92.甘く見てた、色々と part2

「クイーン先輩!一度止まって下さい!お話があります!」

「私には無いのだけれど」

Kキングが話し合おうと言っている、聞け!耳まで筋肉の塊かお前は!」

「そう、Kキング。ギャンバールールでは、彼女さえ生きていれば負けはしない。だからあなた達の中から、一番防御力の高そうな人が選ばれて、納得したのよ?けれど——」


 彼女はキングちゃんに、ひん曲がった目つきだけをやって、


「ランク7って言うのなら、もう少し、攻撃面でも頑張ってくれると思っていたのよ?それなのに、大した事無いのだから、とんだ期待外れよ。肥満狼と言い、詠訵さんと言い、ランクの違いなんて、名が売れてるかどうか、くらいな物なのね。先生方からの推薦が順番待ちになってて、目立つ人ほど早く昇格する、なんて話も本当かしら。

 と言うわけであなた達には、自分の身を守ってくれる事以外もう期待しないから、安心してくれていいわよ」

「せ、先輩、ロール、ロールで呼んでくださ」「それとあなた」


 本名バレを全然気にしてくれない先輩に、もう一度お願いしようとしたら、なんかこちらを見もせずに剣先だけ突き出されてしまった。首に刺さりそうなんですけど。怖いです。やめてください。


「あなたは強い弱いを通り越して、『お猿さんみたいに跳び回れます』アピールが目障り。不愉快よ」

「お、お猿さん………」

(((その通り。ススムくんは、お猿のように可愛いんです。ふふふ……)))

(カンナは黙ってて)

「『腹が立つ立ち回り』というあなたの目標は、もうほとんど完成してるわね。後は、味方を不快にさせない事だけ気を付けて、周囲の空気が読めるように、常に気を配っていなさい?」

「ハイ、すいません……」


 別に味方を苛立たせたくてやってるのでも無いんだけど……。まあでも、俺にその気が無くても、そうなっちゃう場合だってある。気を付けよう。


「あと、この際だから言わせて貰うのだけれども、詠訵さん?」

「は、はい」

「ロール呼びなんていう、やましい人が使うような、無意味な慣行を押し付けないでくれる?」

「ちょっとお?先輩さあん?それは無いでしょう?キングちゃんには守るべき物が」「一号ちゃん」


 庇うように出た一号さんを止め、「大丈夫だから落ち着いて?」と笑顔を作り、対立構造を作らないよう苦心するキングちゃん。


「『守るべき物』?御大層な名分だけれど、所詮弱い人に媚びるだけの、職業とも呼べない小遣い稼ぎでしょう?」


 だがクイーン先輩は止まらなかった。


「純粋な実力で戦わず、目の肥えてない素人を女で釣って、決して最高峰でもないパフォーマンスを絶賛させる。そんなに誇らしい物かしら?詐欺や美人局つつもたせみたいな物に見えるけれど?どうしてそんな物に、配慮しなければならないの?」

「ちょっと!」「あのさあ!」「ナイト君!一号ちゃん!ストップ!ね?いいから」


 どうしても聞き捨てならない事を言われて、俺と一号さんが沸騰しかけたが、キングちゃん本人からお願いされてしまうと、それ以上追及する事も出来ない。


「分かりました、クイーン先輩。私達はロールで呼びますが、先輩の方は、特にそこは考えて頂かなくて結構です」

「まあ、それなら仕方ないわね」

「ですが、その代わり、もう少し歩調を、こちらに合わせて頂けませんか?このままじゃ、実のある練習にならないと思うんです」

「?どうして私が、これ以上妥協しなくてはならないの?歩み寄りは終わったわ」


 え?どこ?

 今どこで妥協した?

 という、憤りより困惑が大きい表情を、クイーン先輩以外の全員が浮かべていた。

 ………あ、もしかして、俺達の側がロール呼びを続けるのを、「許可する」ってこと!?

 という事に気付くのは、後の話である。

 ここでは誰も彼女の言い分を理解できておらず、

 考えている内に渦中の当人は自己判断で、議論を切り上げて先を行こうとして、



「おい」

いたっ……!?」

 


 ルーク先輩に、左腕を掴まれていた。

 少し離れていた彼が、一歩踏んだだけで隣に現れたと、そう錯覚するような、鋭く洗練された詰め方。いつもはドシドシ歩くこの先輩は、偶にこういう敏捷さを見せる。

 反射だろう。虚を突かれたクイーン先輩は振り向き様にレイピアの突きを放ち、それは彼が着ていた狼部分だけを突き抜け、本人の首の皮に触れるようにして刃が止まる。

 喉を突く動きだったのを、直前でなんとか修正し、脅しだけに押し止めた、という、瞬きの間に起こっていた変遷が認められた。

 全員に、緊張がはしった。

 クイーン先輩からは、一瞬だが、本物の殺気が出ていたからだ。


「………この手は何?離しなさい」

「興味ない!」

「は?」

「お前が何を好いて何を嫌うのか、そんな事はどうでもいい!オレサマだって、ジェットチビや見世物女がやっている、潜行を遊びのように演出する行為は嫌いだ!」

「そ、そう。それじゃあ、合意出来ていると思うのだけれど」「だが」

 

