109.勇気を持って part1

「お忙しいところ、すいません、わざわざ学園まで」

「いえいえ、こちらからお願いしている立場ですのでねえ」

「お気遣いなく」


 6月12日、水曜日。

 再び教頭先生立ち会いでの、応接室。

 天王寺さんと、桑方さんに、来て貰っていた。


「それで、先日の提案の御返事を、本日頂けるとの事でしたが、お間違いありませんか?」

「はい、これ以上考えても、意思が変わりそうになかったので、それをお伝えしに来ました」


 先週の月曜日、あの授業の後から、色々考えていた。

 土日も挟んで、それでも揺れないくらいの決断が固まったので、期限にはまだ早かったが、「会って話をしたい」と連絡したのだ。

 そうしたらすぐに、「明後日に行きます」という、返事が帰って来た。

 優先してスケジュールを開けてくれたらしく、その慣れぬ扱いに喜び感謝する反面、負い目に感じてしまってもいる。


「それでは、お互いぃ、まあ、慌ただしい身の上でもありますし。単刀直入に、お聞きしても宜しいでしょうかねぇ…」

「はい、そのつもりです」

 

 勿体ぶっても仕方ないし、失礼だ。

 何故なら、

 俺は——



「これからも、個人で活動させて頂きたいと、そう思っています」


「………ということは……」

 

「大変申し訳ありません。お断りさせて頂きます」



 なんとかつっかえずに言い切れた後、張った肩が自然と降り、深い吐息が口から出て行く。この前のニークト先輩も、こんな気持ちだったのだろうか。


「差し支えが御座いませんようでしたら、ご理由をお伺いさせて頂いてもぉ?もしこちらの条件に不満が御座いましたら、遠慮なく仰って頂ければ、調整も可能ですが……」


 提案を断られても天王寺さんは、温厚な笑顔を崩さない。

 この人の希望通りに出来ないのは、心苦しい物がある。

 しかし、その為に決断を曲げるのも、敬意に欠けた行いだ。


「条件が気に食わない、とかではないんです。お二人がやろうとしている事の、意義も分かりますし、希望だとも思います。天王寺さん達の人柄も、とても好印象で、一緒にお仕事が出来たら、それはとても楽しいだろうなって、そうも思います」

「それはそれは、ありがとうございます。しかしぃ、それでは、何故…?」

「そうですね……」


 この結論を、一言で表すのは難しい。


「コンセプト」

「はい?」

「そうですね。今回のグループの、コンセプトが、僕に合わない。そう、感じたんです」


 まあ、そんな感じで言えばいいかな?


「会わない、と言いますと?『漏魔症罹患者による、エンターテインメント産業を興し、差別感情の払拭に努める』。我々からすると反対に、これ以上ないくらいの、適役のように思えたのですが」

「確かに、僕の状態にぴったり当てはまる、ようにも思えます」


 「ですが」、

 これは誰も予想しなかっただろうし、出来る筈もない事だが、


「僕の……主義…?こだわり…?そういう物を含めて考えると、ズレてしまうんです」


 完全に、こっちの事情、こっちの都合だ。

 2人とも首を捻っていたが、その反応も当然だと思う。

 個人的感情以外の、何物でもないからだ。


「説明しようとすると、少し、長くなってしまうんですが……」

「是非とも、お聞かせ願いたい。他ならぬ貴方が、我々の活動に不参加を貫く、その訳を」


 桑方さんも、本気なのだろう。

 納得してもらうには、もう一から十まで、知ってもらうしかないだろう。




「にーちゃ……その、兄が、居たんです」

「お兄さん、と言いますと、日魅在まもるさん、ですか?」

「!?……知って…!?えと、ご存知、だったんですか…?」

「一度、お会いした事がありましてねえ…」


 驚いた。

 にーちゃん、天王寺さんと顔見知りかよ。

 まあ、——うろ覚えだけれど——NPO法人の手伝い、とかだったから、接点があってもおかしくはない、のか?

 それにしても、一会員だったにーちゃんを覚えてるなんて、凄いな。そんなに強烈なキャラクター、してたっけ?


