですかぁ?』

『いいえ!私の話が先よ!だいたい——』



 彼はそこで映像を止め、


「ま、賑やかな事は良いこったな」


 様々な問題を棚上げし、取り敢えずそう結論付けた。

 だが、あそこまで我を押し付け合って、バラバラだったパーティーが、最初の実戦訓練から1ヶ月も待たず、チームとして機能し始めている。

 なんだかんだ、随所に歩み寄りも見られる。


 このまま行けば、気の置けない親友になるのでは、というのは、希望的観測が過ぎるだろうか。


「おーい、何処に居んのか知んねえけどよ、」


 伸びをしながら天井を見上げて、ここには居ない誰かさんに呼びかける。


「まだまだ捨てたもんじゃ、ねえかもしれないぜ?」


 この国も。

 世の中も。


 パンチャ・シャンは、そこでまたデスクに戻り、


 一人一人の強化メニューを組んで行く。

 

 彼らが失われないように。


 彼らが失わない為に。

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