107.き、今日は無礼講で行きますので! part1

「まずは、トロワ、お前に聞こう」


 出欠確認の後、向き合う形で俺達を座り直させ、先生は一つの質問をした。


「どうして今の世において、男女の社会的地位に、格差があるんだと思う?」


 さ、遡りますね………?


「それは、男性の方が、女性より、平均身体能力が優れる、という傾向があるからです」「ハッ!おいおい!」


 基礎中の基礎を確認する、みたいな答えだと思ったのだが、笑い飛ばしたのは乗研先輩だった。


「なに?下卑げびた声を無駄に出さないでくれないかしら?」


 当然咬みつき返すトロワ先輩。


「お前なあ?ダンジョン・ディーパー中心時代に生まれて、継承魔法の有無だとか、魔力総量の差だとかで差別があるとか言うならともかく、男女の身体能力差に、そこまで意味があるかよ!夜道の一人歩きは、男女どちらでも危険だってのは、今日日きょうび幼稚園のガキでも知ってるぜ?下手人がディーパーなら、なんも関係なくなるからなあ!」


「あなたこそ、表面上しか見えてない、お猿さんらしき思考ね?その通り、、男女の身体能力格差など、ほぼ無意味となりつつあるわ。ダンジョンの外でも、身を守る為に魔力を使える以上、『女は一方的にか弱い』、なんて世は終わったと言っていいでしょう」


 「けれど、忘れたの?」、

 その口から吐かれる息が、再び熱を帯びていく。


「かつて、そういう時代があったのは、事実よ。紀元前、ダンジョンが無い時代では、全女性対全男性で殴り合いを始めたら、男性の側の勝率が、圧倒的に高かった」


「欠伸が出るほど大昔の話だろうがよ」


「そのカビが生えた価値観に、その時から残る慣習というシステムに、男性達が固執した。それが病理よ。男性が自身の優位性を捨てたくないが為に、ダンジョンすら無かった古臭い時代のやり方を、強固に維持し続けて来た。その結果、今に至るまで、『男が女を支配する』、そういう悪習が残ってしまったのよ」


 男子としては、肩身が狭くなるような話題だ。

 こういう話をすると、つい恥ずかしい気分になる。

 別に女性を馬鹿にしたり、虐めたりした経験は無い。

 だが、「男なんだから女の子を守らなきゃ」、みたいな意識は確かにある。それを「下に見ている」と言われれば、類義な気もしてしまう。


(((ススムくんは、女の子の形をしていれば、何でも好いですからね?)))

(いわれのない好色認定を受けたんだけど)

(((初めてお逢いした時、私に勇姿を見せ付けようと、深級のA型に、突撃したでしょう?)))

(べ、別にカンナの為とかじゃないから!?テンパっただけだからアレ!女の子に良いトコ見せようとかしてないから!)

(((そういう事に、しておきましょう)))


「それが2000年続いたってかあ?ディーパーが共同体の頂点になれて、女でも戦力となれる時代が、2000年だぞ?人間社会がその間にも、女に『戦闘』や『支配』という役目を与えたがらなかったのは、人類の半分ぽっちで合意した我儘だってのか?

 男の方だけの事情でそんなモン通せるなら、『男』ってのはさぞかしお強い生物らしい。ダンジョンよりヤベエな!本当にそうだったら、そりゃあ『男』とやらが支配種族になるだろうよ、おっかねえなあ!」


