100.軽率に阿鼻叫喚を具現化させるのをやめろ part1

「いない…!」


 7層に着いてまだ5分、

 されど5分。

 身を守る準備さえ持たない5歳児童にとって、中級7層なんて、10秒でも処刑と同義だ。


 他とは違う魔力の色も見えない。

 しかもこのダンジョンは一層ごとに、体感で野球ドーム一つ分くらいの広さがあり、内装は雑然と散らかっている。

 それを端っこからローラーしていくしかなく、怪しいと思えば、どこにでも隠れられてしまうようにも見えてきて、探索の進捗自体が遅々としている。


「皆さんすいません、ニュースとかで、続報とか出てませんか?容疑者が、子どもをどの辺に置いたとか、証言が増えてたりとかは?」


 ススナーにも聞いてみたが、


『ないな』

『さっきから見てるけどない』

『っていうか各局早くも通常営業に戻りつつある』

『警察が確保したのもついさっきだし、取り調べ内容が出るにしても今じゃないだろうね』


 返答はかんばしくない。


 どうする?

 一つ一つ、入り込めそうなところを順番に見ているが、外からの魔力探知だけにして、スピードを上げるか?だけど、それをやって見落としたら、元も子もないし……。

 あとさっきから、F型がビュンビュン巡回してる。こんな中に生きている人間がいれば、すぐに見つかってしまうだろう。俺だって、相手より先に察知出来て、自分から魔力が漏れないよう体内で回して消費して、それで避けられてるという状況。

 そんなノウハウも訓練も無い佑人君は、とっくの昔に見つかって、襲われてしまっているのでは?

 死体が見つからないのは、跡形も無くバラバラにされたからで、よくよく目を凝らして床を見れば、赤い痕がベットリと………


 やめろ!縁起でもない!

 生きてる。きっとまだ生きてる。そう思って探せ。

 俺が決め付けて絶望して、そのせいで間に合わなくなったとあれば、それこそ悔やんでも悔やみきれなくなる。


 何か、何かヒントは………


「………ん?」


 なんだ今の長文コメント。



『ススム、思ったんだけど、キッズの姿をモンスターに見られて、それで警報鳴らされたら、杉嵜にとっても命の危機になるだろ?それに、いつ泣き出すか分かんない足手纏いを7層まで引っ張るのっておかしくないか?』



「え、え、え、えっと、あ、居た、h0520さん!どういう事でしょう?」



『たぶんそいつ、キッズがローマンって知らずに、「俺を解放しないと子どもの居場所を教えてやらないぞ?」ってやりたかったんだと思う。でもローマンだったから当てが外れて、あっさりゲロったのかと』

 


「あ、ああ、確かに、ローマンだって知ってるわけないですもんね!」


 そうか、確かに。それが正しいなら、モンスターにも救助隊にも、簡単には見つからない場所に隠す筈。


「皆さんが隠すとしたら、どんなところでしょうか?」


『でもローマンだって知らないんだろ?魔法が暴発する危険があるなら、ただなんか被せれば良いって事でもないだろ』

『魔力の使い方知らないから、漏らすリスクが高いって思うよな。固まった魔力出されたら、色も濃くなるし気付かれやすいし、杉嵜からしたら結構しっかり隠さないと安心できない』

『モンスターが探さないのが絶対条件……ラポルトの近くは救助隊が簡単に見つけるから違うけど、他にあるか?』

『例えばダンジョンの内装に隠すとか?』

『ダンジョンの内装アリ』

『内装って言ったって多過ぎるのが問題なわけで』

『あれじゃないか?もう開いてる穴より、パイプとかに入れちゃえばいいんじゃね?』


「ん、ん?ジャガシラ1/6さん、もっとよく聞かせてくれませんか?なんて?」


『いや、正しいかは分かんないけど』


『パイプとかダクトとか太い奴をぶっ壊して、中にキッズ入れとけば、ダンジョンが勝手に直して蓋をしてくれるかな、って』


 「あああ!それだああああ!」って言いそうになって口を閉じる。沢山の敵を呼ぶところだった。

 盲点だった!ここのオブジェクトって、中を何も通ってない飾りみたいな奴もある。確かにそれに穴をあけて、その中に入れれば、時間経過で穴が塞がって、外からは観測不能になる!


「とすると探すべきは、子どもが入れるくらい太めで、身体強化ができれば壊せるくらいの強度の物体、って事ですね…!」


 間違っている可能性もあるが、しかし逆に言えば、杉嵜がそういう事をやってくれてないと、佑人君が生き残ってる可能性が、ゼロに等しくなってしまう。「生きてる」方に賭けるなら、パターンを絞って考えるべきだ。


 つまり、「こうだったらもう手遅れになっている」、という仮説を剪定するんだ。


「で、しかも、一部を破壊するって事は、結構な音が出るわけですよね?」


 杉嵜にとって、何処でも良いわけがない。

 敵がいない、時間が経っても寄り付かない場所。

 このダンジョンのF型は、さっきも見た通り索敵範囲が広い。つまり、パッと見で姿が無くても、安心できない。見つかりたくない彼は、より安心を求めて——


「とするとやっぱりラポルトの近く…!だけど目の前とかでなく、他の機器に紛れるくらいの場所…!」


 俺は引き返し、入り口まで戻ってから、これまでの考えを念頭に置いて、捜索を再開する。


 床を横切ったり天井から下がっていたり壁を這っていたり、太めの配管なら事欠かない。それに手を触れながら、少しずつ、少しずつ、移動して、何か、変な感覚が無いかと………


「………!」


 今何か…!

 

 ラポルトから入って、少し行ってから左端、バルブのついた丸いパイプが壁から出て、壁に曲がり戻っていた。

 そこに、今……

 表面の凹凸おうとつに、ザラつきに、身を切られるレベルに、感度を上げる。

 何回かグーで叩いてみる。

 …、……、………揺れた…!

 感じた事ない魔力…!

 僅かだが、確かに!


「もしもし?聞こえる?」


 返事は無い。

 外れか?怖がっているのか?杉嵜に脅されたか?


「ちょっと、揺れるからね?大きな音がするかもだけど、大丈夫だから」


 とにかく、開けてみるしかない。

 壁にボルトで嵌められていたので、強化した腕力で引っ張って、そこに開いた少しの隙間から、ナイフを挿し込む。魔力回転刃でボトルを切断。耳触りな金属音が発されるが、今は仕方ない。一個ずつ、一個ずつ、焦らないよう、しかし最短スピードで、取り除いていく。


 外れた。

 逸る気持ちを抑え、そっと隙間を開け、中を覗く。



「………やあ」

「………」


 壁側の、奥の方。

 外からの光を反射してか、仄かに浮かぶ、等級の小さい星が、二つ。

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