97.救出作戦(?)開始!

「よし、告知はオーケー、枠も取った、いつでも行けるな」

「ススム君、本当に、一緒に行かなくていい?」

「作戦でもなんでもない。バカなやり方だな。お前らしい思考停止だ」


 開放まで、あと1分。

 俺の考えを聞いた、ミヨちゃん、いや、衣装替えが完了したく~ちゃんと、ヘッドセット装着済みニークト先輩の二人が、改めて思い止まらせようとしてきた。

 が、佑人君の生存っていう、細い可能性を託されている。何よりも速度優先だ。

 一秒遅れる毎に、彼は10歩くらい、死に近付いてしまうから。


「生きている間に間に合わなきゃ、意味ないから」


 だから、


「変更はないよ。俺が一人で先行する。この中で最速は俺だから」


 それに、ミヨちゃんの方も、役目としては重要だ。

 退路の確保。

 戻る俺と、追う二人で、合流するのだ。復路の方が、護衛しながらだから、困難になる。速さと帰りの安全、両取りしようとすると、どこか無理矢理な部分を作らないと。

 

 そして更に、もう一つ。

 こっちの役目の為には、一度残る必要がある。


「俺がやるより、ミヨちゃんがやる方が、効果的だしね」

「それには同意するがな……チッ…オレサマが低俗な遊びに巻き込まれるとは…」

「……ススム君、生きる事を、優先だよ」

「勿論。命あっての、だからな」


 あと20秒。

 警察の皆さんも、撤収はほぼ完了しつつある。管理職員さん達の様子を見ても、準備に滞りは無さそうだ。


「ジェットチビ、なんでもいい。何かお前が持っている物を一つ貸せ」

「え、カツアゲですか?」

「違う!時間が無いんだろう!早くしろ!」

「あ、はーい」


 なんかあったっけ…。

 あ、制服用の予備ボタンがあった。

 ニークト先輩に手渡しておくけど、何に使うんだろ?


「お、時間、かな…?」


 建物入り口のシャッターが完全に開いていく。

 受付の人と話している宍規刑事に目を遣ると、頷きを返された。

 

 よし、

「じゃ、お先!」

 

 受付ゲートに一番乗り、止めてあったエレベーターに乗り、地下に降りてラポルトまで走る。

 いつもの注意事項系のアナウンスは、企業側の配慮か、刑事さんが頼んだのか、カットしてくれた。

 ダンジョンに入る。

 ガバカメ起動、インターネット配信も開始、してるのを確認できたら挨拶の間も惜しみ、自律飛行モードにも切り替えず、ただ走る。

 1、2、3層の奴らは素通りできる。

 問題は4層以降、M型の銃撃だが、俺一人で駆け抜けるだけなら、全然怖くない。


 方針は「マグロの如く」!

 ラポルト以外、ノンストップで行く!




——————————————————————————————————————




 日魅在進がダンジョンに踏み入っている頃、ニークト・悟迅・ルカイオス、詠訵三四の二名が、管理ビル入り口、その脇に立つ。

 

 横から入れば無視も出来るし、何人かはそうしていた。が、ディーパー界隈でも人気を博す“くれぷすきゅ~るチャンネル”、それが存在感をアピールするように現れたので、大部分は足を止めてしまう。


 ニークトがカスタマイズされたカメラを持ち、三四を映す。


「先輩、やりますよ?」

「顔は隠した。とっととやれ。俺の名前は呼ぶなよ?」

「そこは安心してください。プロですから。先輩こそ、私に『見世物女』とか言って、炎上しないでくださいね?フォローが面倒なので」

「あー!分かった分かった!さっさとしろノロマ女!」

「そういう言葉遣いですってば」

 

 最後の確認をして、配信を開始。


「みんな、オハヨ!く~ちゃんです!いきなりでごめんなさい!みんなに、協力してほしい事があるんです!」


 お決まりの流れもそこそこに、最短で本題に突入する。


「私は今、“奇械転ギアーズ・オブ・ティアーズ”に潜っています!みんなの中にも、知ってる人が多いと思いますが、さっきまである人が、ここに小さな男の子を人質に取って、立て籠もってました!」


 これは「公開収録」、に当たるだろうか。

 思ったより早く開放となったダンジョンに、潜ろうと待機していたディーパー達が、ザワめきながら周りにたむろし始める。


「その人は捕まったんですが、人質となった男の子が、中に置き去りにされてしまっています」


 ニークトは我知らず感心してしまう。

 身振り手振りが人の目を惹き、しかし過剰に思われないような、愛嬌で収まるラインを守る。

 暗くなり過ぎないように、けれど痛ましげな態度を見せる、その手腕もなかなかのもの。

 カメラと周囲への、視線の配り方も巧みだ。彼女は、双方に向けて話している。


 蚊帳を自ら開いて見せて、自分を好ましく見せる事で、観衆を自然と招き入れる。


「隠れるのが上手い人で、第7層まで潜ったらしくて…、男の子の生存は、絶望的だと言われています。と言うより、公式には手遅れ扱いで、救助隊が送られる事もなく、ダンジョンは通常営業に、戻る事になりました」


