95.ウズウズ……(チラッ
6月2日、日曜日。
事件は、昼時の繫華街で起こった。
午前12時13分。
巡回中の警官が、通りを歩く不審な男に声を掛けたところ、逃走。
当然追いかける警官を撒けず、追い詰められた男は、近くにあったファミリーレストランに駆け込み、中に居た家族連れの内、長男(5)を人質に取り、立て籠もる。
午前12時24分。
魔法使用許可を得た機動隊が到着。中に呼びかけるも応答なし。
魔法能力で内部を偵察した者から、もぬけの殻だという報告が上がる。
午前12時35分。
店内監視カメラの映像から、容疑者は魔法能力によって自身と人質の少年の複製を作り、自らは店内から逃げ出す人間に紛れていた事を確認。
これにより、容疑者の魔法能力は、複製の作成及び自らの擬態能力であると判明。職務質問を行った警官の証言も合わせ、容疑者は手配中の暴力団下部構成員、
午前12時40分。
警察からマスコミへの公式発表、及び市民への注意喚起。
魔法犯罪だということもあり、瞬く間に話題の中心へ。
午前12時45分。
人質の両親が息子の無事を祈っている映像が、既にネットに拡散していたが、2人を知る関係者を名乗る者を起点として、その長男が漏魔症罹患者であるという噂が広がり、更に信憑性の高い状況証拠まで提示され、局所的な話題となる。
午前12時50分。
杉嵜容疑者、激しい追跡から逃れる為に、
本来稼働するべき警備システムが何らかの誤作動を起こし、警備員も振り切られ、人質と共にダンジョン内部への逃走を許してしまう。
この時点で管轄が、内閣府国家公安委員会警視庁と、防災省特異災害対策局潜行課との、共同案件へ移行。
“
が、ここで予想外の問題が発生する。
マスメディアが報道した被害者家族の氏名が、ネット上に出回っていた漏魔症疑惑の情報と一致。人質の少年が漏魔症を患っている事実が確定となり、漏魔症と明示せず公共の飲食店を訪れていた被害者家族に批判と非難が集中。炎上状態に。
命が脅かされているのが、“マナー違反”な漏魔症患者であった事、
時間が経てば、容疑者は出て来ざるを得ない事から、
本件において救助隊が出動する為に、多額の税金が投入されるという事に、「納得できない」という多数の声が潜行課の窓口へと寄せられ、政府は対応に苦慮。
潜行課の救助隊は、編成内容を決める以前、出動させるか否か、という時点で、停滞してしまう事となった。
そして、午後1時30分。
“
丁度いい時間だし昼休みにしようと思っていた俺は、コメントに教えられて、そのニュースを知った。
俺の配信はエンタメだから、そういうコメントは拾わない事にしている。
だけど、凶悪犯が子どもを誘拐して、ダンジョンに潜り、更には救助隊の派遣が滞っている、という話が、どうも気になってしまった。
ディーパーが救助隊を呼んで、けれどそれが間に合わなかった時、亡くなったのが余程の人気者でなければ、国が批判される事は無い。
ディーパーになった時点で、自己責任。
死ぬような道を選んだのは、その者自身。
そういう認識だからだ。
配信者であれば、尚の事。
それでは、ローマンだったらどうか?
「ローマンの癖に居住区から出たのが悪い」、「ダンジョンの中に居るのが悪い」、という事になる。
基本的に、ローマンは嫌われている。「居なければいい」、とまで思われている。
ローマンの為に救助隊が派遣される事を、良く思っていない人も居る。
そして今回は、「飲食店内にいつの間にか紛れていたローマンが」、「逃亡中の男に連れ去られ」、「出口さえ固めていれば逃げ道が無くなる危険地帯に入った」、という状況。
ローマンでない人々からすれば、わざわざモンスターと戦闘し、命や資金を費やしてまで、彼ら二人を迎えに行ってやるという、その必然性が無い。
凶悪犯と、ローマンの子ども。はっきり言って市民感情的には、二人は同列に語られてしまう。嫌悪感で言えば、ローマンの方が勝る、なんて人だって居るだろう。
潜行課の内部には、そういう思想が全く無い、なんて事は、まず有り得ないだろう。そのくらい、俺達は嫌われている。
ノイジーマイノリティが、国や自治体の制度、企業のイベント等に文句を言って、真に受けてしまったせいで、中止・廃止に追い込まれる、みたいな話が往々にしてある。
そして今回、クレーマーは、少数派ではない。
共感を集める、良識派側の人間なのだ。
勿論、憲法が定める人権の観点から言って、表立って「助けに行きません」なんて言う事は、無いだろう。
だけれど、面倒事を避ける為、日和見するって事は、充分考えられる。
「編成を検討しています」というポーズだけ見せて、ただ容疑者からのコンタクトがあるか、それとも何もなく時間切れとなるか、それを待つ。
「法の下に平等」という建前も守れるし、国民の大多数に嫌われる事も避けれる。
結果として、人質の子どもが命を落としたとして、「仕方ない」って、みんなが言う。
批判するのは少数派。声を上げた者達があれば、煙たがられ、白い眼で見られ、公然と叩かれる。
きっと、救助隊が来る気配が無い事に、世間のほとんどが焦ってはいない。
俺の所に書き込んだリスナーさんは、どういうつもりでこのニュースを届けに来たのか。
丁度その時盛り上がっている内容だったから、世間話として出しただけか。
俺がローマンだから、関連する話題として振っただけか。
それとも………いや、考えても意味は無い。
ダンジョンは閉鎖されて、個人が干渉できる状態じゃなくなった。
今から俺が行っても、何もできない。邪魔なだけだろう。
………「邪魔」、って、何にとって?
