110.こんなに人居たんだ… part2

「良いのかい?向こうに参加しなくて」


 第一実験室の、オペレーションルーム。

 にんせい良観よしみは、強化ガラス越しに、進行する試行を管理しながら、戯れに傍らの童女に聞いた。


「はぁ?アタシは別に、あの雑魚に興味があるわけじゃないけど?」


 問われた初等部生徒、パラスケヴィ・エカト、通称プロトは、尖った気性を抑えもせず、寧ろ不機嫌をアピールするように返した。


「雑魚が雑魚と呼ばれてるならいーけど、過大評価されてんのは、ムッカーって来るだけ。ウチの連中も、あーんな安直な“感動的パフォーマンス”に、絆されちゃって、オッカシー!できるのもやるのも、当たり前な事じゃん?」

「そう言うって事は、君もあの行動自体については、正しい判断だったと、そう思っているのかい?」

「………」


 反応するのも、負けな気がしたのだろう。

 舌打ちすら噛み殺し、プロトは無言を貫いた。


「それに、普段君が歯牙にも掛けない烏合うごう達が、君の言う『雑魚』を賞賛する、それだけの事で、憤っているのかい?本当に?」

「………」

「それとも、誰か特定の人物が、彼を特別扱いしているのが、殊の外、我慢ならないのかな?例えばあの——」「おい」


 そこで童女は、外見にそぐわぬ低い声で、制止を掛けた。


「それ以上、その軽い口を余計に動かすなら、アタシの持ってる特権が許すギリギリまで、アンタを痛めつけてやるから」

「これはこれは、手厳しいお嬢さんセニョリーナだ」

「その口調と言い、ふざけてるの?」

「無論、ふざけているのさ」


 怯えも悪びれもなく、言い切る良観。


「地中海の陽気のように、気軽にカラッと温かく、それがモットーさ」

「意味ワカンナイ」


 言い捨てて、彼女は出口に向かう。

 あの少年に、何か恐るべき秘密でもあるのか。

 それを確かめに来たのだが、得られた物は特に無かった。

 その事実が余計に、彼女の神経をこすり立てる。


「彼について知りたいのなら、」


 良観はプロトに、


「遠回りせず、一戦交えてみては、如何かな?」


 “抜本的な解決策ソリューション”を提案する。


「今度、丁度良い催しイベントが、あるだろう?」

「……別に、やってあげてもいいけど」


 片目だけで振り返り、


「アイツのパーティーが、アタシとるまで、残ってられたなら、ね」


 そこで扉が、自動で閉まる。




 良観はガラスの向こう、目まぐるしい在り様を、面白そうに見物していた。

 今やっているのは、日魅在進の体内魔力操作を使った、応用魔法実験である。


 体内に開いた回路の形が、魔法の強さや特性を左右する、という仮説がある。

 そこで体中がみちだらけな彼に、色々な形の道順で魔力を通してもらって、何か変化が無いか試していたのだ。


 その途中で、「魔法陣を構築するようなルートで、魔力を流してみてはどうか?」、と誰かが言い出した。

 魔法陣の効果は、それを描く触媒、描かれた魔法陣の大きさ、魔法陣の形等で決まる。

 より良い材質で、より大きく、より画数の多い魔法陣を描けば、より強力で、より複雑な効果を発揮するようになっていく。


 魔法を使って陣を描くというアプローチは、これまで多くのディーパーがやって来た。

 魔法発動が出来ない、漏魔症罹患者の場合、どうなるのか?

 

 画数の多い魔法陣を宙に描くには、相応の熟練度が求められる。

 よって、まずは原初魔法陣、正三角形からやってみようと、そういう運びになった。

 動態魔力感知カメラで、体内の魔力の循環を検知して、進の協力によって形を調節し、魔法陣として成立した瞬間、


 魔力が過剰加速状態となり、遂には制御を振り切って、

 彼の脇腹を抜いて飛び出た。


 というわけで、絶賛大惨事状態である。

 幸いにも、白取〇鶙、殊文呬迹、そして詠訵三四と、治療役には事欠かなかったものの、その肝心の三四がはなはだ取り乱し、傷は即完治したのにも関わらず、上へ下への大擾乱だいじょうらんとなった。

 

 スラップスティックコメディめいた、その乱痴気騒ぎを大いに楽しみながら、良観は呬迹と進に、以降は体内で魔法陣を作らないよう、厳命するのだった。




 



 この実験に参加した生徒は、後に友人に“カミザススム”の印象を聞かれた時、こう語ったと言う。


「ああ、話してみたら、結構普通な感じだったよ?だけど、ちょっと心配になるくらい、ドジっ子属性持ちだったなあ……」



 「カミザススムはドジっ子属性」、

 その噂は、一週間程で学園中を駆け巡り、


 本人は謂れなき(?)恥辱に枕を濡らしたのだった。

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