「じゃあ、兄がどうやって、死んだのかも…?」

「聞き及んでおります。8年前の、世界10例目の永級ダンジョン発生。あれは……大規模で、痛ましい窟災くつさいでした」

 

 あの日。

 俺が漏魔症に罹った、あの時。

 そのイメージ。

 現実か妄想かも分からない、あの姿。


「なら、これもご存知かと思いますが、僕の兄は、ディーパーでした」

「ええ、記憶しておりますとも。優しい心根をお持ちの、熱心な方でした。潜行活動も、法人の活動資金の為、でしたなあ。それで我武者羅ガムシャラにひた走っていたら、気付かぬうちに、若くしてランク5にまでなられたとか……。いやはや、高等専門学校に通学しながら、成人前にそれですから、並大抵の努力では、成し得ない事です」


 「惜しい若者を亡くしましたなあ……」、伏せられた目で、遠くを見るように。

 にーちゃんがもう居ないのは、悲しい事実。だけど、こうしてにーちゃんが褒められているのを聞くのは、なんだか嬉しい。


 父さんと母さんと、にーちゃん。

 みんなが生きていた、その証が欲しくて、当時のネットの記事だとかを、漁ってた時期もあった。

 永級災害について書かれてる物にも、それ以前の物でも、調べても調べても、にーちゃんや所属団体についての言及は、一つも無かった。

 にーちゃんの私物は遺産と一緒に、遠い親戚がほとんど持ってったし、団体名も覚えていないので、にーちゃんが何の一員だったのか、それすら知る由も無い事だった。


 あの人の頑張りを見て、更に覚えてくれてた誰かが居た。

 俺にとっては、それだけで充分、報われた気分になれる。


「兄は、誰しもを幸せにしたい、守りたい、いつもそんな事を言うような、正義感に溢れた人でした」


 2人は黙って、目だけで続きを促す。

 しばらくは、聞き手に立ってくれる、という事だろう。


「テレビで、どこか遠い国の戦争を、それに巻き込まれて重傷を負ったり、家族や、友人や、帰る場所を失って、虚ろな目をした人達を映していた時、兄は何度か、言っていました。


 『今こうして、カメラの前に立っていられる人達は、見るからに悲惨で、同情されやすい人だ。当然、俺は彼らを救いたいと思う。だけどそれと同じく、俺の個人的な好みで、ここに映されない人も、救いたいと思っちまうんだ。

 本当に虐められてる人っていうのは、不幸な目に遭わされて、それが見えないように、追い遣られている人達だ』、なんて。


 笑えますよね?まだ小学校にも入ってない子どもに、何言ってんだ、って。何回も言うもんだから、覚えちゃいましたけど。

 

 兄がディーパーになったのは、ただお金の為だけではなく、目の前に困った人が居た時、助ける為に使える手段を増やす為。それと、自分自身が、『戦う側』の人間になる為、らしいです。


 当時、兄が言っている事は、半分も分かりませんでした。だけど、今から思い返してみれば、兄にとっては、“兵士”と呼ばれる人達が、『見えない所で虐められている人』の、一つだったのだろうと、そう思います。


 戦争で人を殺す兵士の中には、貧しくて他に道が無かったり、戦争を起こさない為の力だったのに、振るわざるを得ない所まで追い込まれたり、そういう人も混ざっている。

 戦争の悲惨さを訴える時、民間人の被害を強調する必要があって、そしたら兵隊は、惨たらしい人殺しになってしまう。

 戦争をするのを決めた人と、その人を偉い人にした人々は、ほとんどみんなが兵士に託す。勝敗も、一番大変な仕事も、罪と罰も。


 そういう話を……、いえ、これは、断片的にしか覚えていないのを、後になってから繋げたものなんですけど。

 

 僕が思うに、兄は、ディーパーっていう、社会の為に、命のやり取りをする人間になる事で、自分で自分の責任を取る立場に、なりたかったのかもしれません。

 誰かがやらなきゃいけない、危険と困難の中にある仕事。

 それを『やれ』と命令するのではなく、『俺がやる』って実行する。そういう人に。

 

 天王寺さんとお会いした事があるのなら、世界の鼻つまみ者である漏魔症についても、『助けたい』と思っていたんでしょうか。それについては、聞いた事が無かったので、9割方、推測になっちゃいますけど……。


