109.勇気を持って part2

「分かりませんねえ…。お兄さんの意志を継ぐのでしたら、尚の事、私共に協力して、漏魔症罹患者の方々の、待遇改善に——」

「いえ、すいません。僕のやりたい事は、そうじゃあないんです」

 

 ややこしいから、誤解されるのも分かる。

 って言うか、俺もそこら辺、取り違えていたフシがある。


「僕は、別に漏魔症になんて、なりたくありませんでした」

「それは………」

「勿論、今自分がそういう体質を持っている事も、強くなるならその体質を利用しなきゃいけない事も、分かってます。これが世のため人のために役に立つなら、そうやって使う事に、やぶさかじゃないです」


 だが、それで「漏魔症で良かった」、なんて言う事は、一生来ないと思う。

 俺の場合、コイツはもう、「呪い」から動かないだろう。

 それを消すのではなく、良いように使ってやる。っという心構えが、整っただけ。

 出来る事なら、そのメリットもデメリットも、受け取りたくない。


「それに、漏魔症とは関係無い所で、僕には数々の欠点があります」


 漏魔症を持つ人々は、だからと言って疫病神なわけがない。

 俺が人を不幸にするのは、他でもない俺のせいで、病気や社会は、構成要素の一つに過ぎない。

 全部が全部、漏魔症のせいにするのは、言い訳だ。


「天王寺さん達の所で活躍するのは、魅力的ですし、これからの漏魔症の未来を拓く為、必要な事業だとも思っています。期待も応援もしてます」

 

 だが、、それじゃない。


「そこに居ると、僕は一生、『漏魔症』の括りから、出られなくなる、そんな気がします。それを割り切れたり、逆に誇りを持てたり、或いはそこに居ながらにして、脱却できる程の何かを持っていれば、そうはならないでしょう。そういう強い人は、それで良いと思います。

 でも、少なくとも僕は、そうじゃない。

 そういう意味で強くはなれない。

 漏魔症を呪いながら、その病気の特性を借りなければ、戦えない」


 漏魔症支援活動の一環として、潜行や配信をすると言うのは、

 他人からでも、俺からでも、「漏魔症」というフィルターを挟んで見るよう、誘導してしまう、という事になるのでは?

 俺はそれが、「嫌だ」、というだけ。

 

「俺は、強い人間でいたいんです。『戦う漏魔症』ではなく、単なる『仕事人の一人』でありたい、そう思っています。


 そして出来る事なら、人に何か、プラスな物を、与える人間でありたい。


 性格上の欠点とか、無知な部分とか、逃げ癖とか、漏魔症とか、

 そういうの全部ひっくるめて、それでも『強い』と言われる、そんな人でありたい」


 かなりの欲張りだとは分かっている。

 それが意味する所とはつまり——


「つまり、貴方は、貴方の活躍で救われる対象を、、と?」


「全員が『救われる』とは思いません。ただ、『何かを受け取ってくれるかもしれない人』の範囲を、自分から狭める事は、したくない、そう思います」


 俺から見て、漏魔症を患うという事は、不幸で、辛い事だ。

 彼らの為に戦うというのは、分かりやすい善行に見える。


 だけど、にーちゃんなら、それで満足しないだろう。

 優先順位はあれど、自分の力の限界が分かってもいないのに、或いはもっと大きな事を目標に出来る余地があるのに、小さくまとまろうとする人じゃない。


 その両腕に、出来るだけ多くを、抱えようとするだろう。


「お兄さんの、弔い合戦、でしょうか?貴方を抱いて、命懸けで逃げた、お兄さんへの」

「どうなんでしょう?そんな高尚な物じゃなくて、ほんとにワガママなだけだと思いますけど……」

「漏魔症でない方にも、善悪の隔てなく、『頑張れ』、と?」

「善悪なんて、元から分けられないと思ってます。その二つが本当に存在してたとしても、僕が器用に対象の中から、善人だけを選んで抜き出せる、とも思ってません」


 それに、自分の幸せの為だけに、一度は同じ漏魔症の人を含めて、彼ら全てとの敵対を選んだ俺が、今更「頑張れ」はないだろうと思う。

 元より勝手なのに、それではあまりに空々しい。


「そうじゃなくて——」

 俺が言うべきは——



——、って。



 それだ。

 俺は、それだけを言いたいし、それだけしか言ってはいけない。


 酷い偽善で、

 醜い欺瞞で、


 だからこそ俺は、一人で俺の責任を負う。

 誰かの為にではなく、

 自分がやりたい事をやる。


 決める立場であり、

 実行する戦士でもある。

 俺が成りたいのは、そういう物だ。


 それを見て、笑うのも、感動するのも、触発されるのも、強制はしない。

 そっちは、彼ら自身が、決める事だからだ。



「その実現は、並大抵の物では、ありませんよ…?」

 

