96.今すぐ何とかしなきゃヤバいって! part2
「佑人君は、今、何層に?」
「さっき杉嵜から聞き出した。俺達が簡単に追って来れないよう、一度7層まで潜ったらしい。なるほど、奴の能力で隠れながら行くとすれば、D型が突破できない。そこらが限界だろう」
第7層。D型の手前。
「どうにか、ならないんですか?」
「警視庁が、潜行課の要請無しに、ダンジョンに踏み入る事は出来ない。無視して潜れば、懲戒免職も有り得る。それか、“反省部屋行き”かもな?…なんてな。
処分が一人で済むなら、実行しかねん熱血バカも居るんだろうが……、ま、極めて虚弱な対象を護衛しながら、中級7層から生きて帰って来るとなると、単独では自殺行為だわな。少なくない部下を、巻き込む必要がある。そんな無責任はできねえだろうよ。それ以前に……いや……」
宍規刑事は、流石に言い過ぎな感に至ったのか、出かかった言葉を自粛したが、言わんとする事は分かってる。
「十中八九死んでいる子ども一人の為に、そんな危険は冒せない、ですか?」
「………あんたには、冷血人間に見えるだろうがな」
「…いいえ。冷静で、公平な、判断だと思います」
彼らが出来る事と言えば、「ローマンの為に犠牲になりました」、なんて事が、万が一にも起こらないように、ガチガチの完全武装で送られてくるであろう救助隊を、待っていることくらいなのだ。
キャリアを危険に晒してでも、容疑者確保の報告を止めて、緊急事態をなんとか維持して——
「待てよ?」
逆に言えば、この警戒態勢を、いつでも解除できるって事では?
「宍規さん!仮になんですが!」
俺だけなら、不安が残る。
だけど、力を貸してくれる人が居れば?
「今すぐこのダンジョンを一般開放へ戻していただいて、僕が佑人君を助けに行く事は可能でしょうか!?」
間に合うかも、しれない。
「あんたが…?」
「僕と、あと何人になるかは分かりませんが」
「それは、いや、それこそ、万が一生存していた場合、さっき言った困難な帰り道を、あんたら民間人がやり遂げる事となる。潜行課の救助隊がやるのとは、わけが違う」
「けれど、早期に佑人君を見つけ出せます。佑人君が生き残れる可能性は、そっちの方が高くなります」
救助隊がここに到着しても、真面目に、そして素早く探してくれるか、微妙な所だ。
潜り始めてから、亀のように慎重に歩かれていては、佑人君の生存可能性が、下がっていく一方。
「僕は、もっと相性の良い場所ですが、中級を単独で踏破した実績があります。それと」
丁度潜りに来ていたらしい、ニークト先輩を振り返る。
「先輩。どうせ潜るつもりなら、序でに1層まで、人を護衛してはくれませんか?」
彼を巻き込めれば。
「あー……、まあ、そこまで手間でもない。退屈凌ぎだ。少し手を貸してやる」
「ありがとうございます!」
「言っとくが、後で返せよ?オレサマが願いを聞いてやるんだ、高くつくぞ!」
意外とすんなり参加してくれた。
協力を取り付けた所で再度、宍規刑事を見る。
「宍規さん、ニークト先輩はランク7で、僕も慣れたディーパーです。少なくとも、救助隊を待つよりは、勝ちが見える賭けだと思います」
宍規刑事は、考えていた。
顎の下に指をやり、熟考し、また頭を引っ掻いて、
「さっきも言ったな?警視庁は、平常時・非常時問わず、潜行課からの許可・要請無しに、特異窟、つまりダンジョンへ潜る事が許されない」
「下らん縦割りだが、そういうルールだ」、吐き捨てるように、遵法を語る。
「このダンジョン内で、これから何があろうと、俺はあんたを助けに行けない、そう思え。いざとなったら、お巡りさんが助けてくれる、なんて事は無い。それと万が一だが、杉嵜の協力者が、予めダンジョン内で待機していた、なんて事もあり得る。本当なら、そういうのを全部チェックした上で、再解放するべきなんだ」
「はい、分かってます」
「おいおいおいノータイムで返事すんなよ。若い奴ってのはこれだから!無謀がカッケエと勘違いしてやがる」
宍規さんは、その後も幾つか、口の中で毒を並べ立ててから、
「本部に聞いて来る!」
そう言って、多分無線を使うのだろう、どこかに去っていく。
「おい!ジェットチビ!お前は」「スースームー君ー?」「!?」「ひゃい!?」
何か聞こうとしていたニークト先輩が口を噤んでしまうくらい、冷たく重く、だけど爆発寸前のような激しさを秘めた声が、一帯を吹き抜けた。
ミヨちゃんが、あの威圧スマイルで、俺を見ていた。
造形は変わらず美少女だが、雰囲気は牙を見せつける蛇。
細められた目蓋から、チラリと覗く黒色もあって、体内から湧く暗いオーラが、漏れ出しているようにも見えた。
「あ、アノ……?」
「何か、言う事は?」
「いえ、聞いて欲しいのですが」
「何か、言う事は?」
「流石に家族の言いつけを破って潜るのは」「 な に か 、言う事は?」
両手を上げて、降参と恭順を示す。
「ミヨちゃん、お願いしたい。手伝ってくれる?」
「うん!いいよ!」
さっ、と、
いつもの優しい笑顔に、シームレスで変化する。
「頼ってくれるよね?なんたって、私達、友達だからね!」
「あ、ああ!」
もうそれでいいや!
「“友達”って、こんな強迫的な関係だったか?」
「先輩?なにか?」
「俺は何も言ってない」
すげえ、口先
「ジェットチビ、聞いておくが、」
で、話は戻り、
「その幼児、まだ、生きてるって思うか?」
「………分かりません」
分からないが、希望はある。
「俺はかつて、深級のモンスターの横を、見つからないように歩いていた事があります」
このダンジョンの奴らが、どうやって敵を探知しているか知らないが、あの時の俺みたいに、何かに姿を隠すローマンが、見つけにくい事に変わりはないだろう。
「隠れてくれさえいれば、きっと」
「……そうか」
そこで宍規刑事が戻ってきた。
「俺は忠告したからな?どうなっても、もう自己責任だぞ?」
「そ、それじゃあ!」
「そういうこったな」
理解出来ない、とでも言いたげに首を鳴らしながら、
彼はそれを持ってきた。
「本部が潜行課に報告を上げた。5分後に、“
これから足掻ける、まだ諦めなくていい、という事実と、
「遺言は、『警察の皆さんは何も悪くありません』、にしておけよ?」
冗談めかした悪態一つを。
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