どうせ救助は来ないのに?
モヤモヤする。が、今俺は、配信中だ。「楽しませます」と約束して、見てもらっている最中だ。ネガティブを出すな。みんなを目の前の娯楽に集中させろ。それがお前の役目だろ。
(((ススムくん、もっと味わってください。折角の、冷製チキン新味ですよ?)))
(あ、悪い…)
「あーえっと、最近のお手軽チキンシリーズって、バリエーション凄い事になってますよねー?なんか数か月に一回、新キャラが追加されるバトロワみたいな……」
伝わりづらい喩えをやめろ。
どうした、配信初心者じゃないんだし、コメント一つで惑わされるな。
いつも通り。お前はいつも通り、だろ?
雑念を振り払おうと頭を振って、なんか食レポとか出来ないかと考えていたら、
『ススム君!無理は良くないよ!』
なんてコメントを皮切りに、心配の声が出始めた。
どうやら普通に見抜かれたらしい。
俺、隠し事が下手なんだなあ……。
「いや、そんな、お昼どきでちょっと眠くなるアレですよ」
『それは食後やろがい!』
『さっきからなんか様子がおかしいな』
『具合悪い?』
『体調を崩してるのに強行するのは良くないぞ、ススム』
『大げさじゃなく命に関わる』
「あのー…、いやー……不甲斐ない」
そういうの表に出さない為には、修行が足りないらしい。
「ありがとうございます。でもちょっと、本当に個人的な事で、気懸かりがあるだけなので、そんなに深刻な話ではないんです」
『そういう注意散漫が一番危ないって潜行wikiに書いてあった』
『ススム、お前にシんで欲しくはないぞ?』
『今日は休め』
『何か消化不良なら、それを解消してから配信しとけ』
『ただでさえ危険があるんだから、それが増してる時に、無理する事もない』
「あはは……」
俺が気遣われてやがる。
日魅在進め、エンターテイナー失格だぞ?反省しろ?
「うーん、情けない話なんですが」
本当は、ダメなんだろうけど、
「じゃあちょっと、行ってきてもいいですかね?」
どっちにどう転んでも、後腐れの無いように。
後味が悪くても、自分を納得させられるように。
『よし、行って来い』
『乙ー』
『ススム、なんだか知らんが頑張れ』
『あ、じゃあ今日はここで終わりですね、おつです』
『で、結局何なんだススム』
「……それでは、少しだけ、皆さんのご厚意に甘えさせて頂きます!」
よし、
行くだけ行ってみるか。
「またすぐ配信再開するかもしれませんし、今日はこれでお別れかもしれません。まあつまり未定なので、Xnetの通知とかだけオンにしといてくれれば、大丈夫だと思いますー。ではではー」
俺は配信を終わらせながら、ダンジョンを、管理企業のビルを出て、表通りを歩きながら、取り出した紙に書いてあったIDに連絡を入れた。
「あ、もしもし、日魅在です。すいません、ご相談が、それも結構重めのヤツがあるんですけど、今お時間とか大丈夫ですか?」
ああ、俺はいつも、卑怯者だな。
100%自分勝手になる度胸も無くて、
だけど己を殺し切る事も出来なくて、
誰かに背中を押されて、初めてまともに動き出す。
アホくさい程に、
見るに堪えない。
いつも通りの、
日魅在進だ。
(((それで、問題ありません)))
彼女は、そんな俺を、嗤っていた。
(((見ている分には、面白いので)))
なら、まあ、今は、
それで良いか。
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