「さっきから、私の意見を潰してばかりいるけれど、あなたの方は、納得行くだけの説を持っているのかしら?当然、ある筈よね?」


 ただ腐したいだけだろうと、高を括っているトロワ先輩だったが、



「ガキを産むのが女だからだ」



 乗研先輩はしっかりと、返礼品を用意していた。

 それも、結構な波紋を呼びそうな物を。


「は?それは女に仕事を任せると、子を産むタイミングで面倒になるだとか、そういうデリカシーに欠けた事を言いたいわけ?」


「正直女の給料が上がりづらいだとかは、そういうブランク期間が理由だと思うがよぉ。この話はもっと根本的だぜ?ただ効率で考えろ、効率でよお」


 「自由だとか人権だとか、ここ最近に出来た概念を捨てろ」、なんて、乱暴な事を言う先輩。


「いいか?お前は一つの勢力だ。これから内側を栄えさせるにしろ、外側へ侵略し広がるにしろ、最も必要なのはなんだ?」

「………」

「……マンパワー、頭数だな」


 トロワ先輩が黙り、ニークト先輩が代わりに答える。


「そうだ。数が多ければ多い程、やれる事の種類も規模も増えていく。一つや二つの惨禍があろうが、滅びにくくなる。で、だ。一口に『数』と言っても、その内訳として大雑把に2種類ある」

「数を増や方と、増え方、ですね?」


 言葉を繋いだのはミヨちゃんだ。


「共同体としては、数を増やせる側を、危険に晒したくはありませんよね。戦いに行かせるのはおろか、出来るだけ安全に守ろうと、内へ、内へと囲い込むのが普通です」

「そっかあ。外での労働って、それ自体が怪我とか死んじゃったりとかのリスクだもんね。現代丹本ほど治安が良いならともかく、町から出ただけで野盗に襲われちゃう、なあんて時代の方が、長かったワケだし」


 訅和さんが呼応して、


「ってかそれ言うならさ、今でもそういうヤバげな国、めっちゃあるっしょ。ウチがありえんくらいレアなだけ、っつーか」


 六本木さんが、更に付け足した。



 現に存在する生物的能力の違いこそが、国家内での立場の違いになる。



「子どもを作るのに必要なのは、男女両方ともでしょう!?」


「だが、ガキが出て来るのは、女の方だ。生産する口数が多ければ多いほど、効率も上がる。反対に男側は、最悪一人居りゃいいがな」


「な、あなたもこの国の政府と同じで、一夫多妻なんて不平等を、肯定する側なの!?」


「言ってんだろおおぉ?これは効率の話だとよぉ。聞いてたか?人を増やすにはその方が早え、ってだけだ」


「そんな、そんな人を道具みたいに…!」


「あの、トロちゃん先輩?ちょっとだけ、いいですかあ?」「なによ!?」


 割って入ったのは、訅和さんだ。


「牛さんって、食べますか?人参さんとかは?」

「いきなり何?ふざけてるの?食べるわよ、普通に」

「人って、動物ですよねー?生き物ですよねー?」

「…は?何を当たり前の事を言ってるの?」

「そう、当たり前なんですね。人は単なる生物で、その内の『動物』ってゆーグループの中の一つで、当たり前じゃないのは、“尊厳”とか、“自然権”とか、そっちの方ですよね?生まれながらに、生存を保障される権利なんて、無い方が当たり前、それが人間ですよ~」

「な、にを、言いたいの?」


 訅和さんは、普段と一緒のゆるふわした態度で、トロワ先輩を詰めている。何も変わらないのが、却ってコワイ。


「『人類みなびょーどー』!なんて、カッコつけられるようになるまで、まずは、自分達のテリトリーの中だけでも、簡単に死なない世の中を作んないと、話になんないんじゃ、ないですか?」

「そ、そんな極論——」

「いいえぇ?ぜんっぜん、極端な例なんかじゃ、無いんですよお?ろくちゃんも、言ってましたよね?今でも、そっちが世界のスタンダードで、『生理的・安全欲求の事を考えなければ』、ってゆー『極論』を言ってるのは、どっちかって言うと、先輩の方なわけで」


