100.軽率に阿鼻叫喚を具現化させるのをやめろ part2

「こんにちは」

「………」


 ヘッドセットを外して、俺の目を見せながら、また声を投げる。

 やっぱり、何も返さない。

 怯えているんだろう。

 無理もない。


「仨々木、佑人君、だよね…?」


 そっと、息を呑むような、風音かざおと


「……おにいちゃん、ぼくのこと、しってるの?」

「うん、知ってるよ?お兄さんは、日魅在進。進って呼んでね」


 どこか湿って、凍えるように震える、声。


「君のお父さんと、お母さんの所まで、帰りたい?」

「………」

「お兄さんは二人に、頼まれて来たんだ」

「………ほんと?」

「本当だ。君を、この怖い場所から、連れて帰る。その為に、ここに来た」


 まあ正確に言えば、直接お願いされたわけでもない、極端なお節介、みたいなもんだけど。警戒を解く為だから、方便という事にして欲しい。


「さ、こっちへおいで?」

「………でも、しらないひとに、ついてっちゃいけないって、ママが。ここにいろって、じっとしてろって、おじさんが」

「あーうん、そうだよね?」


 スマートフォンを取り出し、シャン先生に掛ける。あの人は、政治的に面倒な事になった場合の対処の為、ダンジョンの外で警察の人と一緒に、まだ待機している筈。

 

『おう、カミザ、俺だ。事態は映像で確認してる。今代わる』

 

 流石の察しの良さである。話が早い。

 俺はスピーカーモードにして、暗闇の奥に差し出す。


『ゆうくん?ゆうくんなの?』

「……!ママ……!」

『ああ!ゆうくん!良かった…!』

『佑人!生きてる!生きてる…!』

「パパ………!」


 暗がりで、確かに動くものがある。

 ちっちゃな手が、光の当たるこちら側に伸びて、スマホを持つ俺の親指を、握り締める。

 触れる事でようやく。それが自分の願望から来た、幻聴でも幻覚でも無い事に、安心できた。


「パパ!ママ!」

『ゆうくん、聞いて?そのお兄さんは、怖い人じゃないから』

『佑人、その人に、付いて行きなさい?良い子にしてれば、きっと帰れる』

『ゆうくん、帰ってきて…!お願いよ…!』

「かえる…!ぼく、かえる!かえりたいよぉ!」


 呟きが、泣き声に、変わっていく。

 

「ぼく…!ぼくぅ…!」


 鼻をすすり、しゃくり上げ、決壊寸前の嗚咽。


「こっちにおいで?一緒に帰ろう」

「うん…!いく…!かえる…!」

 

 這い這いのような動きで、一生懸命出てこようとする彼を、引っ張って手伝う。

 すぐに、灯りの下へ、半袖短パンに、刈り上げた短髪の、ヤンチャそうな男の子が出て来た。右腕の周囲から断続的に、霧のようにシャバシャバな、薄赤い魔力が漏れている。

 公園を駆け回る姿を彷彿とさせる外見だったが、その顔はくしゃくしゃに歪められ、今にも大声で、号泣してしまいそうだった。

 子どもは泣くことが仕事だ、とか言うし、好きなだけ泣かせてあげたいのは山々だ。だが、ここで大きな声を出されるのは、少し困る。

 ご両親の声だと、安心して寧ろ涙腺に歯止めが利かなくなるだろうし、何か泣き止ませるもの……


「あ、そうだ佑人君、ちょっと見てて?」

「ぐす…っ、……?」


 俺はパイプを留めるのに使っていた、——ボルトの方は触るとヤケドしそうだったから——ナットを何個か拾い上げ、お手玉のようにポイポイ回し投げる。


「どう?」

「う、ん、うま、い……」


 目を引かれるものの泣き止むまでではない彼が、俺に話し掛けられてこっちを見たその時に、


「え?そんなに凄くない?自信あったんだけどなあ」

「ん……んっ!?」


 俺は右腕を立てて頬に拳を当て、考え込むようなポーズを取る。


「え?あれ?」


 その間にもナット達は、くるくる回り続けている。


「???????」


 はっはっは、ポカンとしてるな!

