96.今すぐ何とかしなきゃヤバいって! part1
壌弌潜窟の管理ビル前は、分厚い人垣と、それを押し返す警官で、ごった返していた。
う、ううん、お国の為に仕事してる人達の邪魔をするようで、心苦しい部分もある。出来れば何事も無く行けばいいのだが。
連絡待ち、だけど、誰かに先に声を掛けたりとか……出来ないな、これ。大人しくして……
「あっ!」
「え?ああっ!?」
横から驚かれたので、急に何かと思ってそっちを見たら、俺より背が低い良心的男子が居た。
って言うか八守君が居た。
「や、やあ」
「ど、ドグウッスね……」
「…?………あ、たぶん“奇遇”じゃないかな?」
「たぶんそれッス」
こんな所で何を?
こういう事を嬉々として見物するタイプには見えないし、通りかかっただけ?
「あれ?ニークト先輩とは一緒じゃないの?流石に休みの日は別行動?」
「そんなことないッス!自分は本日もニークト様のお付きッス!」
「そうなんだ……。ん?それじゃあ、ニークト先輩は何処へ?」
「そ、それが、あの中に………」
彼が指差したのは、ザワつく人混みである。
「ニークト様、ダンジョンに入りたいらしくて、警察の人達に、直談判するって言って……」
で、付いて行こうとしたけど、軽くて非力な彼では、押し合う人波に弾かれてしまい、途方に暮れているらしかった。
あの人は、公僕が相手とかお構いなしに、「とっとと通せ」とか言いに行ったのだろうか。
「す、スゲー行動力だな……」
「フフン、それでこそニークト様ッス!」
「いや褒めてるんじゃなくて」
ルカイオス家の威光があったら、意外と道を開けてくれたりするのだろうか?
なんて思っていたら、そこに人を搔き分けながら、丸い体がやって来た。
彼は俺の顔を見るなり、ひん曲がった口の苦みを、ますます深くして、
「ジェットチビぃ!お前!何故ここに居る!?」
初手、もう聞き慣れた怒鳴り声を浴びせてくる。
「ちょっと気になる事があって。そう言う先輩は、立ち入り禁止を越えようとしてるって聞きましたけど、どうでした?行けそうですか?」
「話にならない!奴ら、オレサマの顔も知らないときた!
「あーうん、ですよね」
便乗して中に入って、警察の話を聞けないか、なんて、淡い期待を抱いた俺も愚かでした。普通は通さんよな。
「先輩って、偉いのか偉くないのか、よく分からないですね」
「オレサマは偉い!凄い!強い!三拍子揃っているぞ!あいつらが何一つ理解していないだけだ!」
「小学生が考えた強キャラじゃないんですから」
やはり待つしかないか、と思った矢先、人の壁に微妙な裂け目が生まれ、スーツ姿のおじさんが出て来た。エラの張った四角い
彼は俺達の事を認めると、特大の苦虫を嚙み潰し、歩み寄って来た。
「あー、失礼、明胤学園の生徒さんで、間違いないですかね?」
「見ての通りだ!」
「見ての通りッス!」
「いや八守君は違うでしょ。あ、僕もそうです」
「かぁー…!」、と、呻くような声を出しながら、頭をガシガシ掻いて、
「『中に入ろうとしてる明胤生を通してやれ』って言われたんですが、
そう確認した。
俺とニークト先輩、どっちも入れてもらう事となった。
仮設テントみたいになっている場所に、見知った顔が二つ。
「おう!カミザ!」
「先生!ありがとうございます!」
さっき連絡を入れておいたシャン先生と、
「あ、ススム君!」
「お、おう!来てたんだ」
何故かミヨちゃんも居た。
なにゆえ?
「ジェットチビ、これはお前の差し金か?」
「って言うより、シャン先生に相談したら、『現場で待っとけ』って言われて…」
「まあ俺ほどの男になるとよ?これくらいの無理を通すくらい、わけないコネがあるんだわ!」
「先生?多分ですけど、理事長の方のコネですよね?」
「そういうのは言わぬが花だぜ、ヨミチ?」
「あらら、すいません」
へー、シャン先生と理事長って、ナカヨシだったんだ。
まあ理事長って、“チャンピオン”ランクの中でも古株だから、接点は自然と出来るか。明胤に居るのも、その繋がりを利用したから、だったりするのかな?
その地位が持つ力を使ったなら、ある程度の無茶が許されるのも、頷ける。
「それで?カミザ、お前は何を求めているんだった?もう一度説明してみろ」
「あ、はい!」
「シャンさぁん?もしかしなくても、彼が正解ですよね?だったら『カミザススムを入れろ』って言ってください。彼の顔ぐらい俺でも分かりますよ」
「どーせ2、3人増えるくらいじゃねえか、ケチケチすんなよ」
ああ、シャン先生達が出した要求が、「明胤生を入れろ」だったから、先輩やミヨちゃんも入れたのね。
「えっと、刑事さん?」
「
「宍規さん。僕は、一つだけ、それだけが聞きたくて、ここに来ました」
答えがイエスなら、終わる話だ。
すぐにトゥスコムに取って返し、配信を再開する。夜だって枕高々である。
「潜行課には、人質の少年を、救助する意思が、確かにあるんですね?」
それが、彼らの職務として、設定されていれば、
この話は、そこでおしまいだ。
俺が悪い方に考え過ぎただけ。国が国民を守ろうとする、それが履行されています。以上。それだけ。
「………」
だから、即答して欲しかった。
国として、ただファミレスで食事をしていただけの、幼い子どもの命を、諦めるつもりはないって、「何を言ってるんだ、俺達をナメるな」って、怒って欲しいくらいだった。
「………これはまだ、
だけど、この切り出し方じゃ、
俺が望んだ通りには、ならない。
「杉嵜亮二は、既に身柄を確保されている」
?