 丹本の法では、かなり審査が厳しいが、申請さえ通れば、一人の夫に複数の妻、という家族が有り得てしまう。

 これは世界の人権団体から非難されているが、丹本政府には変える気は無い。


 ダンジョンに依存した国造りには、絶えず国民の死の危険が付きまとう。

 なんて事は無い。治安が良いとされる丹本でさえも、簡単に人が死ぬ、中世の国家と良い勝負なのだ。

 何かが間違って、或いは嚙み合って、致命的な人口減少が発生した時、

 それの対策として、多くを産む手立てが無ければ、亡国だって見えて来る。


 完全にモンスターに占領されてしまった地域だって、世界には存在する。

 人間が、列島から追い出されるのだって、

 それも、これまで多くの利益を生んできた、ダンジョンによって滅びるのだって、

 決してこじつけ終末論ではない。

 2000年前から今日に至るまで続き、これから先も逃れられないだろう、俺達の足下に横たわる現実だ。


「トロちゃん先輩って、戦闘民族みたいなオーラ出してますけど——」


——意外と、平和オトボケタイプなんですね。


 トロワ先輩にとっては、

 そう言われたのが、一番ショックだったらしい。

 瞳を酷く巡らせながら、喉の奥から声にもならない何かを鳴らす。


「けれど、」


 そうは言っても、


「あなた達の理論なら、女性は寧ろ、支配者になる筈よ!?そうでしょう!?国の根幹であり、守るべき物とされているなら!そっちの方が自然な流れ!男女身体格差時代に引っ張られて、本来の構造が失われているわ!」


 ああ、先輩は、今とても焦っている。

 取り敢えず目に付く疑問点を挙げているが、自分の主張も忘れそうになっている。


「そういう国もあっただろうけどよお?価値は高くて、だから出来るだけ外に触れさせず、守られてる物ってのは、『財宝』とか『財産』って呼ぶ方が、近いんじゃねえのか?」

 

 「大切な物」より、「それを守り、運用する人」の方が、人望を集める。

 男だけの社会でも、そういう事はあった。

 権威を持った王様より、一緒に戦ってくれる将軍の方が、人気になってた、なんて話はままあるケースだ。


「先輩、整理しておきたいのですが」


 聞いておかなければならない事について、ミヨちゃんから切り込んで行く。


「先輩の主張は、『男女の差とは、ずっと昔に失効したものである』、という事で、間違いありませんか?」

「え…ええ、そうね、そういう事よ」

「それでは、先ほど『女性が支配者に立つのが自然』、という主張に切り替えたのは、どうしてですか?」

「あ………」


 詰まる所、それだ。

 先輩は、男女の待遇に差が設けられるのは、おかしいという話をしたかった筈だ。

 けれど、持論を翻す事なく、「女性の方が優れている」、という思いつきに飛びついた。

 まるで、語りたい事が、「男女同権」ではなく——


「トロワ、お前が気付くべきは、そこだ」


 シャン先生が、そこで介入した。


「私が、気付くべき……」

「お前の本心は、なんだ?『男と女は同じ』、か?『女が低く見られるのは不当』、か?」


 「違うだろ?」、

 彼はただ、促す。

 彼女が、自分の答えに、行き着くのを。

「お前自身の芯を捉えん事には、主張も出来ねえ。議論が成立しねえ」


「私は……」


 彼女が言いたかったのは、



「男が、嫌いな、だけです……」


 

 そう言った彼女は、力無く背もたれに体重を預けた。

 ニークト先輩と、同じ穴の狢と認めた。


 それは、

 けれど悪いことではない。

 仕方のないことだ。

 人にはそれぞれ好き嫌いがあって、

 どれだけ許容出来るかも、個人によりけりで、

 男というだけで相手を嫌うのも、彼女が持つべき自由なのだ。


 だけど、

 それに外付けの正義をくっつけて、

 食って掛かるという行動に移してしまうと、

 「やってはいけないこと」となる。

 

「私は、男が嫌い」


 トロワ先輩は、


「あなた達はいつも、私から奪う」


 まだ、納得していない。


「あなた達に奪われないよう、私は拒んで、戦う。身を守るだけの、正当な行為」


 まだ、呑み込めない。

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