106.さあ、今度こそ、話し合おう part2

「ええっと、女の人が、苦手、って言う割には、真正面から言い合ってますけど……」

「強く出て誤魔化している部分もあるし、如何にも早死にしそうな馬鹿なやり方を見れば、口を出したくもなる」


 ああ、一応、「お前らより頭良いぞ」、っていうスタンスは本心なんだ。


「ただ、俺の手で傷つける、というのが、どうにもその、怖い」

「………」


 う、ううん。

 何て言うべきなんだろうか。


「でも、いや、ちょい待ち」


 六本木さんにしては珍しく、遠慮がちに口を開いた。


「お前、女子との模擬戦ギセン、初めてじゃ、ないっしょ」

「あ、そう言えば」

 

 決闘の時に、映像データを確認したから、知っている。

 確かに、女子生徒と戦っているアーカイブもあった。


「このオレサマだぞ?奴等くらい格下なら、簡単に捻じ伏せられる。過剰に痛めつけずに勝つ、その余裕もある」

 

 そもそも彼は、編入当時に喧嘩を吹っ掛けて来た男子を、見せしめとして、それはもう気の毒なくらいに一方的に嬲る事で、誰も彼に戦いを挑めない空気を作りたかったらしい。

 だが、彼が思う以上に、この学園の生徒が好戦的かつ野心的で、面倒事は逆に増えてしまったのだとか。

 それで今度は、「格下狩り」という不名誉な仇名を着て、間違っても強者から挑戦されないように立ち回った。今度こそ思った通りに事が進み、彼が真に警戒するような相手が、わざわざ彼をターゲットにする事は、一度も無かった。


 しかしあの日、トロワ先輩との模擬戦を、シャン先生にセッティングされてしまった。


「この教室で言えば、頭空っぽ女や、ストーカー女あたりなら、1対1でやれば圧倒できる。だが、脳筋女ともなると、本気を出さねば負ける。殺気を澄まし、技を動員し、全力を以てぶつからなければ。

 そしてその姿勢は時に、俺が意図しないような、大きな傷害を招く。身か、心か、あるいは両方に、痕を残すかもしれない」


 今からでも、ひたすら高圧的なのをやめれば、もっと問題から遠ざかれるのでは?という話は、置いとく事にする。これにも何か、事情があるのかもしれないが、今の主題ではない。


 聞くべきは、そこじゃない。


「男子生徒相手だったら、その覚悟も出来るって、事ですよね?」

「そうだ」

「精神的な物はともかく……肉体的な傷を受けても、明胤の教員なら、完璧に治療する、って言うのも」

「当然分かる。オレサマを誰だと思ってる」


 ならそれは、理屈ではなく、何らかの条件反射、みたいなものなのだろうか。


「全て分かって、それでも俺は、女相手に本気を出せない。それが、理由だ」


 彼の告解は、そこで終わりだった。

 聞いていた誰もが、言葉を探していたが、

 最初に見つかったのは、


「ふざけないで」


 怒りだった。

 トロワ先輩は、いつもの席に座ったまま、視線も少し下に固定され、熱さも激しさも見当たらない。

 けれど、髪の毛の先まで通った硬直が、その激情を抑える事の、困難さを示していた。


「優しいつもり?紳士的、とやらを気取ってるの?」

「いいや。これは、俺の都合、俺の問題だ。優しさなど見せてやるつもりはない。俺がやりたくないから、出来ない、それだけの話だ」

「女を、殴りたくないって?」

「ああ」

「そうやって、見下しているの?」

「そうだ」

「あなたが、私に、一生残るような、傷を負わせる、って?」

「その可能性を怖れた」


「ないわよそんなものおっ!!」


 爆発。

 いや、噴火と言うべきなのか。

 トロワ先輩が、立ち上がって絶叫する。

 閉じ込められた暴動が、僅かな破れ目から、急激に放出され、熱波となって周囲を揺らす。


「私は!強いの!あなたなんかより!ぜんぜん!遥かに!優れているの!」

 

 自分の胸に右の手をぶつけ、ニークト先輩に向かって前のめりに叫ぶ。


「それを認めず!女だからってカワイソーがったの!?女だから弱そうだって!?女だから自分より下って!?私に手も足も出ないあなたが!?私に負けたあなたが!?そんなザマでわたしを見下すってわけ!?」

「そう言っている」

「人の事ナメるのもいい加減にしてよっ!」


 指弾する彼女に、彼は動じない。

 2人の姿は、いつもと鏡映しのように見えた。


「あなた達は…!あなた達は私がどれだけやれば、満足なわけ…!?私が、私がここまでハッキリと見せつけてやって、それでも分からないって、私の方が優れてるって理解出来ないって、じゃあ私はどうすればいいのよ!?」

「と、トロワ先輩?」

「待て。お前を見下しているのはオレサマだ。他の人間は関係ない」

「いいえ!いいえいいえ!どいつもこいつも同罪よ!無条件で女の上に立ってると思い込んでる男共も、男に色目使って媚びる生き方を広める女共も、みんな、みんな私の敵じゃない!」


 熱くなり過ぎて、話がおかしな方向に脱線した。

 主語が大きくなり過ぎだし、ニークト先輩への不満が、俺達にまで飛び火している気もする。


「ここには、ここには敵しかいないじゃない!」

「せ、先輩、落ち着きましょう?ね?」

「黙りなさい!“女”を売るあなたなんかに、私の気持ちは分からないわよ!」

「…っ!」


 発言がどんどん荒く独善的になり、何にどう怒っているのかも分からなくなってきた。


「どうしてあなた達みたいなのが地位を得て、私が厄介者扱いなの!?今の社会構造に胡坐あぐらをかいてる、あなた達みたいな奴らより努力して、猿でも分かるくらい強くなった!そしたらとうとう、目の前すら見ないフリ!?証明の為に勝負を挑んだら、『本気じゃなかった』とか言って無効試合!?じゃああの時間はなんだったのよ!?どうすれば分かってくれるの!?私だけに余計な努力と義務を増やさないでよ!」


 本格的に手が付けられなくなってしまい、ただただ眉をしかめるニークト先輩と、高みの見物を決め込む乗研先輩以外、オロオロして顔を見合わせるしかできない。



「お、その切り口、頂きだ」



 そんな感じだったから、またしてもその人が入って来る気配を、誰も感じ取れなかった。


「あ、シャン先生!」


 助けてください。

 この騒動、一生徒にはもう、手に負えません。


 頼れる大人の登場に、安心した俺達だったが、


「トロワ、今日はそれでとことん行くぞ」

「はあ!?なんですか!?」


 先生は意味の分からない事を言って、火に油を注ぎ始めてしまった。


 ちょっとお!?

 と咎める俺達の眼にも構わず、彼はホワイトボードにデッカイ文字で、



        『男 女 の 社 会 的 格 差 と は』            



 という字を書いて、


「おら全員席に着け。出欠を取るぞ」


 それだけ言った。


 あの、先生?

 話を大きくし過ぎですよ?

 個人同士の諍いに、社会問題持ち込むと、ロクなことにならないですよ?


 流石に、やめにしません?

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