「10分程前だ。その時点で、上層部の見解なら、この事件は『終わった』事になるだろう」
「あ、そういう事ですか。でも、どうしてすぐ公表しないんですか?無事解決したんだし、何も——」
「解決してしまうからだ」
?????
何を言ってるのかよく分からない。
「10分前、杉嵜はナイフを突き付けながら、人質と共に二人でダンジョンから出て来た。奴がこちらに何も伝えなかったのは、連絡手段を持っていなかったかららしい。直接要求する為、ノコノコ出て来やがったんだ」
成程、そこで隙を見せた所を、現行犯逮捕して——
「待て、それはおかしいぞ」
指摘したのは、ニークト先輩だった。
「刑事!杉嵜とやらは、幼児を伴って出て来たって言うのか!?」
「そうだ」
しかし、
「ダンジョンへの出入りは、一人ずつしか出来ない筈!」
「え」
あ
そうだ。
ラポルトは、二つ以上の命を、同時に通す事は無い。
「ああ、実際、入る時は、部屋から全員を追い出してから、ラポルトの中に人質を放り込み、次に本人が入っていた。
機動隊の一人が、すぐにそれに気付いて、本部に報告。そこからの判断は早かったな」
取り囲んでいた隊員が一斉に掛かり、押さえ込んだ。
少年は、魔法で作られた虚影だった。
あまりにも、あっさり、
事件は終わった。
「それで、『終わった』?」
「そうだな。あとは潜行課に報告すれば、俺は帰れる」
は?
「いやでも、それじゃあ!」
「話を言葉通りに受け取りゃあ、こうなるぜ?」
話を聞いていた全員が、確信を深めながら、けれど言うに言えなかった事を、
シャン先生が——
「件の少年は、ダンジョンの中に、今も置き去りにされている」
それも、一人ぼっちで。
「足手纏いになるから、置いてきたんだと」
は?な、
「なんですぐに発表しないんですか!早く助けに行かなきゃ」「その助けを!」
宍規刑事は、「唾棄すべき手間が増えた」、とでも言いたげに、目元を苛立たせながら、
「その『助け』を、引っ張って来る為、なんだと」
それでは、
その言い方では、
「カミザススム、あんたなら、頭使えば、分かるだろ?」
俺なら?
何が分かる?
何も分かってないぞ、こちとら。
「2年前、お前が8層に落っこちた時、お前のガバカメがロストするまでの間で、救助隊の組織は、どの程度進んでいたと思う?」
「どの、程度、って…」
「ぶっちゃけるぞ?ゼロだ。何度問い合わせても、『救助隊結成の是非を議論中』、そういう回答だった。『結成の是非』だ。意味分かるか?『行くかどうかで迷ってます』、つってんだ」
「あんたはあの時、100%確実に見捨てられていた」、目を見て、国家権力から、はっきりと、明言された。
「お前は、要らない奴だった」、と。
「ディーパーに危害を加える可能性のある凶悪犯が、侵入しているから、ダンジョンを閉鎖せざるを得ない。中級ダンジョンだ。閉鎖が長引いた際の、経済への影響は馬鹿に出来ない。ディーパーからの不安だって溜まるだろう」
それを早く解消する為に、救助隊が組まれる目が、まだ有り得る。
だが、ローマンが取り残されている、というだけだったら?
「奴らとっととダンジョンを開いて、それで終わりだ。人質のローマンは死亡、事件は終結、『このような事態を繰り返さない為にも~』とか言って、明後日には忘れられている。身銭を切って懐を痛める、なんて事もなく、一件落着できる。お得だろ?」
少年の家族以外にとっては。
「杉嵜確保の情報を、本部の青二才共が止めてるのは、その為だ。潜行課を動かす理由が無くなれば、
「佑人君、って、言うんですね……」
ミヨちゃんが、繰り返す。
名前を持った事で、彼の実在を、より生々しく感じてしまう。
その帰りを待つ、両親の事も。
俺は前に、この家族を見た事があった。
天王寺さんが見せてくれた、幸せそうな家族。
ここに来るまでに調べていた時、その顔を見た。間違いなかった。
写真では、あんなに笑っていたのに、
今彼らは、周囲から責め苛まれるだけでなく、
わけも分からず子を奪われ、
化け物の巣窟に投げ込まれ、
助けすら来ないかもしれない、その瀬戸際に立っている。
そんなのって、
そんなのって、ないじゃないか。
胸がどん詰まる。
彼らはただ、他の人と同じく、子どもを愛して、休みの日に食事に連れて行って、和気藹々としていただけだ。
誰にも迷惑を掛けてないし、誰かを不幸にしたわけでもない。
なのに、どうして、こうなるんだ?
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