 達人レベルのディーパーでも、俺の魔力は無色透明に見えるらしいし、それを使えばインチキお手玉なんてこの通り、お茶の子さいさいよ!


「す、すっげー!どうやるの?さわってもいーい!?」

「良いけど、急いで掴むと痛いかもしれないから、そっと、そっとね?」

「う、うん、わかった」

 

 回ってる中から一つを止め、彼の前に浮かせてあげると、恐る恐る、といった手つきで、指先で触れて、


「な、なんか、ある。みえないし、くすぐったい」

「どうだー?不思議だろー?」

「おにいちゃん、これ、なに?シャボンだま?ううん、かぜ?」

「お兄さんが使える魔法」

「これが……?」

「そ、ここに、お兄さんの内側から出て来るパワーを集めて、固めてるんだ」

「すげー……」


 そこ、厳密には魔法じゃない、とか言わない。

 今重要なのは、学術的定義じゃないから!


「わー、ふわふわ……」

「うんうん、元気になったね?やっと笑顔が見れた」

「え?あ…うん……」


 ちょっと照れ臭くなったのか、顔を赤らめる佑人君。その頭を、ワシワシ撫でる。

 

「これから佑人君は、お兄さんと二人で、怪物達の中を進んで、帰らなきゃいけない」

「う、うん……」


 緊張で、再び顔が強張る。けれど、落ち着いた今こそ、言わなければならない。


「佑人君、ここから先、泣かないで、お兄さんに付いて来れる?」

「だ、だいじょうぶ…!」

「ホントに?」

「へっちゃら!ぼくなかない!」


 拳をグッと握って、前に構える佑人君。


「よしよし、良い子だね。偉いぞ?」

「うん。えへへ……」


 本当に強い子だ。

 ダンジョンの中で、知らない男と二人で、それでも笑顔を見せている。


「仨々木さん?聞こえてますか?」

『は、はい…!』

「これから、佑人君を連れて帰ります。すみませんが、通話を一度切りますね?」

『はい、分かっています…!よろしくお願いします…!』

『どうか…!』

「佑人君に、声を掛けてあげてください」

『ゆうくん…?ごめんね?一度、バイバイするね?ちゃんと、良い子で、お兄さんの言う事、聞ける?』

『大丈夫だ佑人。すぐ会える。ほんのちょびっと我慢するだけさ。すぐにまた、パパ達の顔、見せてやるからな?』

「うん…!パパ、ママ、ぼく、がんばる…!」

「……失礼します」


 名残惜しいだろうが、通話を切る。

 申し訳ないが、しかしずっと留まっているのは、得策じゃない。

 一刻も早くこの子を届けてあげるのが、俺が今一番やるべき事だ。



「さて、皆さん、く~ちゃん達は、今どの辺に——」

 

 ススナー達に、もう一組の進行度を確認しようとして、

 コメント欄を拡大し、



 そこに地獄絵図が広がっていた。







『パパぁ…』

『ママぁ・・・』

『ばぶぅ…』

『ススムママ…』

『俺、ショタママの良さが分かった』


「うわあ……」


『あ、おい見るな!』

『ススム、なんでもないぞ』

『ススム、俺達はいつも通りだ』

『ばぶばぶ・・・見てないでススム、早く脱出しろ』


「いや『見るな』じゃないんだよ『見るな』じゃ。言っときますけど、生んだ覚えも育てた覚えも無いですから。あと僕はショタじゃないです」


『その発言がもうショタ』

『ショタポイントアップ』

『ショタ×ショタという理想郷みたいな絵面』


「親御さんが見てるの忘れんなよ?」

 

 佑人君発見を助けてくれた恩義が吹き飛ぶレベル。

 流石に配信用の敬語も剥がれる。


 ブロックするぞ?バカ共。

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