108.これからも、よろしくな part1

「……何だって?何か言ったか?ジェットチビ」

 

 ニークト先輩が渋い顔になり、他の全員も、唐突に話し始めた俺を見た。

 いつもだったら、その時点で気後れしていただろう。

 だけど今の俺は、その気付きを手放すまいと、必死に頭を回転させて、まるでそれどころではなかった。


「ニークト先輩、今のやり方だと俺が死ぬから、忠告して、引き止めようとしてたんですね?」

「は?なんだお前?何言ってんだ?」

「この学園に所属していれば、いずれは深級ダンジョン遠征もあって、だけど校内に敵ばかりの俺じゃあ、本来潜れるわけがない。だけど、俺は単独でも、そういう無謀に挑戦しかねない、そう思った。だから、俺の鼻っ柱をへし折って、これ以上の増長を封じようとした」

「おい、おい聞け!」

「そう思って考えてみれば、先輩が言ってるのって、いつも『このままだとお前かパーティーが死ぬぞ』、って感じの話でしたね。最初から、如何にもダンジョンで命を落としそうな人を気に掛けて」「待てって言ってる!!」


 な、なんだなんだ

 人が話してるってのに。


「す、ススム君?」

「ちょ、大丈夫?カミっち?シャン先生がいきなり、自己啓発セミナーみたいな流れをやり始めたからって、無理に合わせなくていいんだよ?」

「おーい、俺をなんだと思ってるんだ?」


 シャン先生から不満の声が上がるが、訅和さんは見向きもしない。メンタルが強いや。


「じゃなくて、俺、ずっと何か、自分の中でわだかまってて、それの正体が、やっと分かったんだ」

 

 ニークト先輩の決闘直後から、今まで。

 思えば、長々と引き摺ったものである。


「そ、それで?」

「俺もトロワ先輩と同じ、いや、もっと酷かった」

「私が言うのもなんだけれど、私より酷いって、それ相当重症よ?」

「本当にお前の言う事じゃねえな」

「何なら私、あなたに対してはまだ、『弱い癖に成功しやがって』とか思ってるわよ?」

「コイツ無敵かよ…!?」

「もうこの際、全部ぶちまける事にするわ」

「いつもの毒舌がまだ抑えめだったという事実に、私はぷるぷる震えてますよ~?」

「もうやだこのセンパイ共」

「サラっとオレサマを罵倒に巻き込むな」


 トロワ先輩に良くないスイッチが入ってしまったようだが、ま、まあ、俺の方が拗れに拗らせていると思う……たぶん……きっと……おそらく……。


 そんなトロワ先輩はさっき、「ここには敵しか居ないのか」、そう言っていた。

 ニークト先輩は、「自分の中で敵を増やしてしまう、お前の責任だ」と言った。


 その二つが、ストンと腹に落ちた。

 そうだったんだ。


「俺は、今までずっと、みんなを敵だと思ってたんだ」


 口に出してみると、更に輪郭が、くっきりと浮き出てきた。


「俺はずっと、他人に興味が無かったんです。と言うか、興味を持ちたく無かったんです。一人一人、仲良く出来るか考えて、探りを入れて、そうした結果拒絶される事が怖くて、そういう心労に疲れて、楽だから、全部纏めて、敵扱いしてました」


 俺にとって心の支えに出来る他人は、じいちゃんを除けば、「お約束」で線引きされた、画面スクリーンを挟んだ人間くらいだった。

 ミヨちゃんと初めて一緒に戦った時に、連携の体を為していなかったのも、そのせいだ。

 彼女は俺にとって、一歩引いて観賞する存在で、好感度は高くとも、信頼なんてしてなかったんだ。


 「憧れの推し」という感情がカモフラージュとなって、俺が彼女を味方として見ていないという問題が、俺にすら見えなくなっていた。

 その挙句が、彼女の言葉も強さも、まるで信じず、その動向を逐一追いながら、全部自分でやろうとする、あの見苦しい戦い方だ。

 

「俺は周りの人の中に、悪意や敵意を見て、それに敵意で返してきた、と、思ってました。与えられたら、そのままつき返してやる、って。

でも、逆の場合だって、きっと沢山あったんです。俺に歩み寄った人を、『どうせお前も』って敵視して、それがそのまま跳ね返って来た、そういうケースが」

「そうッス!お前らが分かってなかっただけで、ニークト様はずっと優しいッス!」

「今は余計な事を言わずに口を閉じてろ八守ィ!」


 自分がやられたら、やり返していたのに、

 人にやっても、やり返されないって、何で思っていたのだろう?

