107.き、今日は無礼講で行きますので! part2

「先輩、それは」


 「それは違います」、ミヨちゃんは、静かに否定する。


「今の世の中で、『男の人だから、女の人から奪っていい』、そんな事を思う人は、少数派です。少なくとも、表立って行動に出せば、破滅するようになっています。ちょっと怖いくらいには、そういうのに敏感な時代です。少なくともこの国だと」

「どうかしら?国を動かす人間は、ほとんど男性で占められてるじゃない。統計で言っても、この国の女性の政治参入は、私の故国と比べて、大きく遅れているわ」

「あんなもの、議員定数に“女性枠”でも設ければ、幾らでも盛れるぞ。なんなら今の丹本で、女性の議員は重宝されるくらいだ。どこの政党も女性メンバーを求め、引く手数多だからな。そういうのは、『女性だから優れている』、という、別の意味での不平等に繋がりかねない、危うい情勢だと、そう言ったりはしないのか?」


 それから、彼女と同じく、丹本以外に故郷を持つニークト先輩が、更に重ねて言う。


「だいたい、お前の家族がフランカを出奔して、丹本に自分を売り込みに来たのは、 “ディーパー”という職が持つ権威が、あの国では徐々に、力を失いつつあるからだろうが」

「どうしてあなたに分かるのよ」

「違うのか?」

「………」


 図星、だったのだろう。


「男女が対等にやり合えるディーパー業界の待遇が、最高クラスに良いとされるこの国の世話になりながら、お前の故国を使って、優越を謳って、それで?何がしたい?」

「……そうね、それは、失言だったわ」


 彼女は、ある面においては、大人しく剣を鞘に納めた。


「ただ、」


 効率の話は分かった。

 男女平等に近めな国なのも理解した。

 それでも、

 法や建前ではなく、

 社会的な風潮として、


「『女が弱い』、『男が強い』、『男が女を、女が家を守る』、そういう思想は、今も生きている。私の邪魔をする」


 「私はそれを消したい」、恨み節に近い、彼女の主張。

 かつて、その何かによって、道を絶たれたかのように。


「そこの肥満狼と、詠訵さんみたいに、そういうのを再生産する人は、許せない」

「私、ですか?」

 

 急にニークト先輩とセットにされたミヨちゃんが、委縮しながらも自分を指差す。

 

「そうよ。女のか弱さ由来の特性を切り売りする、それだけの生き方。あなたみたいな人が、そんな事するから、『弱い女を守らないと』、なんて勘違いする男が出るのよ」


 いつもなら既に、1000字くらいは言い返してる所なのだが、


「その価値観にぴったり合致してたから、他より早く昇格できただけ。そうでなければ、私のランクが上がらない、その理由がないじゃない」


 俺が何か言うと、その分彼女の中で、「男性」の心証が悪くなるのが明らかなので、我慢する。

 話を聞き終えたミヨちゃんが、それを受けて口を開こうと、


「ちょい、聞ぃてー…?」


 そこで手と声を上げたのは、なんとここまで一言も議論に参加していなかった、狩狼さんだった。


「ミヨミヨはー…、きゃわわ、だよ~…?」

「……?ごめんなさい、もう一度言って貰えるかしら?」


(カンナ!翻訳お願い!)

(((十点減点です。私は便利道具では、ありません)))

(ごめんって)


「きゃわたん、ってゆーのはー、よわよわでヤバみざわ、って事じゃなくてー……」

「なんて?要領を得ないのだけれど?」

「あー、つまり?『詠訵は可愛い』、『可愛いと弱いは違う』、って事をムー子は言ってる」


 隣に通訳の人が居た。

 お勤めご苦労様です。


「それにー、きゃわわはぁー、女の子だけの、物じゃないよー……」

「それは…」

「センパイ、よく知らんけど、下級生の女子に、『顔』、『カッコ』、って人気じゃん?じゃ、あんたは男になるっぽくね?知らんけどさ」

「そう、なって、しまうのかしら………」

「テメエの言い分じゃあな。しっかりしやがれ、“優等生”」


 乗研先輩からの挑発的物言いにも、反応できない程に、トロワ先輩は疲労困憊に見えた。自分の中の矛盾と、それを解く鍵となる本音。それらを探る思索は、根気と体力が要るのだろう。


「それと、トロちゃん先輩?個人的になんですけど、『男が女を守るべき、大切にすべき』、この風潮は、まだある程度は、残した方が良いと思いますねぃ」


 訅和さんが仕上げとして、過激気味な事を言い出した。


「それは……どうして?」

「子どもを産むのが、女にしかできないからですね~」

「……ああ………」


 力無く、しかし得心が行ったような顔をする先輩。


「…男性側に、女性側を慈しむ論理が無いと、女性に、命一つ背負わせて、責任は取らない、という世の中に、なってしまう、と?」


 「産む側」と、「産ませる側」。

 人類が続くには、未だ「産む側」の負担が必須。


「ですです。同じように、弱そうな者に憐れみを持ったり、『可愛い』って思うのも、お子ちゃまや赤ちゃんを、大切に思えるようにする仕組みだって、そう思うんですよねー。可愛いって思えなきゃ、あんな手間とお金ばっかり掛かる連中、誰も育てたくなんかないですよー」

「それは、そうでしょうね………」

「程度が過ぎたり、どっちかが勘違いして関係が対等じゃなくなったり、そう言うのが問題なのでぇ。だから、『守る人と支える人』のバランスが、対等じゃない、主従的だって言っちゃう方が、イヤーな関係性を、作っちゃいますぜぃ?『私はこれだけの事をした、我慢したから、お返しに従え』、みたいな、夫婦間でのマウントの取り合い、とか~?」


 ほ、ホワホワ笑顔から、高火力の発言が連射されてる……!?

 どこまでも、恐ろしい人だ……底が知れねえ………。


「ろくぴもー……、王子様、待ってる系女子、だからねー……」

「えちょ、ムー子!?なんで今それバラしたし!?」


 そ、そうなんだ……。

 ちょっとイメージ変わるな……。


「残念ながら、人間ぜーんぶが、先輩が望むように変わるには、人の身体か科学が、もっとエボらないとですよ」

「えぼ……?」

「進化しないとですよ」

「ああ、そういうこと……生物学的、限界ね……」


 最後らへんは、彼女にも結論が分かった上での、儀式だったのだろう。

 自分の中の絶対正義を、単なる好き嫌いの領域に落とす、その為の手続き。


「お前は多分、常に敵と戦ってきたんだろう。いつも隣にそいつが居るなら、世界の在り方そのものが敵なんだと、そう思ったんだろう」


 ニークト先輩が、気遣うような、突き放すような、話をし始めた。


「いつも……隣に………」

「そうだ。だが、常にお前の隣に陣取るくらい暇な敵なんて、そうは居るもんじゃない。それでもお前に、ずっとそいつが見えていたと言うのなら——」



——それは、お前自身だ。



 そうか、

「そっか」

 そういう事か。



「敵の範囲を際限なく広げる、そんな己に勝たないと、戦いは終わらないぞ?何せ倒すべき奴を倒しても、残りが幾らでも出て来るんだからな」

「……私に負けた、あなたがそれを言うの?所構わずいさかいばかり繰り返す、あなたが」

「そうだな?お互い、まだまだらしい」


 喉を鳴らすように笑うニークト先輩を見て、


「心配してくれてたんだ」


 俺はやっと分かった。

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