99.ダンジョンのチョイスが最悪の中の最悪
「よし、7層だ」
ようやくここまで来た。
ここからは、走り抜けるだけではいけない。むしろ、注意深く探さないと、見落とす可能性が高い。
「コメント欄の皆さん、解像度が粗くて申し訳ないんですが、何か見つけたら教えてください」
ガバカメを自律飛行モードにして、コメント欄もバイザーの端に、最小モードで開きっぱなしにしておく。
「口が開いてるパイプ、ダクト、あと箱状の物とか…、とにかく、中に入れて、外からの感知を遮れる場所なら、気付かれないで隠れ続けられる、っていう可能性もあります」
そういった物をしらみ潰しだ。
大声で呼んで返事を待つのは、この場合やめたほうがいい。
佑人君が叫ぶのを聞いて、モンスターが先に彼を見つけてしまう、その怖れがあるからだ。
「それにしても、ここに逃げ込んだっていうおじさんは、人が嫌がる事をよく分かってますね…。広くて複雑、隠れる場所が沢山あるこのダンジョンで、人一人を探すの、えらい大変なんですよ……」
端から順に、壁沿いに進む。
ここでは、設置された機械達が、稼働しているようだった。
何に使うのかは、分からないけれど。
全体が雑然としているのは同じ、いや、よりゴチャついているかもしれない。
魔力の感度を上げ、できるだけ広く張り、一欠けらも逃さない。
他と違う異質な魔力があれば、すぐに察知できるように。
「願わくば、モンスターに見つからない内に、やるべき事を済ませて〈ビィイイイイ!ビィイイイイ!〉そうですよねそんなオイシイ話はありませんよね分かってました!」
アラームが鳴っている方向を見ると、丁度遠くから、遮る物が何もなく、ある角度からなら丸見え状態になっていた。
この距離でも、視覚的に感知してくるのか。この野郎…!佑人君の生存率を、お願いだからこれ以上下げないでくれよ…!
必要以上に騒がれる前に、うるさい奴を全部片づけようと、俺が行動を開始した矢先、
遠くからギャリギャリと、レールを削るような移動音。
何重にも聞こえるあれは、
「また出たか…!にしても来るのが早過ぎる…!」
まともに戦うのは、初めてとなる相手。
蜘蛛めいて多数関節構造となっている脚が4本。
それらが複数のレールに跨り、先についたキャスター部を稼働させて高速移動する。
ボディ部分は、丸みを帯びた甲虫に似て、継ぎ目や切れ目とでも言うような線が、複数走っている。
外観はほどほどにシンプル。
このダンジョンについて調べた人なら、一度は話に聞くだろう。
「よう、
速く、硬く、そして器用。
良い事づくめの万能重機。
「お前と遊んでる暇なんて、無いんだけど…」
今倒しておかないと、後々とても邪魔になるから、
「最低限で相手してやる」
線に沿って開く機体。
イヤホンジャックみたいな物を先端に付けたケーブルを射出!
避けてから掴み、それが引き戻される動きに乗って接近!蹴りでも入れてやる、と思っていた所に畳まれて収納されていたアームが伸びて姿を現す!先端に工業用ドリル!その数優に10本を超える!
ケーブルから手を放し左手を前に構えながら魔力ジェットで後ろに飛ぶ!突き出される複数本を避けて避けて避けて避ける!
シールドが削り切られ制服が巻き込まれ肉体に衝撃が伝わる!
距離を取って安心かと言われればそんな事はなく、素早く距離を詰めて追撃に余念が無い!
こいつ脚が1本でもレールに乗ってればそこを走れるし、ローカルの適用範囲内扱いもされるのだ。ズル過ぎんだろ…!
空中に固めた魔力を置きつつジェットも使いながら飛び回って避け続ける!
動き方を見ろ!可動域が多いだけ、それこそ捻ったりなんてバリエーションは無い。慣れてくれば読みやすい!
「ふっ、ふっ、ふっ、」ケーブルが数本、ドリルが大量、「すっ、ふっ、すーっ、ふーっ、」それらをかわし、拳や脚で打ち払っている内に、「すーっ…、ふーっ…」段々、単調に、のんびりに、見えてきた。
動体視力強化もそうだが、次にどう来るか、それがバレバレになって、行動に先んじて動けるようになったからだ。全体の運動から、末端の連動までを、体感できるようになってきたんだ。
「すぅぅぅううう…」
その内、俺のどの動きにどう反応するか、なんてパターンも分かるように。
「ふううぅぅぅ…」
誘導する。俺が動きやすいように、俺の動きがより滑らかになるように。
落ち着いていく。激しい攻勢に直面して、やってる事は、微妙に混んだ通りを、人を避けながら歩くのと、ほとんど変わらない。それも、並んでいる人間は、みんな
どの立ち位置で向かい合えば、どっちの方向にズレるのか、それが丸っきり共通している。
「すぅぅぅううう…」
目指す建物が見えた。
「ふぅぅぅううう…」
通行人はみんな俺の後ろだ。
この横断歩道を渡れば——赤信号!「うおっ!?」俺が飛び退いたと同時に顎のように閉じられる機体!それが開く前に再び寄って蹴り飛ばす!