 「だが、問題なのはそこじゃあない」、

 自分の頸の血管を、少し力を籠めて引けば、破りかねない真剣を当てられて、


「お前は、ここに居る、戦場を共にする奴らとの間に、約定を結んだ」


 それには見向きもせず、毛先程の身動ぎもせず、クイーン先輩の目を見返す。


「べ、別に、契約書を交わしたわけでもないでしょう?」

「だが約束はした!」

「ロールについては、でしょう?けれど」

「ならば答えてみろ。Kキングロールとはなんだ?」

「……パーティーの指揮を執る立場よ」

「お前も俺も、見世物女がそこに立つ事を承諾した。つまり、パーティーとしてダンジョンに潜っている限り、奴の指示には従う、それを呑んだという事に他ならない」

「それは……状況によるでしょう?その子が間違えていたら、従う必要が無いのだし」

「確かに例外はあるな。しかし大抵の場合、キングの指示に逆らって予想されていない行動を取るより、事前の取り決め通り、或いはその場での指示通り、言い換えればKキングの管理できる範囲内で行動する方が、全員の生存率を向上させるだろうが。

 死を可能な限り避ける為に、何か不満があろうと、役割通りに動く。パーティーのロール決めとは、その割り振りに命を預けるという、諒解に他ならない。分かるか?」

「今は、その、『例外』よ」

「いいや?『例外』とは、Kキングの指示が生存の為に誤っていると判断出来、且つ新たな指示を仰ぐ事が困難な場合に、己を守る為の最後の、誰にも渡してはいけない裁量権の事だ。

 勘違いするなよ?

 今のお前は、まず基本の指示に従わず、話し合う時間がゴマンと有ったと言うのに、指示の修正を求める事も無く、対話を一方的に拒絶しているだけ。

 やっている事は背信であり、死の危険を高めるという、パーティーで最悪の地雷行為だぞ?」


 静かな迫力。

 彼にその形容を使う事になるとは思わなかったが、まさにその言葉が適切な様相だった。


「……分かって、ないのよ」


 彼女は、押されながらも、正義を語る。


「落ちこぼれが死なないよう気にしながら、あと一ヶ月で、校内大会で結果を残す程に、強いパーティーを作る?正攻法でやるのなんて、どう考えても不可能。それを、どいつもこいつも分かってない。普通のやり方、普通の成長、それで満足してる。なんて楽観的」


 ぐい、と、

 柄を持つ手に、力が入る。

 同級生の首を落としてでも、曲げられぬ目的意識が、あるって言うのか。


「私は、優秀でなくてはいけない。結果を残さなくてはいけない。押しも押されもしない、それだけの人物じゃなければならない。その為に血の滲むような努力を、人の何倍もしてきたし、完璧な舞台も作り上げた。あと少し、あと少しで、誰にも文句は言わせないだけの成果を、世に見せつけてやる事ができた」


 なのに、


「あの元チャンピオンとか言う、過去の遺物に奪われた。私が築いた物全てがリセットされて、1から、いいえ、マイナスからやらなくてはならなくなった。しかも、短い期日付きで」


 「この気持ちが、あなたに、あなた達に分かる?」、

 その表情は、俯いてしまったからか、影になってよく見えなかった。

 だけど、その声音が、思ってた以上に余裕を失っていて、痛々しかった。


「分からない!」


 が、ルーク先輩はそんな事を考慮に入れていなかった。


「努力は定量化出来ない!お前のそれが他人より優れていたかどうかなど、誰にも分からないだろうが。お前が何故、どれだけ焦れているのか、それも知った事じゃない」

「ええ、所詮そうでしょうとも」

「そうだ。お前が話さないから、爪の先程の同情心も湧かない。もし共感して欲しいなら、問題を感じ、危機を覚えたのなら、昨日の時点で共有し、テーブルに上げてから議論するべきだった。最初からオレサマ達の理解を諦めていたのは、お前の方だろ」

「時間が、無いって、言っているでしょう?すぐにでも、実戦訓練を、積まないと、いけなかった…!あれ以上、下らない話し合いを、続ける時間は」

「それでも、今日や明日まで長引いてでも、そうするべきだったな」

「なんで、そんな事、言い切れるの?」



「お前が成功するよりも、お前を含めたこの場の全員が、生きている事の方が重要だからだろ。馬鹿か?」


 それに反論できる者は、居なかった。



「それともお前は、このダンジョンでは100%、絶対に、何が起ころうと、死ぬことは無いと、そう思ってたのか?犠牲者が出るにしても、オレサマ達が先で、自分は最後だと?

 もしそう思い込んでいるのなら、言わせてもらうぞ。

 一つ、オレサマはお前よりも強い。

 二つ、オレサマはさっきも言った通り、遊び感覚で潜行するやつが大嫌いだ。

 三つ——」


——この中で一番「お遊び」なのは、お前だ。


 剣が左に振り抜かれ、赤い血が噴き出した。

 みんなが、特に回復能力持ちのキングちゃん、ポーンさん、一号さんが一瞬慌て出すが、よく見れば、ルーク先輩自身に傷はついてない。

 ただ、狼の皮を切り裂いただけのようだ。


「何度でも言うぞ?脳筋跳ねっ返り女」


 その中でも彼は、汗一つ流さず話を続ける。


「改めろ。特に、Qクイーンなどという、重責を担うなんて言うなら、な」


 逃げるように背を向けた彼女は、


Kキングにならないあなたに、私に言う事を聞かせる権利なんて無い」


 そう言い捨て、先に行ってしまった。



 今度は誰も呼び止めなかった。

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