 天王寺さんが、重々しく、笑顔もやめて、真剣な表情で告げる。


「同情も、共感も、全てが浮動票になります。何か起こった時、誰も貴方を、助けてくれないかもしれません。漏魔症の社会的地位には、漏魔症コミュニティや、その疾患への憐憫以外に、セーフティネットは有りません。信用も信頼も、一度一刻一秒一瞬、その食い違いで、全てが崩れ去ります」


 「それに」、彼は続けて、起こり得る問題を挙げてくれる。


「今の社会で、漏魔症抜きに、歩いは漏魔症を単なる一側面として見てくれる、そういう人は、極めて稀有けうです。一生をかけても、出会えないかもしれない」


 そう語る彼を見ていると、ニークト先輩を思い出した。

 あの人もまた、言い方が強いだけで、今の天王寺さんと同じだった。

 お前はこの先の困難を、分かって進んでいるのか?

 分からないなら、引き返すか、道を変えるべきでは?

 そう言っていた。


 俺はあの時、相手を否定する事で、自分を肯定しようとした。

 だけど今は、それじゃいけない事を知っている。

 そう在りたくはないと、思えている。


「全て、承知しています。その時の不利益と、それを選べなかった時の無念さ。両方を天秤に掛けて、飽くまで自分本位の損得計算の上で、僕はこの道を選びます」


 相手の言う事を理解して、覚悟を示す。

 それで良い。

 その方がい。

 その上で、「付け加えるなら、なんですけど」、


「何かあった時、それでも友達で居てくれる、そういう人なら、実はもう見つけました。大して仲の良くない僕の事も、本気で心配してくれる、優しい人にも会えました。僕をよく見て、強くすると約束してくれる、そういう人に呼ばれました」


 俺が戦い続ける限り、ケラケラ笑って隣に居てくれる、そういう人も、すぐそこに居る。これは口に出して言えないけど。


 この学園に来てから、と言うかカンナに会ってから、出会いのほとんどが、恵まれたものだったんだと、今なら言い切れる。


「だから、何かに失敗して、どん底にまで落っこちたとしても、僕にとっての最悪にはならないと、そう断言できます」



 そうなると、もう無敵だ。

 死ななきゃなんとでもなる。

 配信がコケても、別の何かを見つけてやる、そういう負けん気が湧いてくる。



「具体的に、何をしよう、というプランは、あるのでしょうか?」

「何か起きない限りは、配信を続けようと思います。大きくなった好感で、嫌悪感を殴り潰してやる、その高みを目指して」


 そしていつか、俺が強いと、一目瞭然に認めさせてやる。


「漏魔症罹患者としてではなく、ディーパーとして、戦力として求められるよう、努力するだけです。いつか向こうから、頼み込ませてやりますよ。『ウチのパーティーに入ってくれないか』って」


 「見世物も、使様つかいよう」だ。

 俺を好き勝手見てる内に、いつしか俺から抜け出せなくなるといい。


 なんとも楽観的で、性格の悪い将来設計だが、

 そもそも俺は、善玉を気取れる人間ではない。

 頭から非現実的、と否定する事も出来ない。



 じゃ、「物は試し」に、やってみるだけだ。

 カンナから言われた、べらぼうに無茶な、「最終課題」もあるし。



「……そうですか………」


 天王寺さんは、元の人好きのする笑顔に戻った。

 ただ、心から残念そうだという事も、見て分かった。


「そこまで決意が固いのであれば、私共は、去るのみですねえ…」

「すいません。僕の事を高く買ってくださったご提案を、無下にしてしまって」

「いえいえ、全くそうは思いません。寧ろ、全身全霊を注いで、決断して下さった事に、感謝を申し上げたいくらいです」


 天王寺さんは立ち上がって、握手を求めて来た。

 俺も立って応じる。


「本日はありがとうございました。今回は残念でしたが、何か困った事があれば、いつでもご相談に乗らせて下さい」

「こちらこそ、ありがとうございました。もしも何か別の事業で、ご一緒できる機会がありましたら、その時こそは、よろしくお願いします」


 桑方さんとも、硬く交わし合い、それで交渉は終わった。

 円満決裂。

 特に恨みっこもなく、それぞれの道に戻るだけ。


「あ、そうだ」


 そう言えば、


「天王寺さん、よろしければ一つだけ」

「はいはい、どうぞどうぞ。何をお聞きになりたいのでしょうか?」

「兄が所属していた非営利法人の、名前を憶えていらっしゃいましたら……」

「はい勿論、記憶しております。あなたのお兄さんは——」


——“認定NPO法人:ドント・シュリンク・アローン”の、一員でした。


 その時俺は、


 兄の死から9年、


 大好きな兄が、何処を歩いていたのか、

 

 その足跡を、ようやく見つけたのだった。

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