 

 「俺を見てくれ」と、ずっと願って止まなかった奴が、

 他人ひとの事は、見ようともしていなかった、なんて、


 落語のオチでも笑えない。


「俺はどこかで、世間に戦いを挑んで、勝手に負けた気になってただけなんです。でも、恵まれてない人間が、本当に目指すべき理想は、恵まれた側を蹴落として、成り代わる事じゃない。今を破壊する事でもない。みんなが恵まれた人達と同じ場所に居て、理解し合っていて、それが普通。そういう世界こそ、夢見るべきだったんです」


 願望自体が、明後日の方向に曲がってた。

 俺がやろうとしていた勝負には、勝ったとしても未来が無かった。

 俺が蹴落とされる側に立ち、力尽きるまで、その座にしがみつくだけだ。

 誰一人として、幸せにはなれない。


「でも、ススム君は、そう思っちゃっても仕方ない、そんな境遇に居たでしょ?周りの人から、一つの病気だけを理由に、心無い言葉を掛けられて、人格まで罵られるような、そんな経験が、沢山あったんじゃないかな?」

「そうよ。あなたの立場で今、物分かり良く反省されると、その、私の面目が立たないと言うか…」

「ホントにぶっちゃけますなあ…」

「それは、そうなのかもしれない。俺がどうかはともかくとして、夢や理想ばっかり追いかけてられない人が普通だし、そんな発想自体が生まれ得ない、誰かを蹴り出さなきゃ生き残れない、そういう人だって沢山居る。

 俺には分からない事だけど、トロワ先輩も、その一人かもしれない」


 だが、それがどうした。

 それは、「不幸な人々」の物語だ。

 俺が理想の幸せを諦める、その言い訳にはなり得ない。


 今の俺には、求める事が、出来る。

 俺は、恵まれてる側だ。

 俺自身が、それを知ってる。


「俺やトロワ先輩の喧嘩腰も、思ってるだけで、誰にも迷惑を掛けないなら、別にそれで良いんだとは思う。思想に正解も間違いも無くて、それを出力した行動に、是非がある筈なんだ」


 だから、

 善悪とは無関係に、

 俺が思った事だけを言えば、


「元のままの俺でも、態度に気を付けて、本心を押し殺して生きれば、何も問題はない。自分を貫くなら、そうするべきだ」



 「だけど、そんなの」、俺は、顔を上げる。

 ニークト先輩の前にある机、脚を組んでそこに腰掛け、膝の上に頬杖を突く、

 色すら触れ得ぬ純粋な彼女に、唯一差し込む橙色だいだいいろに、

 「まるで、全然」、そう言いながら、焦点をしっかり合わせて、




             「(((面白くない)))」




 だから、変わる。

 変わりたい。

 変えて見せる。

 

 隣に敵でなく、友が、理解者が居る世界に。


 

「あなたは……、いえ……、そうね……」


 トロワ先輩も、懸命に嚥下している所、なのだろう。

 額に皺を寄せながら、首を何度も横に振る。


「ま、こんなところ、だろうな」


 そこで、シャン先生から、議論終了の合図が来た。


 ………………

 なんか、ずっとつっかえてた疑問が解けた気持ち良さとか、カンナに向かって解答を突き付けてやる勢いとかで、すっごいキメ顔でカンナにハモりに行ったけど………


 冷静になったら、なんだか恥ずかしくなって来た。

 今俺、自分に酔ってた。酔っ払いまくってた。

 最後の部分だけ忘れて欲しい。


(((永久保存版、ですね)))


 誰か穴を開けてくれません?入るんで。今すぐに。

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