 ……すいません、脱線しました。

 とにかく、兄は僕の目標で、憧れで、色んな影響を受けた人です。

 その兄が、僕の両親と共に、命を落としたあの日。

 僕はずっと、意識が無くて、何が起こったのか、自分の目では最初以外、ほとんど見れていないんです。

 見れてないんですが、でも、一つだけ、夢なのかもしれませんけど、覚えている事があるんです。

 

 あれは、声、だったと思います。

 それと、痛さと、苦しさと、大きな身体から伝わる温かさと、心臓の鼓動。

 僕はあの時、兄に運ばれていた、ように思うんです。

 ずっと声を、掛けられて。

 何て言ってたのか、はっきりとは分からなかったんですけど、たぶん、『がんばれ』、とか、『いきていてくれ』、とか、そんな感じでした。

 

 僕が目を覚ました時、避難所の学校には、兄の姿がありませんでした。

 他の避難民の人や、そこの職員の人にも聞いたんですけど、誰も、兄らしき人を見ていませんでした。


 全てが終わった後、両親の死体は、結局見つかりませんでした。

 けれど兄は、比較的避難所に近い所で、戦闘の末に死亡した、そんな状態で倒れていた、らしいです。

 それで何となく、分かりました。


 きっと、兄は僕をそこまで運んだ後、すぐに引き返したんだと思います。

 ダンジョン発生時の、異形化と“逸失フラッグ”現象。それに起因した、大量のモンスターの進撃。永級ダンジョンのそれは、その結果広がっていく被害は、どれほど大きくなるのか、この国では誰にも分からなかった。いいえ、経験した事がある国の方が、稀です。


 兄はあの時、ディーパーとして、戦いに行ったんだと、そう思います。


 モンスターがこのまま溢れ続ければ、避難所も、僕も安全ではいられない。

 それに、防衛隊や、一時的に国の雇われとなったディーパーが、食い止めている。

 それの手助けが出来る力が、自分の手元にある。

 兄はそういう時、じっとしていられない人だと、確信を持って言えてしまいます。


 事実として、あの場所を守っていた戦力のうち、ほとんどは民間のディーパーだったらしいです。その中の一人を、僕も見ました。『ここは安全だから外に出るな』って言って、戦いに行く頼もしい背中を。

 兄は、その人と同じ事をしたのだと思います。


 弟を置いて、勝手に死にに行く。

 駄目な兄貴だと、そう思うでしょうか?僕も、もう居ない兄に、何度も何度も恨み言を言いました。どうして一緒に、避難所で収束を待っていてくれなかったのか。どうして一人にしたのか、って。

 

 だけど同時に、どうしても、

 どおおしても……!

 兄のその行動に、僕を負った背中達に、

 深い敬意と、強い憧憬を、抱いてしまう自分が居るんです…!

 『かっこいい』って、そう思って、しまうんです。


 それが、決定打でした。

 僕は、兄のように、

 あの時、あそこを守ってくれていた人達のように、

 誰かを幸せに出来る人を、守り救える人を、目指していたいと、そう思いました。

 幼い頃は、大好きな兄の、真似事に過ぎませんでした。

 けれど、兄に命懸けで守られて、

 死の間際にまでその姿勢を、貫き通した事を知って、


 『人を救える人間になる』。

 その夢がいつも、頭のどこかでキラキラとチラついて、離れなくなりました。

 僕が何かと戦う時、僕の先に、いつも兄の後ろ姿が見えました。

 

 漏魔症になって、天王寺さんの事を知って、

 その時点での兄の影響は、『自分の足で立ちたい』と思わせる、それくらいでした。

 配信者も、情報と副収入目当てで、始めたような物です。


 だけど、ある人によって、

 配信というものが、

 と言うより、エンタメというものが、

 人に活力を、幸せを、勇気を与える事が出来る、

 誰かを助ける事が出来る、

 そんな活動だと、

 僕自身が救われる事で、知りました。


 それを知ってしまったから、止める事が出来ませんでした。

 僕も、そうなりたいって、思わずにはいられませんでした。

 潜行活動と並行しての、配信活動。

 そこに、強いモチベーションを抱いたのは、その時からです。

 

 だから、今の僕は、兄を追いかけた結果です。

 兄のように、誰かを救いたい、その為なんです」


 「それが、理由です」、

 長々訥々とつとつと、殆ど独白に近い自分語りを、そう結んだ。

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