僅かに外装を凹ませながらも勢いで浮いた脚が別のレールを掴んで安定!態勢を立て直したC型と相対し、ふと静かな睨み合いを0.5秒程、すぐに再攻撃が始まった!
なかなかくたばってくれない。
こういう時こそトロワ先輩が欲しい。
なんて言ってても仕方ないので、L型が近づいて来ないかだけを確認しつつ、C型に追加ダメージを与えに行く!
こいつらギアは、内側の機構が上手く動かなくなれば、それで死ぬ。
配線や基盤、統括する知能部等、壊れてはいけない部分は色々ある。
叩いても斬っても、どちらであろうと止められる!
動きを見て、敵の
集中、と言うより、没入、していく。
俺がへし曲げた部分が、正常に展開できていない。その部分の挙動は修正しないと。
何発か打たせる。すぐに、ドリルが俺の体を捉えられなくなる。
ほとんど完璧に、先読みが出来ている。
機械っていうのは、生物以上に、無駄がない。
どこまでも素直で、体付きを見れば、何をするのか、何をしたいのか、それが完璧に分かる。逆に言えば、特化し過ぎて、「遊び」が無い。不合理が無い。
だったら、数学と同じだ。
公式を覚えるだけの作業。散々やった事である。
俺が立つ場所めがけて、まずケーブルが撃たれる。
初手と同じく、戻っていくそれを掴んで、接近。
ドリルアームの合間を縫って、追加のケーブルも回避して、最後にまた、本体が噛みつくように閉じられ、
それを避けて上を取った俺は、
両拳を一つにまとめ、
振り下ろす!
メ
キ ィ !
力づくで潰されるボディ!不具合により満足に稼働しない部分は更に広がり、上部への攻撃が薄くなってしまう!
俺はダンジョンケーブルを出して脚の一本、その根本部分に巻き付けて、どいてやるものかと取り付き、右手で何度も殴りつける!
振り落とそうとしたのか、脚を振り上げ本体をひっくり返して別のレールを掴もうとして、
そこで魔力回転刃を発動!
ガリガリと金属質を削り関節内部の導線らしき何かに到達!足のコントロール喪失!4点でバランスを取るつもりだったC型は1点を失い、右前につんのめったように崩れる!俺はすぐにまた上を確保して、そちら側にも平等に振り下ろし攻撃を落とす!
よろめきから復活できていなかったそいつはとうとう胴体を床に墜落させてしまった!
起き上がる前にその場で楽しく足踏みしてやり、ぐしゃぐしゃにひしゃげて隙間の空いた装甲にナイフを差し込む。
魔力回転刃で削ろうとして、
「あ、そういえばお前、魔力侵入で中枢機能壊せたりするのか?」
と思いついたので、やってみる。
この、中に通ってるのは、電線みたいなものなんだろうか?それとも、スケルトンが使っていた、魔力の外骨格みたいなもんか?
何にしろ、その中に魔力を送り込む事もできたし、エイプの脳味噌に入るのと同じ要領で、流動の中心部を探し出す事ができた。
お、ここだな。
「
身を起こそうとしていたC型の動きが止まった。正解だったらしい。
今のを感覚として覚えれば、楽に壊せる。次に戦う事になったら、同じやり方で倒すことにしよう「っと!?」背後から突進してきた飛翔物体を踵で蹴り上げる!最初に警報を鳴らしてたF型だ!あぶな!?さっきまでC型に集中し過ぎて、周辺警戒が疎かになってた!これ夜の反省会でカンナにしこたま怒られる奴だ!
(((あれ、分かってますね)))
(ふふん、もう慣れた)
(((それでは少しばかり、状況設定を厳しくしますか)))
(しまった…!)
彼女相手に得意げに強がれば、そうなる事なんて分かるだろうに。口は災いの元だなあ……口に出してないけど。
「今のがゴロゴロ徘徊してますからね……。戦闘頻度も上がるでしょうし、見落としも多くなります。皆さんもご協力お願いします」
『りょ』
『りょ』
『任せろススム』
『俺人探す絵本得意だぞススム』
『ススム君!気を付けてね!』
『見せてみろ、カミザススム』
見た所、俺がローマンの少年を助けに行く事について、嫌悪や非難をあからさまに出してくる人は、多くはなさそうだ。
単に黙って去っているのか、それとも俺の配信を見ている内に、ローマンへの拒否感が和らいだのか。
後者だったら、小躍りして喜んでしまう。
だが今は、この広くてガラクタだらけの場所から、男の子を探し出さなければ。
………杉嵜さんとやらに言いたいのだが、
都内で一番探索がしづらいダンジョンに、隠さなくても良くないかな?
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