 「と、いう事なので」、ここで彼女は一転して、「良い事思い付いた」とでも言うように、明るい表情を出す。

 丹本人は目を見てコミュニケーションを取る、と言うが、顔の上半分を隠して尚、彼女は強い感情を、カメラの先にまで届けてしまう。


「今このダンジョンは、いつも通り、ルールさえ守れば自由です!そこで私達も、好きに潜る事にしました!例えば私達が、その人質の子を助けに行くのも、趣味の範疇、全然オッケー!ということになります!」


 マナーも法も、立ち塞がっていない。

 これはただ、「出来るし、やりたいから、やる」、それだけな行動。


「現在、私のパテメンのカミザススム君が、スピード最優先で7層を目指しています!私達は後続で合流する予定です!それぞれが今どこに居るかは、配信を見て頂ければ分かるようになっています!」


 つまり、これはただの“企画”の一つ。

 「ちょっと善い事してみませんか?」、そういうコンセプト。


「そこで、みんなにお願いです!『我こそは!』という方がいらっしゃるなら、私達のお手伝いをして欲しいです!7層から、非ディーパーの男の子を守りながら、3人で帰還するというのは、可能ですが、難しい事でもあります。その帰路を、楽にして下さる方がいるなら、大歓迎、大感激です!」

 

 問題の幼児がローマンだという事もあり、見ないフリをして立ち去っても、誰も何も言わないだろう。これまで彼らの境遇を、いや、彼ら自身を、無いように扱ってきたのだ。

 或いは、違和感を殺して、侮蔑を当然と言い聞かせ、負の感情をぶつける相手として、差別構造に甘んじてきたのだ。


 今や慣れたものである。

 が、


 「どうでしょう!」、そこで彼女に問われた彼らは、自分から近づいたからこそ、決めなくてはならない。

 身を乗り出してしまったからには、「見ていない」とはもう言えない。「知らなかった」では通らない。


「残念ながら、金銭的な報酬は、お支払いできません。お渡しできる物は、参加できる楽しみくらいです。それに、無理をした人が、二次被害となってしまうのも、私達にとって望むところではありません。なので、何が何でも付いて来て下さる必要もありませんし、危険だからと不参加を選んで頂くのも、至極適正で真っ当な判断です。飽くまでも、善意でのご参加、お待ちしております!」


 「善意」。

 社会正義は、ローマンの死を、望むのか?


 罪人の処刑とは、違うのだ。

 ただ「キモチワルイ」、というだけ。社会の隅っこに追い遣られていれば、誰にも顧みられていなければ、それで何も文句は無かった。触れ合いたくなど無かったが、死んで欲しかったわけじゃない。

 害意や殺意にだって、エネルギーが要る。

 常ならば、日頃の不満や不安が、その源だった。


 だが今は、マイナス感情の対象によって、子どもが虐げられている構図。

 道端に転がっている、汚れに塗れて病んだ宿無しを、反社会的勢力に与する者が、ただただ一方的に痛めつけている。

 その横を、罪悪感無しに、通り過ぎる事ができるか?


 今回に関して言えば、何もしないで目を逸らすという行動が、「不満や不安」の種になるのだ。


 そこまで考えて、揺れ落ちそうになる彼らの為に、


「そうですね、これは考え方の一つなんですけど」


 意思決定を代行してあげるのも、

 インフルエンサーの一つの役目。


「正式に、『もうダメです』って言われた事を、私達が、勝手にひっくり返すんです」

 

 彼女の視線が、聴衆の背後、その先の一点に移る。

 それを追って、カメラを向けるニークト。

 

 最後に残った仮設テントの下、刑事に縋りつく、2人の男女。

 泣いて請い願う彼らに、黙って首を振っている者、背中をさすって声を掛けている者、様々であった。


「『絶対ムリ』『どうせ無駄』、そう言われた事を、やって見せて、多くの人を、あっ!と驚かせるんです」


 正義の向きが分からない、そう言って悩む者の為、

 もっと楽になれる、シンプルで分かりやすい、そんな利点を掲げる。


「楽しいし、面白いし、嬉しくなるって、私はそう思います」

 

 漏魔症やら、社会・政治的なアレコレやら、正しさやら、そんな話ではないと教える。

 これは、「企画配信」、なのだから。


 イベントに参加して、「楽しい」。

 世間が仰天するから、「面白い」。

 推しが喜ぶ事だから、「嬉しい」。


 以上。それだけ考えてみよう。


「もし、『やってみたい!』という方がいらっしゃるなら、ドシドシご参加ください!進捗は、このチャンネルと、ススム君のチャンネル、両方で確認できます!」


 向かうべき方向も、

 着く為の手段も、

 取っ付きやすい目的も、

 全て与えた。


 後は、風の流れ次第だ。


「それでは私達も、そろそろ潜っていきたいと思います!一度配信が切れますが、同じチャンネルに、次の枠も取ってあります!準備はバッチリ!是非是非ご一緒下さいね!」


 「みんなの事待ってまーす!」そう言って手を振り、ニークトはそのジェスチャーを合図に配信を切った。「こいつが迷惑行為を煽動したら、軽いテロになりそうだな」、なんて思いながら。


 周囲に集まっていた者達に、キツネサインでファンサを飛ばしつつ、三四はダンジョン内に急ぐ。


「何人参加すると思ってるんだ?」

「腕に自信のある人が、10人くらい来てくれれば良い方、だと思います」

「そんな所だろうな」


 ゲートを通り、エレベーターで地下階へ。


 急げ。


 もし本当に、彼が生きているのなら、


 その奇跡を、


 決して無駄にしてはいけない。

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