106.さあ、今度こそ、話し合おう part1

「本当に、ありがとうございました」

「もういいわよ。私が勝手にやった事だし、あなたにお礼を言われても、嬉しくもなんともないわ」

「どんどん頭を下げろ!感謝など幾らあっても良いからな!」

「そおッス!“レーシング・ベントー”しろッス!」

「“平身低頭”だ八守ィ!それと、『平身低頭』は謝罪に使う言葉だ!」

「それッス!……そうなんスか!?」


 6月3日、月曜日。

 午後の選択授業が始まる前に、先輩方にもう一度お礼を言う。

 昨日はあの後バタバタしてて、なあなあになってしまっていたので。


「これ、つまらない物ですが……」

「……これは何?」

「丁都限定バナナケーキ(個包装)です」

「本当につまらんのが出たな!」

「丁都内在住で丁都の土産物貰っても反応に困るわね」

「工夫が無いッス!」

 

 総攻撃だ。

 そんなにダメかなあ?俺結構これ好きなんだけど。

(((こんなに美味ですのに)))

 この通り、カンナの「お気に」だし。


「折角だし、あーしも貰お」

「良ーいー…?」

「あ、どうぞどうぞ」

「いぇーい、甘い物だー!」

「………チッ」

「乗研先輩もよろしければ………」

「いらねえよ!」

「ハイスイマセン!」

「最早お礼とかじゃなく、ただ菓子を配るだけになってるぞ?」


 なんか出張帰りの人みたいになってしまった。

 まあ「バナナ嫌い」って人が居なかったから、良しとする。


「で?今日は何分使うん?無難に1時間コース行っとく?」


 六本木さんが言っているのは、ここ最近の定番になりつつある、ロールとフォーメーション決めの議論の時間だ。


「私の要求を理解して貰えれば、10分もあれば充分よ」

「つーか、誰かさんが言う事聞いてくれれば、5分で終わる話っしょ?」

「今日も平行線かなあ……」


 ミヨちゃんが苦笑しながら、バナナケーキを一口齧る。

 訅和さんが「半分ちょーだい!」と、その後ろから抱き付いた。いや、人数分は余裕であるから、そんなに焦らなくても……じゃれたいだけか。

 狩狼さんは相変わらず目を開け切らない顔で、六本木さんに食べさせて貰っている。餌付けかな?

 ニークト先輩は小さく噛み取ってから、「むん?クリームの風味に深みが増している。何らかの改良が?」とかソムリエみたいな事言ってるし、その横で八守君は、遠慮がちに2個目に手を伸ばす。

 トロワ先輩も一つだけ手に取って、矯めつ眇めつした後に袋を開き、口に含んだと「あら」、とそれだけ声を出した。と、思ったら、一掴みで3袋ほど取っていった。この人結構ガッツくな……。

 乗研先輩はさっきから、サングラス越しにも分かるくらいガン見している。あの、食べたいなら全然どうぞ……?今の状態の方が、怖くてイヤなんで。



 その時、

 何か、

 言い表せない何かを、掴んだ。

 俺の中で、まだ固形にはならないけれど、ようやく、一つにまとまった。


「ニークト先輩」


 話してみたくなった。

 ただこのメンバーで、授業とかじゃなくて、

 もっと内側の部分について。


「なんだ、ジェットチビ。礼ならもう——」



「トロワ先輩との模擬戦で、どうして手を抜いたんですか?」



 皆、動きを止めた。

 ニークト先輩とトロワ先輩は、視線を鋭く尖らせる。

 ミヨちゃんや訅和さん、あと八守君は、何を言い出すのかと、困惑している。

 六本木さんに至っては、「お前空気読めよ」、っていう表情を、隠しもしない。

 後の2人は……ちょっと表情が読めない。


「あなたねえ!それは勝利者の私に、泥を塗る問いだと、分かって言ってるの!?」

「すいません、トロワ先輩。でも、どうしても、聞きたかったんです」

「………」

「俺が戦った時との差が、ずっと引っかかってました。速さも駆け引きも洞察力も、あんなに冴えてたニークト先輩が、考え無しみたいな動きをしている。そう見えたんです。何度映像を見直しても、よく分かりませんでした」

「あなたより私が、遥かに強かった、それだけでしょう?」

「そうかもしれません。そうかもしれなかったから、俺は疑問を自分の胸の内に抱えて、自分で答えを出そうとしました」


 だが、俺に分かるわけもなかった。

 トロワ先輩の技術によるものだったとしても、

 ニークト先輩側の不調だったとしても、

 未熟で情報不足な俺では、見抜く事など出来ない。


 じゃあどうするか?

 聞けば良かったんだ。

 下手の考えより、一次ソースに、当人に確認すれば良かった。

 それだけで済む話を、波風だとか配慮だとか、あれこれ理由を付けて、俺はグダグダ先延ばしにしてきた。


「私の実力にそんなに疑問が」「『トロワ先輩が強かった』、それならそれで、全然良いです。と言うか、そっちの方が良いまであります」


 彼女の不快が、少しの混乱に変わる。俺の言いたい事が、よく分からない、といった感じだ。


 俺が見逃すような心理戦の応酬があったなら。

 彼らの間には、未知の問題は何も無い。俺は、知らなかったテクニックについて学べる。それで良い。ニークト先輩も俺も、もっと精進しなくては、以上。


「だけど、ニークト先輩に、何か不調があったなら?」


 そしてそれは、あの時だけのものか?

 それとも、再発し得るものなのか?


「ニークト先輩。あなたは俺達に、パーティーとは、命を預け合う物だと言った」

「………ああ、言ったな」

「それを踏まえた上で、聞きます」


 著しく弱体化するスイッチが、本当に彼の中にあるなら?

 そしてそれを隠して、いざという時に顕在化してしまったら?

 その危険を、彼が予見できない筈がない、そう信用した上で、


「ニークト先輩、どうしてあなたはあんなに、消極的だったんですか?」


 俺の問いに、

 先輩は、

 しばらくは目を逸らさず、黙っていたが、

 やがて目蓋を閉じて、長く息を吐くと、


「……女がな」


 そう言った。


「はい?」

「苦手なんだよ。女相手、っていうのが」


 ………………

 聞いといてなんだけど、ちょっと意外なのが出て来た。

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